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異世界で第二の人生を歩みます!  作者: 尾木 愛結
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 ブルックス帝国が建国する以前から存在していた家系、それがアシュベリー公爵家らしい。


 魔獣が多く生息する土地柄だった為、アシュベリー公爵家の人間は代々魔法と武力に優れている。皇族に至っては後継者争いが過熱し、その結果――繰り返し何度も国の名が変わる形だった。


 現在のブルックス帝国の名になって五百二十二年。

 アシュベリー公爵家は、およそ三千年以上の歴史を誇る。


 そんなアシュベリー公爵領の領都アスカムにて、年に一度三日間に渡って祝うアシュベリー祭。この祭典は領都アスカムのみ行われ、他の地域では最終日に合わせて豪華な食事を家族でするのみ。

 祭典が領都アスカムに限定されているのは、単純にアシュベリー公爵家起源の地であるのが理由らしい。


 広場には祭典を祝う為に花で飾られ、色んな屋台が立ち並び活気に溢れている。食べ物を売る屋台の他には小物を扱う露店も多く、フリーマーケットみたいに多種多様の品々が並べられていた。


 ゆっくり露店を見て回りたいが、スムーズに歩けないほど人が多い!


 最終日となる本日がメインイベント。

 その前の二日間は前夜祭みたいなものだろう。


 夕方前には広場の露店だけが撤収し、幾つかの屋台は酒を提供するものへと変わる。

 露店が撤収した場は、ダンスをする場になるようだ。


 まだ午前中だというのに、盛り上がりが凄い。


「圧巻ですね……」


 祭りで人が多く集まっているのは勿論だが、この世界で初めて目にするものばかり。

 私が住んでいるアスクウィス冒険者都市よりも栄えている。


 ――本物の都市?


 例えるならアスクウィス冒険者都市は地方都市、領都アスカムは東京都心部といった所だろうか。

 とにかく人が多い。


 ――というか、祭りの最終日だから、この現状は仕方ないよね。


 街も区画整理されて綺麗に並んでいる。


 建物の外観も漆喰が塗られた石造りと、褐色のレンガ。

 近代的な街並みと言っても過言ではない。


 何より領都アスカムを一望できそうな高台に、立派な城が聳え立っている。

 頑丈そうな高い塀に囲まれているせいで、私がいる場所からは上部しか見えない。おそらく五階建て――もしくは六階建ての建築物。


 ――写真や動画でしか見た事ないが、まるでホーエンツォレルン城みたい!


 城が建てられている形も似ている。

 外敵から守るように頑丈な塀が城を囲み、塀の周りには森のように木々が覆い茂っている姿も、私が目にした事のあるホーエンツォレルン城と環境が同じ。


 西洋のお城は人生で一度は実物を見てみたい建造物の一つ。

 日本の城は敵側に権力や武力を誇示しつつ、城の構造は意外と機能性と利便性が高い。建築の技術に関して素晴らしいと思うが、個人的に西洋の建造物に憧れを抱いている。


 日本の機能性を重視した城とは逆に、西洋の城はあくまで美に拘り優雅さを感じるのだ。

 目を奪われる美術品と言った方が良いのか。


 この世界は魔法が使える上に、魔導具も存在している。

 魔獣の脅威から逃れる為の構造に違いない。


「もしかして、アンジェリアは領都アスカムに来るのが初めてなのか?」


 ブラッドに問いかけられて、私は首を縦に振って答える。


 本日の彼の装いは冒険者スタイルの、袖なしチュニック姿ではない。仕立ての良い白い長袖のドレスシャツに、袖なしの黒い無地のロングベストを着用。ボトムはロングベストに合わせた黒のスラックスで、どう見ても貴族のラフな格好だった。


