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異世界で第二の人生を歩みます!  作者: 尾木 愛結
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 冒険者ギルドで賃貸契約をしていた部屋は、契約終了日の二週間前に更新の案内が届いた時に退去した。


 防犯セキュリティは自作で作った魔道具の仕上がりが良く、これで何の懸念もなく一人暮らしが出来そうである。店舗のドアと全ての窓に監視カメラ、そして映像記録が出来るタイプの魔道具を設置。


 家全体には魔法と物理を跳ね返す防御結界の魔道具。

 これは本当に必須。寝ている時に不審者が家の中に侵入するのは勿論、買い出しで留守にしている時に、空き巣に室内を荒らされるのは気分が悪くなる。


 店を開店しても売り上げ金は、空間収納の中に保管するから奪われる心配はないけれど。居住スペースにある家具類は最高級品なのだ。それこそ空き巣が見たら垂涎ものだろう。


 防御結界に加えてトラップも仕掛けているが、出来れば作動しない事を願うばかりだ。


 室内には聖獣ブランシェも控えている。

 通常の大きさだと身動きしにくいらしく、現在は適度なサイズ――柴犬くらいの大きさだろうか。聖獣は人型になれる上に、猫型の姿でも体の大きさまで自由に変えられるらしい。


 私は肉の加工に試行錯誤しつつ、空いた時間にパン生地を捏ねて焼く作業を繰り返している。


 パンを焼いている隙間時間は、フライドポテトとオニオンリングの作業だ。植物油がなくて動物油を使用しているが、そのうち時間に余裕が出来たら植物油を探したい。


 一階の店舗には飲食スペースは置かず、壁際に待機用の椅子だけを置くだけにした。

 私が一人で作業を全て行うので、販売するサンドイッチの数は五十個を目安にしている。マルシェや屋台の物価に合わせ、サンドイッチ一つの単価を銅貨三枚から五枚以内に抑えたい。


 フライドポテトは紙袋一つに三百グラム、単価は銅貨二枚で元が取れる計算だ。

 オニオンリングは三百グラムで銅貨三枚が妥当だろう。


 サンドイッチ二種類、サイド二種類を販売する予定。

 最初のうちは売れ行きを気にしては駄目だ。徐々に口伝えで広まってくれる事を期待する。


「やっぱり牛型の魔獣肉が欲しいな……」


 空間収納には猪型の魔獣肉は豊富だが、牛型の魔獣肉が一つもない。


「ブランシェ、お留守番を頼める? 森型ダンジョンで牛型の魔獣を狩りに行きたい」


 私の言葉にブランシェは顔を上げる。


 朝からパンを作ったりしていた為、ブランシェは暇を持て余して店舗の窓際にある椅子で昼寝をしていた。


『あら、一人で行くなんて水臭いじゃない。わたくしもお供するわよ』


「私と一緒に来てくれるの?」


『牛型の肉が欲しいのでしょう? アレは森の奥深くに隠れ住んでいるから、道案内は必要だと思うわ』


 ブランシェの言葉に納得してしまう。


 道理で姿を見た事がないはずだ。狼型と猪型は強さを誇示する為に、森の中を駆け回って人間に威嚇したり襲う習性だが、牛型は基本的に穏やかな性質らしい。


 その為、森の奥深くに生息しているようだ。


『アンジェリア一人では森を彷徨う事になると思うわよ。それで、どのくらいの数が欲しいのかしら?』


「ちなみに大きさは? 私が知っている牛の大きさであれば……大体五頭くらい?」


『アレの大きさなら、子で猪型くらいあるかしら? 大人なら更に、その三倍って所ね』


 この世界の猪型の魔獣は、地球上に存在している乳牛サイズである。


 その三倍の大きさとなれば、相当な量の肉が期待できそうだ。

 しかも高級肉!


「今後の事を考えたら、余分に欲しいから狩れるだけ欲しい!」


 試作品と普段の食事に使用するなら、狩れる時に狩っておきたい。


 森の奥深くに生息して人目につかないなら猶更である。ついでに鳥型の魔獣や、ワニと蛇型も欲しい所だ。ワニと蛇皮は超高額で買い取って貰えるので、見つけたら狩っておく。


 どうせ狩り尽くしても再び魔獣が現れるので、先に見つけた者勝ちだ。


 この地は森型ダンジョンだが、他の地には洞窟型ダンジョンと、遺跡型ダンジョンも存在しているらしい。要するにダンジョンは各地に点在して、その地の領主や国が管理しているようだ。


 ダンジョンは資源の宝庫でもあるので、権力者が管理しているのも頷ける。

 この地の領主はアシュベリー公爵だが、私が住んでいるボートン区は、バーレイ子爵が代官を務めているらしい。


 バーレイ子爵は典型的な悪代官のようで、ボートン区とアバネシー区では悪い噂が絶えない人物の一人。そして二十四歳の娘はアシュベリー公爵に懸想しているとか?


