『災禍の神が楽しそうです。』
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洞窟の奥深く、
外の光も、届かないほどの暗闇の中。
ピチャン――
天井から落ちた雫が、
静かな水音を響かせる。
そのさらに奥の古びた社の中で、
災禍の神は眠っていた。
暗闇の向こうから、
二人分の足音が響いてくる。
災禍の神
「…………ッチ」
閉じられていた瞼が、
ゆっくりと開いた。
まだ眠気の残る瞳が、
気怠そうに暗闇へ向けられる。
姿を確かめるまでもない。
どちらも、よく知った気配だった。
やがて、
暗闇の向こうから二つの人影が姿を現した。
真月と、その隣を歩く傷だらけの琥珀。
災禍の神
「…………」
傷だらけの琥珀を見るなり、
災禍の神の口元がゆっくりと歪んでいく。
それは安堵でも、心配でもなく、
明らかに面白がっている顔だった。
災禍の神
「……ふっくくっ」
小さな笑い声が、洞窟の中に響く。
災禍の神は頬杖をつき、
気怠そうに琥珀を頭から足先まで眺めた。
まるで、
珍しいものでも観察するように。
災禍の神
「なぁに、その格好……」
琥珀
「…………」
災禍の神
「まさか――」
そこで言葉を切る災禍の神の口元には、
意地の悪い笑みが浮かぶ。
災禍の神
「おめおめと逃げ帰ってきたってこと?」
琥珀の眉が、
ぴくりと動いた。
それを見た災禍の神は、
ますます愉快そうに笑みを深める。
災禍の神
「クッハッハ……」
肩を小さく揺らしながら、
わざとらしく首を傾げた。
災禍の神
「あれだけ大口叩いてたのに」
ゆっくりと、
琥珀を見下ろすように瞳を細める。
災禍の神
「琥珀って……っフフ
本当に面白いね」
琥珀
「……随分と楽しそうですね。
楽しんでいただけて何よりです」
災禍の神
「そりゃあ楽しいよ。
だって君出ていく時は、
あんなに自信満々だったじゃない」
琥珀
「…………」
災禍の神
「それが今じゃ、
真月に助けてもらって帰ってくるなんて……
ブフゥッ!」
災禍の神は目尻に浮かんだ涙を、
指先で気怠げに拭う。
災禍の神
「……期待を裏切らないよねぇ、君は」
ひとしきり笑い、
ようやく落ち着いた災禍の神は、
退屈そうに小さな欠伸を漏らした。
災禍の神
「ふぁ……。
あぁー面白かった」
琥珀
「……相変わらず性格が悪いですね」
災禍の神
「はあ?性格良かったときなんてないけどね」
クスクスとまた、楽しそうに笑う。
だが、その視線が、ふと真月へと移った。
正確には真月が持つ――黒曜石へ。
先ほどまで眠気に霞んでいた瞳が、
ほんのわずかに鋭さを帯びる。
けれど、
身体を起こそうとはしない。
頬杖をついたまま。
気怠げな声が、静かな洞窟に落ちる。
災禍の神
「それで?例の石は――?」
細められた瞳が、黒曜石を捉える。
そして、
口元に再び薄い笑みを浮かべた。
災禍の神
「ちゃんと回収できたの?」
琥珀は、
災禍の神へ冷ややかな視線を向けると、淡々と答えた。
琥珀
「……石は回収できましたよ。
貴方のお望み通り――
随分と良い具合に育っていました」
その言葉に、
災禍の神の瞳が嬉しそうに細められた。
琥珀
「まあ……」
琥珀の視線が、
チラリと真月の持つ黒曜石へ落ちる。
琥珀
「石の代償に、
賢かった穢れ人と……
灰燼は失いましたがね」
その報告を聞いた瞬間。
災禍の神の口元が、
にぃ……と大きく吊り上がった。
そして――
災禍の神
「ぷっ……ははっ……!」
堪えきれないように、
喉の奥から笑いが漏れる。
災禍の神
「はははっ……!
あっははははははっ!!」
洞窟の静寂をぶち壊す、
盛大な笑い声が響き渡った。
災禍の神は腹を抱え、
心底おかしそうに肩を震わせる。
琥珀
「…………」
災禍の神
「だって君たち――」
笑いながら、
琥珀と真月を交互に指差す。
災禍の神
「禁忌の眷属の中じゃ、
君たちってかなりのやり手でしょ?」
琥珀
「…………」
災禍の神
「しかも――
西の灰燼に、賢い穢れ人。
おまけに禍つ狐の琥珀までいたのに」
そこで一度、
災禍の神は口元を押さえた。
災禍の神
「それだけ揃って行って――」
傷だらけの琥珀を、
改めて頭から足先まで眺める。
災禍の神
「帰ってきたのが、
そのザマって……ぶっ……!」
堪えきれず、
災禍の神は再び吹き出した。
災禍の神
「あはははははっ!!
駄目だ……っ!
ほんっと面白すぎるよ、琥珀!」
琥珀
「…………」
笑い声だけが、
洞窟の中で何度も反響する。
――ピクリ。
琥珀のこめかみが、
微かに引きつった。
垂らした拳が、
ぎゅっと握り締められる。
それでも、
琥珀は口を閉ざした。
ここで言い返せば、
喜ばせるだけだ。
それを分かっているからこそ――
余計に腹が立つ。
もっとも、
そんな琥珀の反応すら――
災禍の神にとっては、
格好の娯楽の一つに過ぎなかった。
災禍の神
「あれぇ?」
人を食ったような笑みを浮かべ、
わざとらしく琥珀の顔を覗き込む。
災禍の神
「怒っちゃった?」
琥珀
「……いいえ」
災禍の神
「ふぅーん?」
琥珀
「…………」
災禍の神
「じゃあ、その拳は何なのさ?」
琥珀
「…………」
災禍の神
「あははっ!」
再び、
愉快そうな笑い声が響いた。
琥珀
「……本当に、
貴方は性格が悪いですね」
災禍の神
「褒め言葉として受け取っておくよ」
災禍の神の表情は悪びれるどころか、
むしろ、
満足そうですらあった。
そして、
ひとしきり琥珀を弄んだところで。
災禍の神の視線が、
その隣の真月へと移る。
先ほどから真月は、
二人のやり取りを静かに見ていた。
災禍の神
「……それにしても」
まだ笑いの余韻を残したまま、
災禍の神は真月を見つめる。
災禍の神
「お前も――
まさか本当に帰ってくるとは思わなかったよ。
真月……」
真月
「…………」
最後までお付き合いいただき、
ほんとうにありがとうございます!
次回もお付き合いいただけたら幸いです。
(人´∀`).☆.。.:*・゜




