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僕は狐の眷属です! 真白と紡の神社日誌 ―600年前の巫女の願いから生まれました―  作者: 稲荷寿司
封印されし穢れ人――玉繭の里編

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241/258

禁忌の眷属たちの誤算

いつもお読みいただきありがとうございます!

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

(*˘︶˘*).。.:*






戦いの余韻が残る玉繭の里に、

冷たい風が吹き抜けていく。



戦いの末、

完全に拘束された琥珀《こはく》。



その少し離れた場所では、

雪兎《ゆきと》が黒曜石を手に、

じっとその表面を見つめていた。



光を吸い込むような、

不気味なほど黒い結晶。



雪兎《ゆきと》

「…………」



先ほどまでの朗らかな笑みは、

その顔に残っている。



けれど――



細められた瞳だけは、

静かに黒曜石を慎重に観察していた。



張り詰めた静寂の中、

雪兎《ゆきと》がゆっくりと琥珀《こはく》へ歩み寄る。



雪兎《ゆきと》

「さて、琥珀《こはく》殿。

 まず貴方にお聞きしたいことは――

 この黒曜石は、

 一体何なのでしょうか?」



琥珀《こはく》は黒曜石へ一瞥を向け、

視線をわずかに逸らすと、

興味もなさそうに短く答えた。



琥珀《こはく》

「……さあな。」



雪兎《ゆきと》

「おや、ご存知ないと?

 ですが貴方は先ほど間違いなく、

 こちらの黒曜石を持って

 逃げようとしていましたよ?

 最初から――

 この黒曜石が目的だったのですよね?」



琥珀《こはく》

「……」



琥珀《こはく》は固く口を閉ざしたまま身動き一つしない。

雪兎《ゆきと》は肩をすくめ、小さく息を吐く。



雪兎《ゆきと》

「お答えいただけないと言うことは、

 その通りだとこちらは判断致しますが……」



重苦しい沈黙を破ったのは義久だった。



義久

「琥珀《こはく》殿、貴方のことは天界にいた時から

 存じ上げておりました。


 眉目秀麗で、

 次の眷属長とまで言われていた――


 そんな貴方が、

 禁忌を犯してまで災禍の神に仕えるのは

 何故ですか?


