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異世界で第二の人生を歩みます!  作者: 尾木 愛結
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 アスクウィス冒険者都市に住み着いて、もうじき三年目を迎える。


 テイクアウト専門のサンドイッチ店「ブランシェ」も、開店してから二年半ほど経つ。相変わらず週三日のみの営業だが、客足は減るどころか増えていた。


 おかげで一日の販売数を五十個から百個まで増やす結果となったが、一日の売り上げは銅貨千七百十八枚――銀貨十七枚と銅貨十八枚まで伸びている。

 日によってお取り置きの数に差が出ているが、ほぼ銀貨十七枚は確定だろう。


 月末に商業ギルドへ一月の売り上げの報告と、三パーセントを支払っている。


 現在は裏メニューとして限定販売のミートパイが、常連客の間で密かな人気を誇っているようだ。

 それとノーマルのパンとして、バタールを販売。これは長さ三十センチで一本売りであり、価格設定は考えた末に銅貨三枚。


 市場では黒パンの価格が銅貨一枚。この国の黒パンは、長さ三十センチくらいの楕円形。一センチ幅にスライスして食べるのが一般的。主食の中で黒パンは最安値だが、食べ慣れていないと固さと雑味が気になる。


 次に安価で手に入れやすいのが、ライ麦パンで銅貨二枚。こちらは長さ三十五センチで横幅二十センチの、アーモンド型をしているパンである。

 黒パン同様に一センチ幅にスライスして食べるが、表面が香ばしく小麦の風味が良いパンだと思う。おそらく一番食べやすいパンとも言える。


 カンパーニュはパンの中では割高で、銅貨四枚という価格が一般的。直系四十センチの半円型で、十字の切れ込みが入った大き目のパン。穀物と果物による発酵種を使用している為、独特の風味と酸味のある癖が強いパンだろうか。

 食べる人を選ぶタイプのパンだが、食べ慣れると酸味が癖になるのだ。


 そこへ新たに出てきたバタールは、表面がカリっとしていて中はふんわりと柔らかい。バターの風味も手伝い、何もつけなくても美味しいパンだと自負している。

 おかげで売り上げは絶好調だ。


 バゲットの方は単品で売るには、現状が厳しい。

 サンドイッチ分を焼くだけで、バゲットの数に余裕がないとも言える。


 そもそもサンドイッチは三十五センチのバゲットを、食べきりサイズとして半分にカットしたもの。


 ローストビーフとベーコンに野菜を挟んでいる為、かなり食べ応えがある。

 冒険者でも十分に腹が膨れるようだが、ほとんどの男性はフライドポテトとセットで購入する事が多い。


 ほぼ魔法で作っているので作業の工程は苦ではない。手作業の工程と言えば、パンに具を挟むだけ。

 それなりに数が多いので、そこだけ手間がかかるのが悩みの種だ。


 私が産んだ子供はアーネストと名付け、早いもので来月には二歳の誕生日を迎える。

 青銀の髪色に紫が混ざったような紺色の瞳――自分が産んだとは思えないほど、天使みたいに可愛い顔なのだ。


 アンジェリアの顔も少女めいた十五歳の顔から、少し大人の顔つきに変わったと思う。中身の感覚で物事を考えてしまいがちだが、現在の私の姿――息子アーネストは、アンジェリア似とも言える。

 私の中身は久保田杏珠だから、ついつい日本人だった頃の自分の姿と比較しがちなのだ。


 聖獣ブランシェはアーネストが生まれてから、甲斐甲斐しく世話をしている。

 過保護な親と言っても過言ではない。


 ブランシェは私よりも、アーネストと一緒に過ごす時間を楽しんでいるのだ。

 アーネストが起きている時は人型で過ごし、寝る時はベビーベッドで一緒に寝る為に猫型の姿といった徹底ぶり。


 ブランシェがアーネストを見てくれているおかげで、私は店の営業に集中できる。


 お店と言えば――半年前から営業日に必ず訪れる冒険者の常連が増えた。

 彼もアーネストと同じ青銀色の髪と瞳をしている。


 私の現在の姿も銀髪なので、銀色の髪は珍しくないのだろう。


 彼はブラッドという名前らしく、連れの人にそう呼ばれていた。魔道具店の店主エイマーズさんの知り合いで、そこからサンドイッチの店の存在を知ったらしい。


 ――エイマーズさんが好意で宣伝してくれたのかな?


