表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で第二の人生を歩みます!  作者: 尾木 愛結
13/15

<  13  >

 アーネストとブランシェの二人が、領都アスカムにあるアシュベリー公爵一家が住む城へ移住してから数か月。


 まだ二歳のアーネストは環境に馴染むのが早い。

 つい数か月前――正確には約五か月前になる。


 元々ブラッドは魔道具店の店主エイマーズさんから、私が営むサンドイッチ店を紹介されて、彼が店に通い始めたのが親しくなったきっかけだった。

 彼が店に通い始めて半年くらい経った頃、領都アスカムで行われているアシュベリー祭に誘われたのである。


 それ以来、ブラッドとは店の営業日以外でも会うようになった。

 毎週土曜日に二人で領都アスカムへ向かい、そこでしか手に入らない食材と調味料を調達。更に見晴らしの良い場所や、森林公園っぽい場所へ赴いたり。

 領都アスカムは貴族の避暑地として訪れる人が多く、また観光地としても有名な場所でもある。


 そういった観光スポットを案内して貰い、観光客や地元民に人気の店で一緒に食事を取る事もあった。


 ――まあ、簡単に言えばデートスポットである。


 彼とデートの回数を重ねてから三か月を過ぎたあたりで、私はアーネストをブラッドに紹介する為に連れて来ただけだったのに。

 その日はアーネストにとって、初めての遠出になる予定が――別の意味となってしまった。


 ブラッドの転移魔法によって私とアーネストは、アシュベリー公爵一家が住む城へ連れられ、そこで私たち二人は公爵一家と思いがけない対面を果たす事になったのである。

 