 腰には剣帯をしている。

 いつもと違う姿に内心ときめく。


 そんな私は淡い紫色のワンピース姿。

 髪にはブラッドに贈られた濃い紫色の花を挿している。


 お祭りに参加する女性は、男性から贈られた一輪の生花を髪に挿すのが習わしらしい。


「一度は来てみたかったの。どんな所なのか興味もあったし……」


 ボートン区にある大きな図書館で領地の事を学んだ時、やはり中心地である領都アスカムに興味を持つのは当然だろう。

 しかも公爵領発祥の地である。


 領主が住む土地に興味を持たない人はいない。

 どの地よりも発展しているだろう事は予測できる。腰を据えて住むなら長閑な田舎風の街が理想だけど、領都アスカムは避暑地でも有名な場所だった。


 観光名所と聞けば一目でも見てみたいと思うだろう。


「夢が一つ叶ったから嬉しい!」


「まあ……乗り合い馬車で片道三日の距離だからな。そう易々と来られる距離ではないと言う事か」


 物理的に乗り合い馬車で一度でも訪れない事には、転移魔法が使えない。


 ブランシェは何度も訪れているはなのに、なぜか私をこの地へ連れて来てくれなかったのだ。

 たまに領都アスカムについて話題になった事もあるが、ブランシェは中心地よりもアスクウィス冒険者都市を気に入っているらしく、アバネシー区のマルシェすら興味を示さない。


 聖獣だから人が多い場所が苦手なのだろう。

 私は勝手にそう思う事にした。


「姉は何度も来た事があるんですが、私は……この地に来たのが三年前なので」


「この地に住んで居心地は良いか?」


 さすが公爵家の騎士!


 この地を守る騎士として、移民の感想を確認するとは崇高な考えである。


「勿論! ボートン区とアバネシー区しか知らないけど、知り合った人たちが優しい上に親身になってくれるんです。それに……そもそも冒険者ギルドの副ギルド長に保護されなかったら、私は生きていなかったかもしれないですね」


 私は三年前の事を思い出しながら苦笑を漏らす。


「アレンに保護された?」


 私はブラッドの言葉に頷く。


「私は他国から川に流されて、この地へ漂流したようでして。目が覚めたら森型ダンジョンの中にある、やや大きめの川べりで寝ていた形だったんです。川に流されてきたのが原因なのか、それまでの記憶が一切なくて途方に暮れていたんですよ」


 私は自分の記憶がない事を隠していない。


 実際は記憶がない事を知っているのは、冒険者ギルドのギルド長と副ギルド長、そして薬師のビショップさんくらいだろうか。

 そういえばアーネストを身籠っていると知った時、ブランシェにも教えた。


 お店の常連客として親しくしている、魔道具店の店主エイマーズさんには教えてなかったかも?


 私の場合はアンジェリアとしての十五年の記憶がないだけで、久保田杏珠として社会人経験を積み重ねた記憶があるので、一般的な記憶喪失とは事情が違う。


 この世界と日本の常識が異なる事と、自分の所在地の当たり前な最低限の知識を得るのに苦労しただけ。


 ――当時は図書館にある本には、マジでお世話になりました!


 私の話を黙って聞いていたブラッドが、僅かに固い表情を浮かべる。


「君が名乗っている名前は偽名?」


 彼が懸念していたのは、私の名前の事だった。


「いえ、スキルで自分の名前が分かった形です」


 いきなり目の前に透明なモニタが現れ、自分のステータスが表示された時の事を思い出す。


 自分の名前が久保田杏珠じゃなく、アンジェリア・アトキンズになっていたのだ。

 おまけに年齢もアラフォー独女から、十代の年齢に若返っているのだから驚くのは当然の事だろう。姿も全くの別人。黒髪黒目の平凡な日本人顔から、色白で銀髪に青みがかった紫色の瞳をした美少女!