 二十歳の息子はC級冒険者で威張り散らすという、かなり素行が悪い人物のようだ。冒険者ギルドでブランシェに言い寄って来たうちの一人である。傲慢さが顔に滲み出ていて、絶対に近づきたくないタイプ。


 それとは逆に、領主一家は領民や移民に高評価である。

 これまで一度も悪い噂を耳にした事がない。


 御年七十五歳の大公を筆頭に、公爵一家は気さくで領民思いのようだ。

 こういった領主がいる所は安心して暮らせると思う。一部の地域を任せている代官に問題があるのは不安が募る。その地域に住んでいる身としては、問題のある人間と関わり合いたくない。


 私が店を開店したら関わってくるのだろうか。

 売り上げに関しては商業ギルドを通すから、代官と直接的に関わる事がないと思いたい。


 まずは開店に向けての準備が先だ。


 私はブランシェに連れられて、牛型の魔獣が生息する場へ向かう。

 このポイントを覚えたら、次は私一人でも転移魔法で来ることが可能となる。転移魔法は一度でも訪れた場所なら、その場へ一瞬で移動できるのだ。


 ――魔法が使える世界は素晴らしい!


 そして初めて目にする牛型の魔獣の大きさに驚愕する。


 ――マジでデカい!!


 この一頭だけで数か月分の肉が取れそう。


 魔石の大きさも期待できそうだ。

 そしてタン塩。眼球と内臓は知り合いになった薬師のビショップさんに交渉するつもり。それから錬金術師のクーパーさんは、魔獣の血液と角が欲しいと言っていた。


 冒険者ギルドには牛皮と骨を売れば、相当な金額が期待できる。


 私が色々と考えている間に、ブランシェが牛型の魔獣を瞬殺していく。さすが聖獣様である。聖獣の強さはチートを越えていると思う。まさに何でもアリな感じに見えるのは気のせいじゃない。