 そして――アーネストの父親がブラッドだった事も、私はブランシェから初めて明かされた。


 私が森型ダンジョンで魔獣を狩っている途中で休憩していた時、ブランシェが食事の匂いに釣られて近づいて来たのである。

 その時に「良い匂いがする」と言っていたが、私はてっきり食事の匂いだと思い込んでいたのだ。


 おそらく私がアーネストを身籠っていた状態だったから、ブランシェも糧としている魔力に気づいて近づいたのだろう。

 ブランシェはアシュベリー家の血筋の魔力を糧に生きる聖獣。

 聖獣は古くからブルックス帝国に伝えられている伝説であり、その種族も様々。


 ブルックス帝国内の各地に、聖獣は人間から身を隠すように散らばって存在しているようだ。

 そしてブランシェの存在は、この地の領主アシュベリー家の秘匿らしい。


 始祖の時代から代々の当主一家に、聖獣の事が伝えられている。ブランシェはアシュベリーの始祖が、この地に住み始めた頃から生きていると言っていた。

 その始祖とブランシェの間で契約をしていた可能性も有り得る。


 聖獣の生態について良く分からないが―――。

 そもそも数多く存在している人間の一族の中で、アシュベリー家の魔力に拘る理由が契約しか思いつかない。


 しかも聖獣は魔力が糧なのだと告げている。

 この地にいればアシュベリーの魔力を感知するだけで、ブランシェの糧となっていたのだろう。


 改めて思い返してみると、ブランシェが私にべったり寄り添っていたのは、アーネストを出産するまでの間だけ。

 アーネストが生まれてから、ブランシェは私ではなくアーネストの傍にいた。


 ――ずっとブランシェの母性だと思っていたけど、アーネストの魔力が理由だったなんてね。


 アシュベリー家の前に姿を現したブランシェは、アーネストの父親について暴露したのである。


 ブラッドの方はアーネストを一目見て、自分の子だと悟っていたようだが――実際、青銀の髪色と紫がかった紺色の瞳は、どう見ても間違えようがない。

 それにブラッドも子が出来るような情事に身に覚えがあった。


 私に記憶がない以上、ブラッドと子を作るような状況を覚えていない。


 彼から詳細を聞かされたが、私は何一つ覚えていないので他人事にしか感じなかった。

 アンジェリアの生まれ故郷であるバントック王国では、既に私の死亡が確認されて葬儀が済んでいるらしい。


 今更アンジェリアの故郷であるバントック王国へ行きたいと思わないが――アーネストが生まれている以上、私の身元というか立場が平民のままでは都合が悪いようだ。

 公にはされていないが、ブラッドは正式な公爵家の当主である。


 アーネストは正真正銘ブラッドの子であり、アシュベリー公爵家の未来の当主。


 その未来の当主の母親が、平民のままでは非常に不味いという事だ。

 本当に――あの短時間の間に、私の養子先と今後の対策が練られたと思う。その流れで結婚式の日取りが決まったのも驚きである。

 アーネストがアシュベリー公爵家に住む事が決まったのも、この日から。


 アーネストにべったりなブランシェも一緒に、アシュベリー公爵家へ移り住んでいる。


 私は木曜日の午前中にアシュベリー公爵家を訪れ、日曜日の夜にアスクウィス冒険者都市にある自宅へ戻る生活だ。

 木曜日の午前中から日曜日の午後まで、公爵夫人としての教養を身に着けるべく教育を叩き込まれている。


 中身は社会人経験が豊富な、元アラフォーの日本人。


 そもそも珠算と簿記検定一級保持者なので、帳簿の計算は家計簿に等しい。

 他国語に至っても転生ギフトなのか、勝手に翻訳されるので読めてしまう。発音に関しては自信はないけれど。他国語だけではなく、古代文字も読み書きが可能である。

 勿論、文章の意味を理解した上だ。


 私が学ぶべきものは、この世界の一般的な貴族としての礼儀作法。

 それが毎週木曜日から日曜まで続いているのだ。


 現在の私の立ち場は、ブラッドフォード・アシュベリー公爵令息の婚約者である。

 

 アンジェリア・オルコット伯爵令嬢として、それなりの教養を身に着けなければならない。

 生まれつき虚弱設定というのは、私が参加する社交の場を最低限にしてくれるという配慮かもしれない。


 それでも私に徹底した教育をするのは、万が一に備えてのものだろう。

 公爵夫人として完璧にならなくても良いが、相手に見下されるような失態が出ては、公爵家の威厳を損なうものになりかねない。


 本物の貴族というのは、こういった厳しい教育を受けて、家の為に自身を戒める人を指すんだと知った。

 そんな厳しい教育を受けて、私がストレスを感じないはずがない!