 ブラッドは二メートル近くもある長身で、冒険者らしい鍛えられた体の持ち主である。精悍な顔に声は低音で耳に心地よく、また丁寧な口調や所作から推測するに、S級かSS級の冒険者だろう。


 おそらく年齢は二十代後半から三十代くらい。

 実は私好みのイケメンなのだ。


 そして必ず購入するのは、ローストビーフサンド二つとミートパイ。それからサイドのハーフ。

 エイマーズさんからミートパイの存在を教えて貰ったらしい。ミートパイは裏メニューとして、常に準備しているので要望があれば販売している。


 どうやら私は無自覚に、ブラッドが店に顔を出すのを待っている事に気づく。


「アンジェリア、ローストビーフサンド四つとフライドポテト一つ。それからベーコンサンドとハーフを二つずつ頂戴」


 開店当時から店に通ってくれるアーリンに声をかけられ、私は接客中だというのを忘れて物思いに耽っていたらしい。


 注文の商品を紙袋へ入れて、カウンターの台に置く。


「はい、銅貨二十四枚」


「いつも有難う、アーリン」


「ここのサンドイッチを食べたら、他のパンは食べられないわ。それだけ美味しいっていう事よ」


 アーリンは冒険者ギルドの受付で仕事をしているが、現役のB級冒険者である。


 本日は冒険者ギルドを休んで、森型ダンジョンへ向かうらしい。

 アーリンはソロの冒険者ではなく、彼女の妹と酒場の用心棒をしている男性二人の四人パーティで活動しているようだ。


 彼女から話を聞いて知ったのだが、酒場の用心棒の一人エドガーと結婚していたのである。もう一人の用心棒を務めているダンは、アーリンの妹メリアンの夫らしい。

 夫婦二組でパーティを組んでいるという事実を知り、彼女から話を聞くまで気づかなかった。


 互いに愛称で呼び合っている現場を何度も目撃していたが、しいて言えば恋人同士か幼馴染みたいな親しい間柄だと思っていたのである。

 まさか結婚していたとは!!


「アーリン達は森型ダンジョンで何を狩る予定なの?」


「もうすぐ両親の結婚記念日だから、高級肉を手に入れたくて。まあ……買えない事もないけど、買うと高額だからね。自分で仕留めたら素材分の収入は入るし、肉も丸ごと手に入るじゃない?」


 両親の為に豪華な肉料理を作りたいらしい。

 アーリンから家族仲の良さの話を聞くと、心がほっこりする。


 ――仲良し家族って良いよね!


 アーリンは購入したサンドイッチを手にして店を出た。


 私はアーリンの背中を見送った後、店内の様子を伺う。

 そろそろ陳列している商品がなくなりそうだ。


 ――今日も開店から二時間くらいで閉店かな?


 そんな事を思っていると、不意に人影が視界に飛び込む。


「おはよう、アンジェリア」


 耳に心地の良い低音――私好みのイケメン冒険者ブラッドだ。


「おはようございます、ブラッドさん」


「今日も同じ物を頂けるか?」


「えと……ローストビーフサンド二つとミートパイですね?」


「ああ、それとハーフを忘れないでくれ。フライドポテトとオニオンリングが楽しめる、俺にとってはミートパイと同じくらい好物なんだ」


「そうだった! ごめんなさい、うっかりしてた」


 彼はフード付きの袖なしのチュニックに、腰には皮ベルトと剣用のベルトを装着。ボトムは革製のズボンに膝上のレースアップブーツといった出立である。


 そして肩には冒険者必須のアイテム革袋!!

 どうしてもナップザックにしか見えないが、名称は革袋らしい。


「銅貨十八枚になります」


 彼から代金を受け取り、商品を入れた紙袋を手渡す。


「明日は店が休みだろう? 何も予定がなければ、領都アスカムへ行かないか?」


「領都アスカム?」


「昨日から領都アスカムで祭りが始っているんだ。明日が最終日で盛り上がるから、もし予定がなければ一緒に祭りを見て回らないか?」


 なんと! これってデートのお誘い?


 正直めっちゃ嬉しい!!


