禁忌の眷属たちの誤算
いつもお読みいただきありがとうございます!
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
(*˘︶˘*).。.:*
戦いの余韻が残る玉繭の里に、
冷たい風が吹き抜けていく。
戦いの末、
完全に拘束された琥珀。
その少し離れた場所では、
雪兎が黒曜石を手に、
じっとその表面を見つめていた。
光を吸い込むような、
不気味なほど黒い結晶。
雪兎
「…………」
先ほどまでの朗らかな笑みは、
その顔に残っている。
けれど――
細められた瞳だけは、
静かに黒曜石を慎重に観察していた。
張り詰めた静寂の中、
雪兎がゆっくりと琥珀へ歩み寄る。
雪兎
「さて、琥珀殿。
まず貴方にお聞きしたいことは――
この黒曜石は、
一体何なのでしょうか?」
琥珀は黒曜石へ一瞥を向け、
視線をわずかに逸らすと、
興味もなさそうに短く答えた。
琥珀
「……さあな。」
雪兎
「おや、ご存知ないと?
ですが貴方は先ほど間違いなく、
こちらの黒曜石を持って
逃げようとしていましたよ?
最初から――
この黒曜石が目的だったのですよね?」
琥珀
「……」
琥珀は固く口を閉ざしたまま身動き一つしない。
雪兎は肩をすくめ、小さく息を吐く。
雪兎
「お答えいただけないと言うことは、
その通りだとこちらは判断致しますが……」
重苦しい沈黙を破ったのは義久だった。
義久
「琥珀殿、貴方のことは天界にいた時から
存じ上げておりました。
眉目秀麗で、
次の眷属長とまで言われていた――
そんな貴方が、
禁忌を犯してまで災禍の神に仕えるのは
何故ですか?
そしてなぜ、
この玉繭の地を襲撃したのですか?」
義久の表情には、
怒りなどはなくただ、
相手の奥底まで見通そうとするような、
感情の読めない眼差しがあった。
琥珀
「…………」
義久
「今回現れた穢れ人は――
これまで我々が相対してきた者とは、
明らかに異なっていました」
義久は琥珀の表情をよく観察しながらその先を続ける。
義久
「言葉を理解し、状況を分析し、
自ら戦術を組み立てていた。
この様な穢れ人は、
……他にもいるのですか?」
琥珀
「…………」
著莪
「……さすがだね」
琥珀の視線が、
僅かに著莪へ向く。
著莪
「答える気は一切なし……か。
相手に情報を与えない――
そのためには、
黙っているのが一番だよね」
著莪は口元に薄い笑みを浮かべながら、
琥珀を観察する。
著莪
「嘘をつけば矛盾を突かれる。
言い訳をすれば、
そこから情報を拾われる。
なら、最初から何も話さない。
……確かに、
それが一番賢いやり方だね」
琥珀
「…………」
挑発にも乗らない。
その徹底した沈黙に、
場にいた者たちの間へ重い空気が流れた。
その時――
澪斗
「……すみません」
皆の視線が、澪斗へ集まった。
澪斗は何かを言いかけて、口を閉ざしたが、
わずかな沈黙のあと——
覚悟を決めたように顔を上げる。
澪斗
「僕も……
一つ聞きたいことがあるのですが、
いいですか?」
雪兎
「ええ、構いませんよ」
雪兎は琥珀をちらりと見る。
雪兎
「答えてくださるかは、
分かりませんが……どうぞ」
澪斗
「龍神の眷属が使う、
水の鎖の解除方法を――」
一瞬、言葉が喉につかえた。
澪斗
「貴方たちに教えたのは……
葵兄さんだというのは、本当ですか?」
誰もが琥珀に視線を向ける。
また沈黙が返ってくる。
そう思われた。
琥珀
「…………葵の弟か」
澪斗
「――っ!」
黒曜石のことも、
穢れ人のことも、
この地を狙った理由についても――
何を問われても、
口を閉ざしていた琥珀が、
初めて自ら言葉を返した。
琥珀は澪斗をじっと見つめる。
琥珀
「お前の言う通りだ」
澪斗の瞳が揺れた。
琥珀
「水の鎖の解除方法は――
葵に教えてもらった」
澪斗
「…………っ」
覚悟はしていたはずの言葉だった。
それでも――
琥珀の口から断言された瞬間、
胸の奥へ重いものが落ちた。
澪斗
(……本当に……
本当に……兄さんが……)
憧れの兄の裏切りに、
怒りとショックで拳が震える。
琥珀は、
そんな澪斗の表情を見ても、
淡々と言葉を続けた。
琥珀
「……葵とは、本当に偶然出会った」
澪斗が顔を上げる。
琥珀
「連れていた者に溜まる穢れを、
どうにかしてほしいと懇願されてね」
澪斗
(やっぱり……
兄さんは雫様のために……)
琥珀
「こちらが穢れを処理する代わりに――
龍神の眷属への対処法を教えること」
ほんの僅かに、
琥珀の視線が澪斗へと動く。
琥珀
「それが条件だった」
澪斗の顔が、
悲しみに歪む。
澪斗
「そんな……
本当に……兄さんが……」
澪斗の隣で真白は何かを考えるように、
眉を寄せていたが、
真白
「……お待ちください。
一つ、おかしくありませんか?」
琥珀
「…………なにがだ?」
真白
「雫様は、
ご自分の中から生まれる穢れを――
自らの神気へ変換していました」
琥珀の瞳が、
ほんの僅かに細くなる。
真白
「ご自身で対処できていたのなら、
なぜ貴方たちに助けを求める必要が
あったのでしょう?」
琥珀は、
真白をまっすぐに見つめた。
琥珀
(……なるほど)
琥珀
「たとえ制約の一族であっても――
内に生まれた穢れを、
すべて祓えるわけではない」
真白
「…………」
琥珀
「ある程度なら、
己の神気へ変換することもできる。
だが――
内側から際限なく生まれ続ける穢れを、
すべて神気へ変え続けることなどできない。
お前のような、
特別な眷属でもない限りな」
真白の表情が僅かに曇った。
琥珀
「限界を越え、
制御できなくなった分を――
こちらで処理していただけだ」
澪斗が、
堪えきれず口を挟む。
澪斗
「だからって……
一族の弱点を教えるなんて……!」
真白
「澪斗さん」
真白が静かに制する。
真白
「……落ち着いてください」
澪斗
「…………っ」
唇を噛みながらも、
澪斗は口を閉じる。
真白は再び琥珀を見る。
真白
「では……
貴方たちは龍神の眷属だけではなく――
他の眷属たちへの対処法も、
知っているのですか?」
琥珀
「…………」
琥珀は再び沈黙する。
疾風
「少なくとも……
龍神の眷属以外は知らないのでは?
