第5話 奉仕(前編)
お目に留めていただいて光栄です。
第5話です。
思った以上に長くなってしまったので、前後編にしました。今回は前編です。
神環を授かってから十日ほどが過ぎた。
勇助は、これといった変化もなく過ごしていた。
そもそも、其道一家が束ねる地域で大きな事件がそう起こることはない。
勇助は何度も左耳に触れ、「はらったま」と唱えてみる。
神環は何も反応しない。
(人助けって……どうすればいいんだろう)
神様の言った言葉…。
『心から人を助けたいと思った時だけ神通力が発動するのじゃ』
よくわからないまま、日だけが過ぎていく。
夕方、勇助は母親に頼まれ隣の家に回覧板を届けに行った。
玄関を開けてくれたのは、音成さん家のおばあちゃんだった。
「あら、ゆうちゃん。お家のお手伝い? えらいねぇ」
「いや、そんな……」
勇助は少し照れくさそうに笑い、回覧板を手渡す。
おばあちゃんはなんだか元気がないように見えた。
「おばあちゃん、元気ない?」
と勇助が尋ねると、
「うちのタマちゃんがね……」
「タマちゃん?」
「そうなの。今朝ね、玄関を開けたらピューッと出て行っちゃってねぇ」
そう言って、おばあちゃんは深いため息をついた。
「今、お父さんが探しに行ってるんだけど……。お父さんもあの子も年だからねぇ……」
タマちゃんは勇助も知っている猫だった。
大きな体に、フッサフサの毛並み。
家のお使いでお邪魔するたび、いつも出迎えてくれるバカデカサイズのノルウェージャンフォレストキャットだ。
「えっ! 出て行っちゃったの?」
その瞬間、勇助の頭にホームズの姿が浮かんだ。
まだ一緒に暮らし始めて日は浅い。
それでも、ホームズが突然帰ってこなかったら、家のみんなはどれだけ心配するだろう。
居た堪れない気持ちになった。
「おばあちゃん、大丈夫! 絶対に帰ってくるよ! オレも探してみるから!」
「まぁ〜ありがとうねぇ、ゆうちゃん!」
話もそこそこに勇助は急いで家に戻った。
「パードレ! マンマ!」
居間にいた甚吉とイボンヌの元へ一直線に向かう。
「音成さん家のタマちゃんがいなくなったんだって! ちょっと心配だから家の周り見てくる!」
甚吉は少し眉をひそめた。
「そりゃ可哀想に。若いもんにも伝えとくとするか」
イボンヌも心配そうに、
「アラ大変! チュール持ッテク?」
そして、そんな話などお構いなしに、ホームズが勇助の足元へ駆け寄ってきた。
グニャっと身体を擦り寄せ、
「にゃあ♪」
と鳴く。
勇助はホームズをそっと抱き上げ、温かく柔らかい毛に顔を埋めた。
(ホームズがいなくなったらやだな)
勇助はホームズを床へ降ろすと、
「行ってくる!」
そう言うと、スマホを片手に飛び出していった。
家の周りを「タマちゃぁ〜ん!」と呼びながら、スマホのライトを頼りにあちこち探してみた。
どこにも気配はない。
(遠くにいっちゃったのかな…)
そう思いながら、近くの公園まで足を延ばした。
車通りは少ない道とは言え、チワワ五匹より重そうなあのタマちゃんが俊敏に車を避けられるとは思えず、不安になる。
公園前のマンションまで来て、「タマちゃぁ〜ん!」と、もう一度呼んでみた。
すると、
「ぬぁおーん!」
ドスの効いた低い鳴き声が返ってきた。
「タマちゃん?」
声のする方を見上げると、マンションのエントランスの屋根の上から、バカデカサイズのノルウェージャンフォレストキャットが勇助をじっと見つめていた。
「タ、タマちゃん! そんなところに居たの!」
どうやらタマちゃんは登ることはできても降りられない様子だった。
屋根の縁へ爪を掛け、恐る恐る下を覗き込んでいる。
「危ない! 危ない! タマちゃん! 落っこっちゃうよ!」
あの巨体を受け止められるか分からない。
しかも老猫だ。
もし落ちてしまったら大変!
勇助は慌ててマンションの管理人を探したが、管理人の姿は見当たらなかった。
(どうしよう……家まで脚立を取りに戻るか、それともスマホで誰か呼ぶか……)
あれこれ考えていると、タマちゃんの前足が屋根の縁から滑った。
「危ない!」
思わず走り出した。
「うぁぁー神様!」
そして思わず左耳に手をかけ、「はらったま!」と叫んだ。
その瞬間、勇助の身体が光り、宙へと浮かび、落ちてくるタマちゃんをガッシリと抱え、ふわっと着地した
「ふぅ……」
安堵したのも束の間……
マンションのガラス扉に、何やらやかましい出で立ちの人影が目の端に映った。
(?)
何気なくそちらを見ようとすると、一瞬視界が歪む。
「え? ナニナニナニ?」
目を凝らして見ると、そこに映っていたのは――たぶん自分。
たぶんというのは、スウェットにTシャツ姿の自分ではないからだ。
瓶底メガネに、耳にかかる程度の髪のはずが、某映画のレ◯ア姫みたいに左右へ束ねられた巻き髪。
上は金の薄い模様が入った白い着物に白羽織、下は赤い括り袴。
そして、足袋に一本下駄。
……それと、バカデカサイズのタマちゃんをガッシリと抱えている。
一言で言って、不審者そのものだった。
「ちょっ、ちょっと! これはちょっと!」
思わず周りを見渡し、公園の植え込みに隠れた。
腕の中ではタマちゃんが無表情のまま、苦しそうに「ナァー」と鳴く。
「ごめんタマちゃん! ちょっと待っててね! すぐ元に戻るから!」
そう言って、タマちゃんを抱えたまま、なんとか左耳に手をかける。
「はらったま!」
しーーーーーーーーーーーーーーん
「え?」
もう一度。
「はらったま!」
しーーーーーーーーーーーーーーん
「えっ? えっ? えっ?」
タマちゃんは不満そうに、野太く「ナァー」と鳴いた。
第三者がいないことだけが救いだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
"おやしろまん"の世界を少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
勇助たちの物語は、これから少しずつ広がっていきます。
また後編ですお会いできたら幸いです。




