禍狐とおとぼけ兎
いつもお読みいただきありがとうございます!
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
(*˘︶˘*).。.:*
賢い穢れ人の最後に残された顔さえも、
白金の光へ呑み込まれた。
――シュウゥゥ……。
真白
(……どうか安らかに。)
紡
「……終わりましたね……」
張り詰めていた空気が、
ほんのわずかに緩んだ――
賢い穢れ人の姿が完全に消え去ったあと――
その場に残されたのは、
地面に転がるひとつの黒い結晶だけだった。
黒曜石のように艶めくそれを、
真白たちが見つめる。
紡
「……? なんでしょう、あれ……」
真白
「分かりません。
賢い穢れ人の
中から出てきたようですが……」
その時――
琥珀
「これは……
回収しておいた方がよさそうですね」
その声に、
全員の視線が琥珀へ集まる。
そして――
いつの間にか黒曜石は、
琥珀の手の中にあった。
琥珀は掌の上に転がる黒曜石を、
興味深そうに眺める。
琥珀
「…………」
まるで最初から、
そこに立っていたかのような落ち着きだった。
三国
「……は?……琥珀!?」
三国は、
慌てて自らの槍へ目を向けた。
三国
「おまっ……!いつの間に!」
琥珀はくすりと笑う。
琥珀
「さて。
いつでしょうね?」
琥珀
「では――
私はこれで失礼します」
琥珀は黒曜石を握り込むと、
いつものように転移の術を発動させる。
――その瞬間。
――ドゴッ!!
琥珀
「がっ……!?」
視界が、激しく反転した。
次に琥珀が認識した時には――
その身体は、
凄まじい勢いで地面へ叩きつけられていた。
――ズザァッ!!
土埃を巻き上げながら地面を滑り、
そのままうつ伏せに倒れ込む。
衝撃で握っていた指が開き、
黒曜石が掌から零れ落ちた。
――カランッ。
黒い結晶が地面を跳ね、
琥珀から離れた場所まで転がっていく。
琥珀
(…………っ!何が起きた?)
琥珀自身、
一瞬、理解が追いつかなかった。
確かに自分は、
転移の術を発動させた。
その直後の記憶が――ない。
気づいた時には、
地面に叩き伏せられていた。
琥珀
(……なんだ?)
痛む身体を起こしながら、
琥珀はゆっくりと顔を上げる。
その視線の先には――
著莪が立っていた。
著莪
「逃がすわけないでしょ」
琥珀
「…………」
琥珀の眉間に、
わずかに皺が寄る。
琥珀
(私は……いつ殴られた?)
著莪が接近した瞬間すら、
記憶にない。
それどころか――
琥珀
(なぜ、術が発動しなかった……?)
何かがおかしい。
先ほどから、
こちらが動こうとする瞬間を狙ったかのように、
ことごとく阻まれている。
琥珀
(なんだ、この違和感は……)
思い返せば、
おかしなことはそれだけではなかった。
こちらが優位に立てば、
まるで示し合わせたかのように援軍が現れる。
狙いを変えれば、
その先には必ず誰かが待ち構えている。
逃げようとすれば――
術そのものが封じられる。
偶然にしては、
出来すぎている。
まるで、こちらの動きを、
最初から知っていたかのような。
その時。
紡
「……?」
地面に転がった黒曜石へ、
紡の視線が向いた。
紡
「なんでしょう、これ……?」
ころころと転がってきた黒曜石が、
紡の足元で止まる。
紡は不思議そうに首を傾げ、
しゃがみ込み拾い上げようと手を伸ばす。
???
「あー! 駄目駄目!
いけませんよ!
無闇に触ってしまっては!」
紡
「うわぁっ!?」
どこからともなく響いた、
場違いなほど朗らかな声。
誰もいなかったはずの場所から。
まるで月明かりを切り取ったような、
淡い光が集まり始めた。
その中心から、ひょこりと一人の男が姿を現した。
雪兎
「危ないですよ!紡様!」
紡の前へしゃがみ込み、
黒曜石を覗き込む。
雪兎
「こういうものはですねぇ、
まず触って大丈夫なのかどうか、
よーく観察しないといけませんよ!」
紡
「ゆ、雪兎様!?」
いつもと変わらない、
のんびりとした声音。
その姿を確認した琥珀の目が、
大きく見開かれる。
琥珀
「……っ!お前は」
この独特の神気、忘れるはずがない。
琥珀
「……くっ……くくっ……」
全てを理解した琥珀の口元が、
ゆっくりと歪んだ。
琥珀
「は……ははは……!」
突然笑い始めた琥珀に、
紡がびくっとする。
紡
「な、なんですか……?」
琥珀
「そうか……そういうことか……!」
琥珀
(すべてが繋がった。
術が発動しなかったのも、
攻撃された瞬間を認識できなかったのも、
こちらの行動が、
異常なほど都合よく阻まれ続けた理由も!)