 そしてなぜ、

 この玉繭の地を襲撃したのですか?」



義久の表情には、

怒りなどはなくただ、

相手の奥底まで見通そうとするような、

感情の読めない眼差しがあった。



琥珀《こはく》

「…………」



義久

「今回現れた穢れ人は――

 これまで我々が相対してきた者とは、

 明らかに異なっていました」


義久は琥珀《こはく》の表情をよく観察しながらその先を続ける。



義久

「言葉を理解し、状況を分析し、

 自ら戦術を組み立てていた。

 この様な穢れ人は、

 ……他にもいるのですか?」



琥珀《こはく》

「…………」



著莪《しゃが》

「……さすがだね」


琥珀《こはく》の視線が、

僅かに著莪《しゃが》へ向く。



著莪《しゃが》

「答える気は一切なし……か。


 相手に情報を与えない――

 そのためには、

 黙っているのが一番だよね」



著莪《しゃが》は口元に薄い笑みを浮かべながら、

琥珀《こはく》を観察する。



著莪《しゃが》

「嘘をつけば矛盾を突かれる。

 言い訳をすれば、

 そこから情報を拾われる。


 なら、最初から何も話さない。


 ……確かに、

 それが一番賢いやり方だね」



琥珀《こはく》

「…………」



挑発にも乗らない。



その徹底した沈黙に、

場にいた者たちの間へ重い空気が流れた。



その時――



澪斗

「……すみません」



皆の視線が、澪斗へ集まった。



澪斗は何かを言いかけて、口を閉ざしたが、

わずかな沈黙のあと——

覚悟を決めたように顔を上げる。



澪斗

「僕も……

 一つ聞きたいことがあるのですが、

 いいですか?」



雪兎《ゆきと》

「ええ、構いませんよ」



雪兎《ゆきと》は琥珀《こはく》をちらりと見る。



雪兎《ゆきと》

「答えてくださるかは、

 分かりませんが……どうぞ」



澪斗

「龍神の眷属が使う、

 水の鎖の解除方法を――」



一瞬、言葉が喉につかえた。



澪斗

「貴方たちに教えたのは……

 葵兄さんだというのは、本当ですか?」



誰もが琥珀《こはく》に視線を向ける。

また沈黙が返ってくる。


そう思われた。



琥珀《こはく》

「…………葵の弟か」



澪斗

「――っ!」



黒曜石のことも、

穢れ人のことも、

この地を狙った理由についても――



何を問われても、

口を閉ざしていた琥珀《こはく》が、



初めて自ら言葉を返した。

琥珀《こはく》は澪斗をじっと見つめる。



琥珀《こはく》

「お前の言う通りだ」



澪斗の瞳が揺れた。



琥珀《こはく》

「水の鎖の解除方法は――

 葵に教えてもらった」



澪斗

「…………っ」



覚悟はしていたはずの言葉だった。



それでも――

琥珀《こはく》の口から断言された瞬間、

胸の奥へ重いものが落ちた。



澪斗

(……本当に……

 本当に……兄さんが……)



憧れの兄の裏切りに、

怒りとショックで拳が震える。



琥珀《こはく》は、

そんな澪斗の表情を見ても、

淡々と言葉を続けた。



琥珀《こはく》

「……葵とは、本当に偶然出会った」



澪斗が顔を上げる。



琥珀《こはく》

「連れていた者に溜まる穢れを、

 どうにかしてほしいと懇願されてね」



澪斗

(やっぱり……

 兄さんは雫様のために……)



琥珀《こはく》

「こちらが穢れを処理する代わりに――

 龍神の眷属への対処法を教えること」



ほんの僅かに、

琥珀《こはく》の視線が澪斗へと動く。



琥珀《こはく》

「それが条件だった」



澪斗の顔が、

悲しみに歪む。



澪斗

「そんな……

 本当に……兄さんが……」



澪斗の隣で真白は何かを考えるように、

眉を寄せていたが、



真白

「……お待ちください。

 一つ、おかしくありませんか?」



琥珀《こはく》

「…………なにがだ?」



真白

「雫様は、

 ご自分の中から生まれる穢れを――

 自らの神気へ変換していました」



琥珀《こはく》の瞳が、

ほんの僅かに細くなる。



真白

「ご自身で対処できていたのなら、

 なぜ貴方たちに助けを求める必要が

 あったのでしょう?」



琥珀《こはく》は、

真白をまっすぐに見つめた。



琥珀《こはく》

(……なるほど)



琥珀《こはく》

「たとえ制約の一族であっても――

 内に生まれた穢れを、

 すべて祓えるわけではない」



真白

「…………」



琥珀《こはく》

「ある程度なら、

 己の神気へ変換することもできる。


 だが――

 内側から際限なく生まれ続ける穢れを、

 すべて神気へ変え続けることなどできない。


 お前のような、

 特別な眷属でもない限りな」



真白の表情が僅かに曇った。



琥珀《こはく》

「限界を越え、

 制御できなくなった分を――

 こちらで処理していただけだ」



澪斗が、

堪えきれず口を挟む。



澪斗

「だからって……

 一族の弱点を教えるなんて……!」



真白

「澪斗さん」



真白が静かに制する。



真白

「……落ち着いてください」



澪斗

「…………っ」



唇を噛みながらも、

澪斗は口を閉じる。



真白は再び琥珀《こはく》を見る。



真白

「では……

 貴方たちは龍神の眷属だけではなく――

 他の眷属たちへの対処法も、

 知っているのですか?」



琥珀《こはく》

「…………」



琥珀《こはく》は再び沈黙する。



疾風

「少なくとも……

 龍神の眷属以外は知らないのでは?

 知っていれば今回捕らえられることは

 なかったでしょうから。」



雪兎《ゆきと》

「いえ……」



雪兎《ゆきと》は、

ゆっくりと首を振った。



疾風

「?」




雪兎《ゆきと》

「恐らく――

 他の眷属への対処法も、

 ある程度は把握しているのでしょう」



紡

「えっ?」



雪兎《ゆきと》の視線が琥珀《こはく》へ向く。



雪兎《ゆきと》

「そうでございましょう?