知っていれば今回捕らえられることは
なかったでしょうから。」
雪兎
「いえ……」
雪兎は、
ゆっくりと首を振った。
疾風
「?」
雪兎
「恐らく――
他の眷属への対処法も、
ある程度は把握しているのでしょう」
紡
「えっ?」
雪兎の視線が琥珀へ向く。
雪兎
「そうでございましょう?
琥珀殿」
琥珀
「…………」
雪兎
「先ほど――
貴方は月糸の存在に、
随分と驚いておられましたからね」
琥珀の瞳が――
ほんの僅かに月糸へ向いた。
雪兎は、
その小さな反応を見逃さなかった。
紡
「あの……
どうしてそれだけで分かるんですか?」
雪兎
「月の神の眷属が持つ力は――
時へ干渉し、
先を見通す力です」
紡
「それは知ってますけど……」
雪兎
「私達の能力は、
非常に強力な力です」
そこで雪兎の笑みが、
ほんの少しだけ薄くなった。
雪兎
「当然――
強い力には、
それ相応の制約もございます」
琥珀
「…………」
雪兎
「琥珀殿たちは、
その制約を知っていたのでしょう」
紡
「……だから、
月糸さんを見て驚いたんですか?」
雪兎
「ええ」
雪兎は頷く。
雪兎
「兎の眷属の弱みに関わりますゆえ、
詳しくお話しすることはできませんが――」
その声から、
いつもの軽さが消える。
雪兎
「恐らく彼らは最初から、
月の眷属が介入してくる可能性まで
想定していたはずです」
真白
「…………!」
雪兎
「そして――
その場合の対処まで、
用意していた」
雪兎の視線が、
静かに月糸へ向けられる。
雪兎
「ところが……
それでも、うまくいかなかった。
だからこそ――
月糸を見た時、
あれほど驚いたのでしょう。」
琥珀は雪兎が話す間も、
じっと月糸を見つめていた。
そして、二人を交互に見た後――
その顔立ちを確かめるように、
雪兎へ視線を移す。
琥珀
「……なるほど。
その兎の娘……お前によく似ている」
雪兎の顔がぱっと明るくなり、
それから、どこか誇らしげに胸を張った。
雪兎
「ええ!
月糸は私めの娘にございます!」
誇らしげに胸を張る父とは対照的に――
月糸は、
心底嫌そうに眉をひそめた。
月糸
「…………」
その瞬間――
琥珀の中で、
すべての違和感が解消された。
術が発動しなかったこと。
著莪の一撃を、
認識することすらできなかったこと。
そして――
こちらが動くたび、
あまりにも都合よく先回りされたこと。
琥珀
「……そういうことか」
低く呟く。
琥珀
「同じ力を扱う者が……
同じ時期に二人いた」
雪兎
(……やはり知っているようですね。)
琥珀は、
小さく息を吐いた。
そこに焦りはなく、
むしろ――
ようやく全ての違和感が繋がったことに、
妙に納得したような表情だった。
琥珀
「こちらは最初から――
負け戦へ、
まんまと誘い込まれていたわけだ」
雪兎
「さて……
それはどうでしょうねぇ」
にこり。
いつもの、
掴みどころのない笑みが戻る。
それ以上、
雪兎は何も答えなかった。
そして再び――
雪兎
「さて……
どういたしましょうか」
困ったように頬へ指を添える。
雪兎
「何を聞いても話す気のない方を、
いつまでも尋問していても、
時間の無駄ですし……」
琥珀
「…………」
雪兎
「このまま――
豊穣神様へお引き渡しするしか、
なさそうですね」
著莪
「…………」
著莪は、
その瞬間の琥珀を見ていた。
ほんの僅かな変化すら、見逃さないように。
けれど――
著莪
(豊穣神様の名にも……
反応なしか)
琥珀はそれきり、
何を問われても――
二度と、
口を開こうとはしなかった。
最後までお付き合いいただき、
ほんとうにありがとうございます!
次回もお付き合いいただけたら幸いです。
(人´∀`).☆.。.:*・゜