「ああ……自分のステータスを表示出来るのか。それなら名前を知ったのも納得だ」


 自分のステータスが分かるスキルを持つ人は少なくない。


 平民には自分のステータスが分かるスキルを持つ人は稀のようだ。

 このスキルを持つ人間は、ほぼ貴族というのが立証される。


 私は家名を誰にも教えた事がない。

 副ギルド長には初対面の時に言ったかもしれないが、彼も動転していたし覚えていない可能性がある。


「自分の名前が分かったのは助かりましたが、それ以外の記憶が全くないので。たとえ生まれ育った家に戻ったとしても、私にとっては初対面の家族なので戻りたくなかったんです。家族なのに記憶がないから、私には見知らぬ他人と一緒。それなら私を知らない場所で過ごす方が暮らしやすいと思いまして……結果、この地に住み着いちゃいました」


 私が家名を名乗らないのは、こういった理由があるから。


 仮に生まれ育った家に戻ったとしても、私にとっては家族ではなく初対面の相手にしか過ぎない。

 記憶のない家族と過ごしても、お互い気を遣うだけである。


 それならいっそ家に戻らず、一人で生きていった方がお互いの為になるだろう。


「――では、子の父親も覚えてないのか?」


 ブラッドは痛ましげな表情で尋ねてきた。


 私がアーネストの父親の事を覚えていない事について、もしかして可哀そうだと思っているのか?

 ぶっちゃけ、アーネストの父親について深く考えた事はない。


 ――アーネストはマジで天使だもん!!


 ブランシェがアーネストを猫可愛がる気持ちは良く分かる。


「そうですね。自分が身籠っていると知ったのが、臨月の二か月前だったんです。それまで本当に自覚症状がなくて、いきなり食欲魔人になって食べる量が増えたのをきっかけに薬師に相談したんですよ。そこで初めて自分が身籠っている事を知って驚きました」


 ビショップさんに迫る勢いで、「病気ですか?」と訴えたのが懐かしい。


 冷静に思い返してみれば、あの食欲は妊婦の症状だった。

 胎児に栄養を与える為に、食欲が旺盛になる。


 私の場合は悪阻がなかったのと、お腹が膨れない体質だった事が妊娠に気づけなかっただけ。

 さすがに悪阻の症状が出れば気づいていたと思う。


 ――多分ね。


「そうだったのか……自分の店を構えて自立しているから、記憶がないとは思ってなかった。それから記憶がないのに、君が告げる姉というのは?」


 彼が疑問に思っているのは、ブランシェの存在のようだ。


 私に記憶がないのに、なぜか「姉」がいる。

 普通なら疑問に思うだろう。


 ――そういえば、誰にも突っ込まれなかったなぁ。


 冒険者ギルドの賃貸に住んでいた時、ブランシェを「姉」として紹介したのに、ギルド長と副ギルド長の二人から何も言われていない。


「ブランシェですね? 私と彼女は血縁者ではありませんよ。彼女との出会いは森型ダンジョンですね。魔獣を狩るのを手伝ってくれて……彼女と意気投合したのが付き合いの始まりかな? 私を守ってくれる姉みたいな存在なんです」


 本当は私の作ったお弁当が目当てで、ブランシェが勝手に隷属契約を結んだ。


 ――そのまま私について来ちゃったのが正解。


「君は森型ダンジョンへ良く行くのか?」


「はい、食材を調達しないといけないので。ローストビーフは牛型の魔獣を狩らないと作れません。ベーコンの材料になっている猪型の魔獣も同様です。コストを抑える為に食材は自分で狩っているので、お客様へ低価格で提供できるんですよ」


 私も三年目にしてB級冒険者にランクが上がった。


 あまりランクを上げると余計な憶測が飛びそうで、そこそこ低いランクの状態をキープしている。

 現在はサンドイッチ店の店主として認識されているから、魔獣を狩っても全ての素材を売っていない。


 実は空間収納には売り捌いていない魔獣の素材が大量に残っているのだ。

 錬金術に必要な素材と、調薬の素材は売っている。


「それに私は肉食なんです。肉料理が欠かせないので、自分で狩るようにしているんですよ」


 最後にそう付け加えると、ブラッドが噴き出す。


「くくくっ! そうか……アンジェリアは肉食なのか」


「そんなに笑います?」


「それなら、アンジェリアが好みそうな屋台を紹介しよう」


 ブラッドが自然に私の手を掴む。


 ――手! 手!! 手を繋いでる!?