 毎週月曜日から水曜日は、アスクウィス冒険者都市にある自宅で過ごす。

 この三日間はアシュベリー家から解放される。


 自宅でパンを作ったり料理をして過ごす事が、私が日ごろ感じているストレス発散方法。


 サンドイッチ店の営業は毎週月曜日と水曜日。

 以前は週三日だった営業日が――公爵家の教育で、週二日に減ってしまった。それでも店を続ける事に反対されないだけ、私に自由を与えてくれているのだろう。


 公爵家の権限で強制的に閉店させる事も可能だったはずだ。

 聖獣であるブランシェが告げた、私が「界渡人」というのが理由かもしれない。

 過去の文献によれば、界渡人が存在する地は富を生むと言い伝えられている。富を生むとされている私に対し、自由を奪って束縛するのは良くないと判断しての事なのか。


 ――分からない事を考えても意味ないよね。


 翌日の月曜日が営業日でもあり、冒険者ギルドのギルド長が大量注文してくれるので、営業時間前に届ける為に前日に戻っていた方が楽だからだ。

 そして時間に余裕があれば、バゲットとバタールの下準備。

 並行してローストビーフや、自分用の食事を作る。


 領都アスカムのマルシェで醤油を手にして以来、猪型魔獣の生姜焼き、鳥型魔獣の唐揚げといったレパートリーも増えた。

 牛型魔獣のステーキはシンプルな塩胡椒でも良いが、個人的にわさび醤油かガーリック醤油の二択。


 自分の食事の補充もそうだが、アーネスト用の食事も補充しておきたい。


 アーネスト用として、クリームシチュー、コーンポタージュ、クラムチャウダーといったホワイトソース系スープ。

 コロッケにハンバーグ、それからチキンのグリル。


 猪牛鳥の三種を、それぞれホロホロに煮込んだもの。

 チキンは手羽元を使用し、猪はバラ肉を使用。

 牛に関しては煮込むと美味しい、舌と筋肉あたりをチョイス。


 他に作る物があるとしたら、ミートパイ用のミートソースのストック分あたりだろうか。


「何気にやる事がいっぱい……」


 火曜日は森型ダンジョンで魔獣を狩る予定だ。


 午後を過ぎた頃に引き上げ、ルーフ亭でアーネストの服を新調するついでに、布を幾つか購入したい。

 そんな事を考えながら作業に没頭していると、気配を消して近づいてきたブラッドに背後から抱きしめられた。


 ブラッドからプロポーズを受けた後、彼の距離感が近すぎる。


「楽しそうだな」


 ちゅっと音を立てて頬に口づけられ、私の心臓が飛び出しそうになった。


 ――こういうの、マジで耐性がないっつーの!!


 私の中身が日本人なので、過剰なスキンシップに慣れていない。


「ブラッドさん」


「アンジェ、ブラッド――だろう?」


 私を抱きしめているブラッドの腕が強くなる。


 この世界は婚前交渉アリなのか、私の家に泊まりに来るブラッドは躊躇いなく肌を合わせてくる。

 結婚を控えている二人が同じ屋根の下にいるのだから、そうなっても別に不思議ではない。


 私の家にベッドは一つしかないので、当然そういった流れになるのも分かるのだが――あまりにも急展開すぎて、私の思考が追い付かないのだ。

 これまでブラッドは紳士的な対応だったのに、私との結婚が決まった途端、彼の態度はあからさま過ぎないか?


 アシュベリー公爵城の豪華な部屋でも同じだった。


 私に用意された部屋は、二十畳の広い一室。部屋の横にある扉の向こうには寝室。

 そして寝室の奥にある扉の向こうには、ブラッドの私室と繋がっている形だ。

 

 お分かりだろうか?

 互いの私室にベッドがない。


 所謂、夫婦の部屋と呼ばれるもの。


 ちなみにアーネストの部屋は完全な個室。

 ブランシェが常に傍に張り付いているので、アーネストの安全は保証されている。


 ブラッドのスキンシップが過剰になるのは、私の家の中だけの話だ。

 それは――常に執事や使用人の目があるアシュベリー公爵城と違い、この家では完全な二人きりといった環境のせいだろう。


 ブラッドを制するマーセイディズ大公夫人を始め、執事や家政婦長の目が届かないので、彼のスキンシップが過剰なものになってしまうのだ。

 私は彼の手管に流され、気づいた時には後戻りが出来ない状態になっている。


 ――この調子でいると、結婚式を挙げる前に身籠りそう。


 結婚式の予定は七か月後。


 私がアシュベリー公爵家で教育を受け始めてから、もうじき五か月が過ぎようとしている。

 一応、婚約のお披露目は済ませているが、その時の私は厚手のベールで顔を隠して参加したのだ。


 オルコット伯爵家の養女として紹介され、ブラッドとの婚約を正式に発表するお披露目会。

 アシュベリー公爵家主催の園遊会っぽいもの。


 私は生まれつき病弱設定だから、体に負担がかかる夜会への参加は無理という形にしたらしい。


 ――そこでバーレイ子爵一家を目にしたんだよね。


 バーレイ子爵はアバネシー区とボートン区のエリア代官を務めているので、公爵家主催の園遊会の招待状が届くのは当然だった。


 私とブラッドが招待客に挨拶をしていた時、ブリジット・バーレイ子爵令嬢の視線がブラッドに釘付け。

 彼が飲み物を取りに私の傍を離れた瞬間、いきなりブリジット・バーレイ子爵令嬢に腕を掴まれ、「泥棒猫!」と言われたのである。


 彼女の言葉の意味が分からず、私が呆然となっていた所に、ブラッドが異変を感じて私を休憩室へ避難させた。


 ――アレにはマジで参った。泥棒猫の意味を分かっていないのかな?