 琥珀《こはく》殿」



琥珀《こはく》

「…………」



雪兎《ゆきと》

「先ほど――

 貴方は月糸《つくし》の存在に、

 随分と驚いておられましたからね」



琥珀《こはく》の瞳が――

ほんの僅かに月糸《つくし》へ向いた。



雪兎《ゆきと》は、

その小さな反応を見逃さなかった。



紡

「あの……

 どうしてそれだけで分かるんですか?」



雪兎《ゆきと》

「月の神の眷属が持つ力は――

 時へ干渉し、

 先を見通す力です」


    

紡

「それは知ってますけど……」



雪兎《ゆきと》

「私達の能力は、

 非常に強力な力です」


 

そこで雪兎《ゆきと》の笑みが、

ほんの少しだけ薄くなった。



雪兎《ゆきと》

「当然――

 強い力には、

 それ相応の制約もございます」



琥珀《こはく》

「…………」




雪兎《ゆきと》

「琥珀《こはく》殿たちは、

 その制約を知っていたのでしょう」




紡

「……だから、

 月糸《つくし》さんを見て驚いたんですか?」




雪兎《ゆきと》

「ええ」



雪兎《ゆきと》は頷く。



雪兎《ゆきと》

「兎の眷属の弱みに関わりますゆえ、

 詳しくお話しすることはできませんが――」




その声から、

いつもの軽さが消える。




雪兎《ゆきと》

「恐らく彼らは最初から、

 月の眷属が介入してくる可能性まで

 想定していたはずです」


真白

「…………!」



雪兎《ゆきと》

「そして――

 その場合の対処まで、

 用意していた」



雪兎《ゆきと》の視線が、

静かに月糸《つくし》へ向けられる。



雪兎《ゆきと》

「ところが……

 それでも、うまくいかなかった。

 だからこそ――

 月糸《つくし》を見た時、

 あれほど驚いたのでしょう。」




琥珀《こはく》は雪兎《ゆきと》が話す間も、

じっと月糸《つくし》を見つめていた。




そして、二人を交互に見た後――

その顔立ちを確かめるように、

雪兎《ゆきと》へ視線を移す。



琥珀《こはく》

「……なるほど。

 その兎の娘……お前によく似ている」



雪兎《ゆきと》の顔がぱっと明るくなり、

それから、どこか誇らしげに胸を張った。



雪兎《ゆきと》

「ええ!

 月糸《つくし》は私めの娘にございます!」



誇らしげに胸を張る父とは対照的に――



月糸《つくし》は、

心底嫌そうに眉をひそめた。



月糸《つくし》

「…………」



その瞬間――



琥珀《こはく》の中で、

すべての違和感が解消された。



術が発動しなかったこと。



著莪《しゃが》の一撃を、

認識することすらできなかったこと。



そして――

こちらが動くたび、

あまりにも都合よく先回りされたこと。



琥珀《こはく》

「……そういうことか」



低く呟く。



琥珀《こはく》

「同じ力を扱う者が……

 同じ時期に二人いた」



雪兎《ゆきと》

(……やはり知っているようですね。)



琥珀《こはく》は、

小さく息を吐いた。



そこに焦りはなく、

むしろ――

ようやく全ての違和感が繋がったことに、

妙に納得したような表情だった。



琥珀《こはく》

「こちらは最初から――

 負け戦へ、

 まんまと誘い込まれていたわけだ」



雪兎《ゆきと》

「さて……

 それはどうでしょうねぇ」



にこり。



いつもの、

掴みどころのない笑みが戻る。



それ以上、

雪兎《ゆきと》は何も答えなかった。



そして再び――



雪兎《ゆきと》

「さて……

 どういたしましょうか」



困ったように頬へ指を添える。



雪兎《ゆきと》

「何を聞いても話す気のない方を、

 いつまでも尋問していても、

 時間の無駄ですし……」



琥珀《こはく》

「…………」



雪兎《ゆきと》

「このまま――

 豊穣神様へお引き渡しするしか、

 なさそうですね」



著莪《しゃが》

「…………」



著莪《しゃが》は、

その瞬間の琥珀《こはく》を見ていた。

ほんの僅かな変化すら、見逃さないように。

けれど――



著莪《しゃが》

(豊穣神様の名にも……

 反応なしか)



琥珀《こはく》はそれきり、

何を問われても――



二度と、

口を開こうとはしなかった。




最後までお付き合いいただき、

ほんとうにありがとうございます!


次回もお付き合いいただけたら幸いです。

(人´∀`).☆.。.:*・゜

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