「あ……特に予定はないんだけど、息子を一人残して私だけ行けないの。ごめんなさい」


「息子?」


 私に息子がいるのが信じられないのか、ブラッドの表情が驚いたものに変わる。


 確かに十八歳の未婚女性が、幼い子供を抱えているとは思うまい。こうして自立して店を構えている分、シングルマザーでも生活能力はあると自負している。


 森型ダンジョンへ向かう度に、高額収入も得ているので生活費も潤沢だ。


「来月で二歳になる息子がいるの。さすがに人が多い場所に、幼い息子を連れて行けない」


 問題はそこにある。


 まだ人通りが少ない場所なら連れ歩く事は可能だが、祭りのように人がごった返ししている場は難しい。ちょっと目を離した隙に、迷子になって逸れたり誘拐される事だって有り得る。


 ――あんなに可愛い子が一人でいたら、絶対に誘拐される!


『あら、気晴らしに行ってくれば良いじゃない。わたくしがアーネストを見るわよ?』


 ――ブランシェ、いいの?


『ええ、良くてよ。それに彼の誘いに乗れば、今後はいつでも領都アスカムへ行けるようになるから都合が良いじゃない』


 まだ一度も領都アスカムへ行った事がない。

 ここから乗り合い馬車に乗って、片道三日もかかる距離なのだ。


 転移魔法は一度も行った事がない地へ行けない。物理的に一度はその地へ行かないと、転移魔法の使用が出来ないのが唯一の難点である。それこそ案内人がいるなら話は別だろう。


 ――確かに!! 明日、ブランシェにアーネストを任せても良い?


『貴方も一人の時間を楽しんで来れば良いわ』


 ――ブランシェ、有難う!


 私はブランシェとの念話を終えると、所在無げに佇むブラッドへ視線を向けた。


「是非、そのお誘いを受けます。明日、宜しくお願いしますね?」


 ブラッドが私の言葉に首を傾げる。


 それもそうだ。

 断りの言葉を告げたばかりなのに、その直後に誘いを受けるなんて。


「大丈夫なのか?」


「私の姉がベビーシッターをしてくれるそうなので、祭りへ行っても良いみたいです」


「君の姉君?」


「念話でベビーシッターをしてくれるって言ってくれたので大丈夫です」


 固有スキルは人によって色んなタイプが存在している。


 私とブランシェのように、相手と念話で会話をするのも珍しくない。ただ対外的にブランシェの事は、人型の姿でいる時は私の「姉」という事にしている。


 さすがに聖獣として紹介すれば周囲が驚くだろう。


 猫型の姿でいる時は、私のペットとして周りに認識されている。本人は「ペットじゃなくてよ!」と怒りそうだが、柴犬くらいの大きさなので仕方ない事だと思う。


「そうか、明日の午前十時に迎えに来る。祭りの装いは自由だが、髪に生け花を刺すから此方で用意しよう」


 私は自分好みのイケメンからデートに誘われ、物凄く浮かれモードである。


 それから間もなくして、商品が完売したので閉店の準備に取り掛かった。もうすぐ午前十一時になるので、エイマーズさんが商品を受け取りに来る。


 外に出している看板を店内へ運び、ドアには「クローズ」の札を下げておく。


 エイマーズさんに渡せるように、空間収納から取り置きのサンドイッチを出した。それらを保温付与のついた紙袋へ入れ、いつでも渡せる準備を整えておく。


「こんにちは、アンジェリア。いつも取り置きしてくれて助かるよ」


「お得意様だからお安い御用よ」


 エイマーズさんから商品を代金を受け取り、紙袋を手渡した。


「エイマーズさんには感謝しているの。ブラッドさんに店を紹介してくれたんでしょう?」


「ああ……実はね、最初は私の家で一緒に食べていたんだよ。ここ半年くらいから忙しくなったみたいで、彼にミートパイが手に入る場所を教えてくれって頼まれて此処を紹介したんだ」