地面へ伏したまま、
琥珀は雪兎を睨み上げた。
その瞳には怒りと――
わずかな戦慄が宿っていた。
琥珀
「月の眷属――雪兎……!」
雪兎の笑みがほんの少し深くなり、
ゆっくりと琥珀を見る。
雪兎
「おや?」
そしていつものように愛想よく琥珀に声をかける。
雪兎
「これはこれは、琥珀殿!
お久しゅうございますなぁ!
いやはや、覚えておいででしたか!」
ぱっと両手を合わせ、
雪兎
「しかし……
久方ぶりの再会がこのような形とは。
誠に残念でございます」
本当に残念そうに、
雪兎は眉を下げる。
琥珀
「よく言う……!」
琥珀は歯を食いしばりながら、
身体を起こそうとする。
琥珀
「まさか……
お前まで来ていたとはな……!」
吐き捨てるように叫んだ直後――
琥珀は、諦めたようにふっと力が抜け、
乾いた笑いを漏らす。
琥珀
「……ははっ、今の神々は……
随分と協力的になったものだ。」
雪兎
「…………」
琥珀
「天馬に、烏天狗……
それだけでも十分すぎるというのに――」
鋭い視線が、
雪兎を射抜く。
琥珀
「先を見通す目に――
時を操る月の兎までいたとはな……
最初から、我らに勝ち目など
なかったようなものじゃないか!」
それを聞いた雪兎は――
照れたように頬を掻いた。
雪兎
「いやぁ~。
そんなに褒めないでくださいな!」
琥珀
「褒めてなどいない!」
著莪
「絶対褒めてないよ……」
雪兎
「おや、そうでしたか?」
雪兎はくすくすと、
いつもの柔らかな笑みを浮かべる。
そして、
こほん、と小さく咳払いした――次の瞬間。
その瞳だけが、
すっと鋭くなった。
雪兎
「ですが……貴方方が、
最後まで私達の存在に気づかないこと。
それこそが、今回の勝利の鍵でございました」
琥珀
「…………私達?」
琥珀の表情から笑みが消える。
雪兎
「ええ。」
雪兎は楽しそうに頷くと、
意味ありげに琥珀の背後へ視線を向けた。
琥珀
「…………?」
その視線を追うように。
琥珀が、
ゆっくりと振り返る――。
雪兎
「私一人では、
これだけの戦況の中――
何度も時を留めながら、
皆様を支援するのは難しかったでしょう」
琥珀
(――“私達”……?
まさか……もう一人――!?)
雪兎
「よくやりましたね、月糸」
雪兎がそう言って、
優しく微笑んだ――その瞬間。
――ジャラァンッ!!
琥珀
「なっ――!?」
冷たい感触が、
全身を締め上げた。
見れば、
いつの間にか――
澪斗の水の鎖が、
琥珀の両腕、胴、両脚へ
幾重にも巻きついていた。
琥珀
「っ!!?」
動こうとするも、――ギチッ!
水の鎖がさらに締まる。
琥珀
「っ!!!」
澪斗
「…………」
少し離れた場所で澪斗が、
静かに印を結んでいた。
琥珀
(……分が悪いなどという話ではない。
気づいた時には、
すべてが終わっている……)
雪兎
「さて」
雪兎が、ゆっくりと琥珀の前へ歩み寄る。
いつもの柔らかな笑顔だが。
その目だけは――
月夜のように冷たかった。
雪兎
「禍狐の琥珀。
貴方には――」
琥珀の前で足を止める。
雪兎
「お聞きしたいことが、
山ほどあったのですよ」
琥珀
「…………」
雪兎は、
にっこりと笑った。
雪兎
「それでは――」
水の鎖に拘束された琥珀を見下ろし。
雪兎
「尋問を始めましょうか」
琥珀
「…………」
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