 そのまま彼に連れられて、一つの屋台の前に辿り着く。


「ご主人、肉串を二つ頼む」


「はいよ、二本で銅貨二枚だ」


 肉串を焼いていた店主に、ブラッドが小さな巾着の中から銅貨二枚を取り出して渡す。


 一本の串に手のひらくらいの肉が三切れ。見た目的に豚肉のバラ肉に似ている。脂身が多くジューシーな感じと、何よりも醤油に似た香ばしい匂いがした。


 ――この地に醤油があるの!?


 日本で嗅ぎ慣れた匂い――これはガーリック醤油だ。


「まいど!」


 肉串を二本を受け取り、その場から離れる。


 屋台の奥にベンチがあったので、そこで腰を下ろす。

 ブラッドから一つの肉串を受け取り、それを頬張った。


「美味しい!!」


 この世界で初めて醤油ベースの味に出会えたのが嬉しい。


「これはブラックソースとガーリックの相性が抜群のタレなんだ。領都アスカムは別名「食道楽の街」と呼ばれているほど、食文化が発展している地として知名度が高い。観光地や避暑地として名が知られているが、どちらかと言えば観光しながら食べ歩く目的の者が大半のようだ」


 なるほど――避暑で訪れた人の目的が食べ歩きなのか。


 アシュベリー公爵領は方角的に北側寄りにある。

 夏場でも過ごしやすい気温なのだろう。


 ちなみに冬は極寒なのだ。

 厚手のアウターを着こんだ上に、魔道具を身に着けていなと寒過ぎて外を歩けない。


 私の家や店舗は常に適温を維持している。

 夏場は涼しく、冬場は暖炉を使わなくても室内は暖かい。


 魔道具に関してはエイマーズさんの所で相談し、必要な素材を提供して空調を作って貰ったのだ。

 おかげで季節関係なく、室内が適温を維持しているので快適に暮らせている。


「このブラックソースは販売しているんですか?」


 私にとって醤油は欲しい調味料の一つ。


 次に欲しいのは味噌だが、諦めていた醤油が存在していた事を喜ぼう。


「アシュベリー公爵領の三大名産のうちの一つだ」


 醤油に関しては、マルシェや商店で手軽に買えるらしい。


「そういえば……有名なのが自家製ワインでしたよね? その次にチーズ、それとブラックソースですか?」


 これらはブランシェからの情報である。


 ブランシェからお土産にワインとチーズを頼まれた。ブラックソースは名称だけ聞いたのみで、特に興味を示さなかった。この世界のソースは、日本人だった私の口に合わないものが多い。


 こってり系か濃い味付け、更に言えば素材のみで調味料が使われない類だろうか。

 両極端な味付けなので、食事に関しては自炊一択。


 たまに出会う屋台の肉串は絶品なのに、なぜか定食屋や冒険者ギルドの酒場での食事は味気ないものばかり。

 私の中で屋台はB級グルメという認識で、店を構えている料理人は料理のプロである。


 もっと調味料や味付けに革命を起こして欲しい。

 贅沢を言えば調理法を改善してくれたら、自炊も適当になって楽になるのに。


 それよりも醤油だ。


 ――まさか醤油に出会えるとは!


 絶対に買って帰る。


「良く知っているね」


 ブラッドが感心したように呟く。


 敵情視察じゃないけど、自分が住む土地の生活環境と知識を得るのは当然である。


「私は記憶がないので、この地に流れ着いた当初は図書館で学びました。少なくとも住む場所の知識は得た方が得なので。後は大雑把ですが、この国について少々……」


 日常生活に支障が出ない程度の知識だけ詰め込んだ。


 それと自分のいる位置確認や、その地の特徴と最低限の情報は覚えるべきもの。言語については読み書き出来たので、文字が読めなかったら、この世界の知識を得るのに苦労していたに違いない。




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