 ざっと三十頭くらい倒しただろうか。

 これだけあれば色々な料理が試せる。ステーキやグリル、ローストビーフにシチューと、作りたいメニューが頭に浮かぶ。そして念願のタン塩も食べられそうだ。


 マルシェに寄って足りない食材を買い足したい。


 最後に四十一頭目の牛型の魔獣を狩った所で、次に蛇型とワニ型の魔獣を探しに向かった。

 結果――大漁である。


 ほくほくした気分でブランシェと一緒に、マルシェへ買い出しに向かう。

 小麦粉を買い足して、牛乳もストック分を追加。卵とバターも追加で購入しておく。


「あとは……葉物野菜と、緑黄色野菜にフルーツも欲しいかな」


 ハーブも幾つか欲しい。


「ブランシェ、生地も欲しい! 自分専用のクッションが欲しいと言ってたよね?」


 鳥型の魔獣の羽根が大量にあるから、羽毛クッションが作れるのだ。


『わたくし専用のクッションを作って下さるの?』


「羽毛が沢山あるから、寝心地が良い物が作れそう」


 次に向かったのはカーテンの生地や、冒険者向けの服を購入した店である。

 店内に入る事でブランシェには、手のひらに乗れる子猫サイズの大きさになって貰った。


 そしてチュニックのフードを被った、私の首の後ろに入り込む。


「お嬢さん、いらっしゃいませ」


 店主が笑顔で迎えてくれた。


 きっと頭の中で「乗客が来た」と思っているに違いない。


「今日はクッションに向いてそうな生地を見に来たの。どんな素材のものがありますか?」


「そうですね……幾つか種類がございますので、お手に取ってお選び頂くのが宜しいかと存じます」


 店主が数種類の生地をチョイスして広げる。


 しっかりした素材の生地はデニムに近い。その次の素材は綿だろうか。三つ目の素材は絹である。土台には向かないが、クッションカバーとして絹はアリかもしれない。


 私は土台の生地に綿を選び、カバー用に絹を選んだ。


「この絹は四ロール、綿の方は……五ロール欲しいかな。それとサテンっぽい素材の生地があれば、二ロール欲しいんだけど」


「色はどうされますか?」


「淡い色合いのブルーと白を一つずつ」


 店主が目当ての生地を持って、作業台の上に置く。


「良い色合い。これにする」


「有難うございます。綿五ロール、絹四ロール、サテン二ロールですね。全ての合計を合わせて金貨二枚と、銀貨二百十枚になります。今回もお買い上げ有難うございます」


 私が代金を支払うと、店主は満面の笑顔である。


「他にご入用はございますか?」


「そうだ! 二十五歳くらいの女性に合いそうな、普段使いのワンピースかドレス。髪は白銀で細身の女性です」


「白銀の髪色に合う色でございますね?」


「そう。清楚な感じのものが好ましいかな。取りあえず、三着くらいあった方が良いかも」


「それでしたら……少々お待ちください」


 店主が店の奥へ姿を消す。


『わたくしのクッションだけではなく、ドレスまで買って下さるの? ふふふ、とても嬉しいわ』


「たまには人間が着るようなドレスも良いかなって。そのうちオーダーメイドのドレスを作って、お揃いで着たいね」


『アンジェリアとお揃いのドレス? 本当に? 絶対よ?』


 ブランシェと念話で会話をしていたら、入口の方が騒がしくなった。


「店主はいるかしら? オーダーしたドレスが届かないから、直接あたくしが取りに来たわよ」


 黒髪に黄緑色の目をした、派手な出立の二十代半ばくらいの女性が店内に姿を現す。


 彼女が店内に入っただけで甘い香水の香りが充満する。

 黒髪を綺麗に結い上げて高価な宝石を散りばめた髪飾りで飾り、まるでパーティへ参加するような豪華なドレスは毒々しい真紅だ。手にはレースがたっぷり使われた日傘。


 そして彼女の背後には護衛らしき男性が二人と、傍仕えの女性が二人。


 ――もしかして貴族?


 初めて見た!


 私も一応は貴族令嬢だが、貴族としての記憶がないので庶民感覚しかない。

 それに――何というか、目の前に現れた女性は、貴族なのに品がない印象だ。はっきり言えば下品の一言。人型のブランシェの方が、より高貴なオーラを纏っている。


 きつい香水もヤバい。

 そもそも香水というのは、ふんわり香りを漂わせるものだろう。


 ああ――そういえば、元は体臭を誤魔化す為に作られたものだっけ?


 私はフードを深く被って顔を隠し、ハンカチで鼻を抑える。

 鼻がもげそうなくらい、マジで香水が臭いんだけど!?


 香水のきつい匂いに悶えていると、店主がドレスを数着手にして戻ってきた。


「お待たせ致しました――と、これはこれはバーレイ子爵家のお嬢様。ご来店頂きまして有難うございます」


 店主はドレスを作業台の上に乗せながら、私の背後にいる令嬢に声をかける。


「店主、あたくしを待たせるなんて良い度胸をしているわね。それよりも、あたくしがオーダーしたドレスが届いていないのよ。もうじき夜会があるというのに、ドレスが届かないから直接あたくしが出向いて差し上げたのよ。感謝なさい」


 上から目線の言葉に唖然となった。


「ドレスの方はお邸に届け済みでございますが――何か手違いがございましたのでしょう。使いの者はバーレイ子爵家へ届け、ドレスの代金の方は月末にとの仰せでございました」


「どういう事かしら? あたくしの元に届いていないのよ」


「使いの者は執事の方へ渡したと言っておりましたが、お嬢様の手に渡っていないのですか?」


「執事? それは確かなの?」


 バーレイ子爵令嬢が店主に向かって声を荒げる。


 その様子に驚きもせず、店主は作業台の下から帳簿を取り出し、中身を確認して頷く。


「三日前にバーレイ子爵家へ届けた際に、使いの者は執事のダフ様という方に渡しております。その時にドレスの代金を頂けなかったので、月末に商業ギルドの方から支払われるという書状を頂いております」


 店主はバーレイ子爵家の家紋のついた書状を令嬢に見せた。


 そこにはつけ払いの支払いについて記載されている。月末にツケで購入した商品の代金を、商業ギルドが間に入って一斉払いをする仕組みらしい。商業ギルドは金融も手掛けているから、バーレイ子爵家の口座の管理を任されているのだろう。


 バーレイ子爵家の家紋がついた書状を、店側が商業ギルドへ提出しなければならない。それがなければツケをされた店側は、代金を踏み倒されてしまうようだ。


 貴族なのにツケで買い物をするの!?