 ブリジット・バーレイ子爵令嬢の中では、ブラッドと恋人、もしくは付き合っているといった認識なのだろうか。


 ブラッドから彼女の話を聞いた事もない。

 代官を務めているバーレイ子爵の存在は知っていても、その息子や娘の事まで把握しているわけじゃないのだ。


 彼らが問題行動をしているなら話は別となる。

 息子の方は評判が良くないので、ブラッドも耳にしている可能性は高いけれど。


 ルーフ亭の店主からブリジット・バーレイ子爵令嬢の話を聞いた事はある。

 確かブラッドに片思いしているんだっけ?

 

 伯爵家の嫡男の元へ嫁いだのに、早々に離縁されて出戻ってきた話も聞いた。

 子爵令嬢が伯爵家へ嫁ぐのは、まさに玉の輿といった高待遇の縁談だったのに――伯爵家の嫡男の妻としての責務もせず、男遊びに惚けるなんて馬鹿のする事だ。


 しかもブラッドと結婚の約束をしていたとか、自分たちは相思相愛で付き合っているといった話を、自分で流すような人間である。


 ――もしかして、思い込みが激しい系の人!?


 それなら非常に厄介なタイプである。


 一般的に思い込みが激しいタイプの人間は、まず他人の言葉を聞き入れない。

 現実を受け入れられないというか――自分の思い通りに進まないと納得しないので、まず話し合いは無理だと断言する。


 うっかり嫌な人の事を思い出し、私は深い溜息を漏らす。


「どうした?」


 ブラッドの手が私の頬に触れる。


「ちょっと考え事を……」


「暗い表情をしている。何か良くない事でもあったのか?」


 ブラッドの過剰なスキンシップが始まってしまった。


 こうなってしまうと、私は彼の手によってベッドに引き摺り込まれてしまう。


 ――ヤバい! まだ料理の途中なのに!!


 私は作業中の物を魔法で停止しておく。


 このままでは火にかけているものや、オーブンの中にある料理が焦げてしまう。

 私は作業を続けるのを諦めると、ブラッドに流されるままベッドの上に転がされるのだった。


 翌朝、ブラッドはすっきりした顔で仕事へ向かう。


 予め準備しておいたローストビーフサンドとミートパイは忘れずに持参。

 代金を支払うと言ってくれたけど、アーネストに届け物を渡す駄賃として代金は不要だと伝えた。


 彼は騎士団員が行っている早朝鍛錬をした後、朝食後から午後までアシュベリー公爵として執務作業。

 そして午後から騎士として領地を見回りながら、領民の暮らしや修繕箇所をチェックしているらしい。


 私は昨日の作業の続きを続行する。


 八時に冒険者ギルドへ向かった後、エイマーズさんの店へ移動して注文の品を届けなければならない。

 そして九時に店を開店するのだ。


 最近は冒険者だけじゃなく、一般の人までパンを買いに来てくれる。


 冒険者は主にサンドイッチとサイドメニューを購入し、一般の人はバタールとブリオッシュを購入。

 来週にはナンも増やそうと思っている。


 数量に限りがあるので、大体いつも午前十一時前には完売といった状況だ。


「ポテチが食べたいな……塩も好きだけど、のり塩も捨てがたい。のりってどこで手に入るんだろう?」


 フライドポテトだけでも飽きないが、ポテチの食感も好きである。


 自分が食べたい物を考えながら作業をし、冒険者ギルドと魔道具店へ注文の品を届けてから、店の開店準備を始めた。

 開店当初からの定番メニュー、ローストビーフサンド百個、ベーコンサンド百個、フライドポテト百個、オニオンリング百個。ハーフ百個。


 裏メニューであるミートパイ、限定三十個。

 それから新たに加わった、バタール五十本、ブリオッシュ五十個。


 本日も完売しますように!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