「彼は冒険者じゃなくて、本当は魔道具師なの? てっきり冒険者だと思ってた」


「違う違う。彼は魔道具師でも冒険者でもなくて、この領地の――公爵家の騎士だよ。彼も冒険者登録をしているし、魔獣を狩るから仕事内容は冒険者と変わらないけどね」


「騎士!? ああ……道理で所作が綺麗だと思った!」


 私の中で騎士という職業は貴族しかなれない認識である。


 平民は傭兵とか近衛兵といったイメージだ。日本で目にした事のあるアニメを始め、ラノベやネット小説の受け売りだが、強ち間違いではないだろう。


 実際、かつての日本も戦争時は一般国民が兵になった事実がある。


 正規の軍人は小隊長や軍曹、そして司令官として指揮する立場にいた。そして国は強制的に国民を招集し、一般兵として使い捨ての駒のように扱っていたらしい。

 それだけには留まらず、武器が不足になると国民から鉄製道具を取り上げ、更に女性は国という盾を使って強制労働。戦争という環境は人間を狂わせる。


 家族で過ごすささやかな時間さえ許さない。


 軍人は弱い立場の相手に対し、傍若無人な態度――ある意味、国民虐待だろう。

 これは戦争映画で見た感想だが、現実は酷いものだったと祖父が話していた。国に逆らわないように洗脳し、国民は国の為に死んでいくのが当たり前だと教育を施す。


 そんな時代に生まれなくて良かったと、祖父の話を聞いて強く思ったものだ。


 この世界はそれとは違う。

 冒険者は自分の家族や自身の生活の為に魔獣を狩り、騎士は領民の為に魔獣を狩るといった所だろうか。誰かに強制されたものではなく、自分の意思で職業を選択する自由がある。


「あれでもブラッドは貴族様だからね。生まれながらに高い教養を身に着け、この地の為に働いている素晴らしい人だよ」


「確かに……所作だけじゃなく、言葉の端々に教養の高さを感じますね」


「私から見ても優良物件なのに、彼のお眼鏡に叶う相手が見つからないのがね」


「もしかしたらモテ過ぎて、女性にウンザリしているのでは? 貴族様で騎士なら女性が放っていませんよね?」


「そうだね。彼が生まれた時から知っているけど、幼少期の頃から女の子たちに群がられていたなぁ。泣きながら逃げ回っていた事もあったよ。あの時は可愛かった。さすがに今は泣いて逃げ回る事はないと思うけどね」


 そんな姿も見てみたかった!


 あの顔で泣きながら女の子から逃げ回るって、どんな状況だったのか興味ある!

 そしてエイマーズさんとブラッドの付き合いの長さに驚く。


「そんなに付き合いが長かったんですか?」


 エイマーズさんは若く見えても、実年齢は四十七歳なのだ。


 魔道具の工房に引きこもっていて、日に焼けていないのも要因の一つだろう。

 それに何処か浮世離れしている感じ。


 おそらく研究者あるあるかもしれない。


「彼の家から魔道具を注文されているから、彼個人というより家との付き合いなんだ。そこで妻と知り合ったんだよ」


 エイマーズさんの奥さんは、ブラッドの家で働いているらしい。


 そこで奥さんと出会って結婚に至ったのなら、ブラッドの家はエイマーズさん夫婦にとって出会いの場なのだろう。若かりし頃の二人の思い出が詰まった大切な場所のようだ。

 その後、しばしエイマーズさんと会話のやり取りをしてから、彼を店の外まで見送る。


 店の入り口の施錠をしっかり確認し、私は二階へ向かう。


 リビングのソファに猫型になったブランシェにくっついて、アーネストが無邪気な寝顔で眠っていた。

 二人が寝ている間に室内を掃除しておく。


 風魔法を使って埃とゴミを纏め、消去魔法で消す。

 次に除菌と浄化魔法をかけて、殺菌効果を高める。二歳児は何でも口に入れるので、除菌魔法は必須なのだ。


 もうじき昼時である。

 先に買い物を済ませておきたい。


 私はダイニングテーブルの上に、昼食を並べていく。パン籠にはクロワッサン。それからフィッシュアンドチップス。コーンたっぷりのポタージュスープ。


 はちみつ入りのホットミルク。

 ホットと言っても、アーネストが火傷しない温度に調節している。


 これらは勿論、時間停止と保温効果の付与がついたフードカバーでガード。フードカバーは埃から食事を守るだけじゃなく、作りたての状態を維持してくれる。


 ダイニングテーブルの上を再確認してから、私は転移魔法で隣街のマルシェへ移動した。

 




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