 何の為に傍仕えがいるのか。

 貴族令嬢が現金を持たないのは理解できるが、目の前にいる令嬢の話を聞けば傍仕えも現金を持っていない事になる。お金を持っていないのに、買い物をする神経が分からない。


 これが貴族では当たり前って事?


 店主と令嬢の話のやり取りを耳にしながら、私は貴族の常識に向いていないのだと痛感する。ツケで買い物をされる店側は、相手に代金を踏み倒される不安が常にあるのだろう。


 邸に商品を届けても代金を払って貰えない。

 こんな理不尽な事って、本当にあるんだ。


「まあ! 邸の誰かがあたくしのドレスを奪い取ったのね! お前たち邸に帰るわよ」


 かつかつとヒールの音を立てて店を出ていく。


 バーレイ子爵令嬢が店を去っても、香水のきつい香りは残ったまま。

 私は店主に断りを入れて、店内の空気を浄化する。ようやく香水の匂いが消えてホッと息をつく。


「お嬢さん、ご迷惑をおかけしました」


「いえ、それにしてもインパクトのある人でしたね」


「あの方は一度ご結婚されたのですが、離縁されて実家に出戻って来たんですよ。奥様とご長男は温厚で話しやすい方なのですが、ご主人と次男……先ほどのご令嬢は少々癖がありまして」


「言いにくい事を言わせて申し訳ありません」


「お気になさらず。こちらがドレスになります。普段使い用との事でしたので、動きやすさを重視したデザインのものをお持ちました」


 ベージュとクリーム色、それから淡いピンク色とイエローの四着のドレス。


 この店主はセンスも良さそうだ。

 どのドレスも普段使いとはいえ、そのまま外出着にも使えそうなデザイン。


「此方ではオーダーも取り扱っているんですか?」


「左様でございます。もしかして、オーダーメイドをお求めですか?」


「近いうちに依頼するかもしれません。姉とお揃いのドレスを作りたくなったので。そうなると……ドレスのデザインは自分で考えた方が良いのかな?」


「お姉様がいらっしゃるのですね。お揃いのドレスをご所望とは、お嬢さんとお姉様は姉妹仲が良いのですね。デザイン画はございますよ。ご自分でデザインされた物も承っておりますので、機会がございましたら是非」


「その時は宜しくお願いします。それで、この四着とも気に入ったから頂いても?」


「有難うございます」


「如何ほどになりますか?」


「それでは計算致します――四着の合計は金貨十五枚になりますが、どうされますか?」


 冒険者用の服とは違い、ドレスになると金額は跳ね上がるのだと知った。素材が絹という事もそうだが、そこかしこに手編みらしきレースが使われているのも、金額が跳ね上がっている理由だろう。


 レースと刺繍が施されているのだから、高額になっても仕方ない。

 どれもブランシェに似合いそうだし、沢山の魔獣を狩ってくれたお礼もある。ブランシェが人型になる度に、同じ服装ばかりでは彼女も味気ないと思う。


「ドレス四着で金貨十五枚……そうなりますよね」


 さすがに金貨十枚越えになると、店主の顔色も不安そうだ。


 私は空間収納から金貨を十五枚取り出す。


「ちょうど魔獣の素材を売って懐が温かいの。確認して下さい」


 店主の手に金貨を乗せる。


「はい、確かに! お買い上げ有難うございます」


 先ほどの件があったせいか、店主の笑顔は明るく輝いたものだ。


 店側にとって、ニコニコ現金払いが一番だよね!

 それから錬金術師の店へ向かい、牛型の魔獣の血液と角を買い取って貰った後、更に薬師の店へ続く。そこでも眼球と内臓を買い取って貰っただけじゃなく、もの凄く感謝された。


 牛型の魔獣の眼球は滅多に手に入らないそうで、品不足だったらしい。


 この後、冒険者ギルドで素材を買い取って貰い、本日の出費を遥かに上回った。錬金術師の店と薬師の店、それと冒険者ギルドを合わせると、総額金貨二千八百三十枚、銀貨九百二十八枚が懐に入ったのである。

 

 あの店主以上に、私は満面の笑顔だったに違いない。







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