積年の怒り――猫の眷属の三兄弟
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穢れ人が、
結界の目前でぴたりと動きを止めた。
次の瞬間――
その周囲に、
冷気が渦を巻く。
空気中の水分が凍りつき、
白い霜が瞬く間に広がっていく。
真白
「……っ!?」
穢れ人が片腕を持ち上げる。
その頭上で冷気が一点へと凝縮し、
鋭く尖った巨大な氷の槍が形作られていった。
紡
「えっ、術!?
……って、そうだ……!」
紡の脳裏に、
義久の言葉が蘇る。
紡
「義久さんが言ってました……!
あの穢れ人は、
術も使うって……!」
その横で、
結界を支えていた真白が思わず声を上げた。
真白
「っ……それ、
僕も一緒に聞いてましたよ!」
紡
「あっ……そうでした!」
紡がハッと目を丸くする。
真白
「そうでした! じゃありません!
紡、今は目の前に集中してください!」
紡
「は、はい!」
慌てて前へ向き直った紡が、
再び結界へ神気を注ぎ込む。
穢れ人が、
無造作に腕を振り下ろす。
ヒュン――!
氷の槍が空気を切り裂き、
凄まじい勢いで多層結界へと突き刺さる。
――バリィィィンッ!!
一枚目の結界が砕け散る。
その勢いは止まらず、
そのまま二枚目へと――
――バキィィンッ!!
一撃で二枚の結界が粉々に弾け飛んだ。
真白
「二枚同時に……!?」
砕けた結界の光と氷の欠片が、
無数の煌めきとなって辺りへ飛び散る。
穢れ人は残りの結界も砕こうと、
再び冷気を纏う。
渦巻く冷気が一点へと集まり、
鋭く巨大な氷の槍を形作っていく。
そして――
残された結界へ狙いを定めるように、
ゆっくりと腕を持ち上げた。
真白
「っ……もう一度来ます!」
紡
「は、はい!
真白様!このままじゃ、
残りの結界まで……!」
その様子に、
灰燼と対峙していた澪斗が気づく。
澪斗
「……まずい!」
澪斗は灰燼から視線を逸らさぬまま、
片手で素早く印を結ぶ。
澪斗
「守護の理――護りを!」
バシャァァァァッ!!
真白と紡の足元から、
幾筋もの水流が勢いよく噴き上がった。
水流は瞬く間に鎖のように形を変え、
ガシャンッ!!
一本、二本と――
幾重もの水の鎖が残された結界へ巻き付き、
その表面を縦横に覆っていく。
真白
「これは……澪斗さんの!?」
次の瞬間――
水の鎖を伝って、
澪斗の神気が一気に流れ込んだ。
淡く輝いていた結界へ、
澄んだ水色の光が重なっていく。
澪斗
「真白様! 紡!
僕の神気も結界に重ねます!」
澪斗は印を崩さぬまま、
指先へさらに神気を集中させる。
次の瞬間――
澪斗の神気を宿した水の鎖が、
残された結界へ幾重にも巻きつき、
砕かれかけた守りを外側から強固に支えていく。
澪斗
「二人とも!
その鎖に神気を流し込んでください!
僕の鎖と二人の結界を繋いで、
残った結界を補強します!」
真白
「……っ、澪斗さん!
ありがとうございます!
紡!」
紡
「はい!」
二人も神気をさらに注ぎ込む。
真白と紡の白い光。
そこへ、
澪斗の水の神気が重なり――
残された結界が、
先ほどまでとは比べものにならないほど強く輝いた。
そして――
穢れ人の腕が振り下ろされる。
巨大な氷の槍が、
一直線に結界へと放たれた。
ガッキイイイーンッ!!
凄まじい衝撃が走り、
幾重にも重なった結界が激しく震える。
澪斗の水の鎖によって補強された結界は、
辛うじてその一撃を受け止めた。
だが――
バキィンッ!!
真白たちの結界を覆っていた水の鎖が、
一本、また一本と、
衝撃に耐えきれず弾け飛んでいく。
砕けた神気が、
無数の水飛沫となって宙へ散った。
澪斗
「っ……!」
澪斗の想像を遥かに上回る威力だった。
たった一撃。
それだけで、
幾重にも張り巡らせた水の鎖の半分近くが失われている。
残された鎖も、
今なお激しく震えていた。
結界を守れたことに安堵する間もなく、
その光景を見つめる澪斗の表情が険しくなる。
澪斗
(まずい……!
思っていた以上に、術の威力が強い……!
これじゃ長くは持たない……。
この補強も――
時間を稼ぐのが精一杯だ……!)
澪斗の焦りをよそに――
穢れ人の周囲に、
再び冷気が集まり始めた。
白い冷気が渦を巻き、
空気中の水分が瞬く間に凍りついていく。
パキ……パキキ……。
その音を聞いた澪斗の表情が強張る。
澪斗
「また……!」
真白と紡の結界へ視線を向ける。
次の一撃まで、
残った水の鎖が耐えられる保証はない。
今すぐ二人のもとへ駆けつけたい。
だが――
背後から吹きつけた熱気に、
澪斗は振り返った。
ゴォォォォォッ!!
灰燼の黒い焔と、
火の童子と蒼が放つ焔が激しくぶつかり合う。
澪斗
「っ……!」
ここを離れれば、
今度は灰燼を抑える者が足りなくなる。
真白たちの援護へ向かいたい。
けれど、
火の童子と蒼を残していくこともできない。
澪斗の視線が、
二つの戦場を何度も行き来する。
澪斗
「あぁ! もう!
ここを離れられないし……
どうしたらいいんだ!」
その時――
義久
「ならば澪斗。
私と交代いたしましょう!」
澪斗
「えっ!?」
突然聞こえた声に、
澪斗が勢いよく振り返る。
そこに立っていたのは――
義久だった。
そしてその両脇には、
寿久と義弘の姿があった。
澪斗
「よ、義久様!?
一体どこにいらっしゃったんですか!?」
義久
「まぁまぁ。
野暮なことは聞かないでください。」
義久はそう言って、
いつもの調子でさらりと受け流す。
だが――
次の瞬間には、
その表情から笑みが消えた。
鋭い眼差しが、
黒い焔を纏う灰燼へ向けられる。
義久
「それよりも今は、
真白君たちの支援に向かってください。」
義久の左右で、
寿久と義弘も静かに前へ出る。
三人が並び、
澪斗と灰燼の間へ立った。
義久
「ここは――
我ら猫の眷属にお任せを。」
澪斗
「…………」
澪斗はすぐには頷けなかった。
視線の先では、
灰燼の黒い焔が未だ激しく燃え盛っている。
澪斗
「ですが……!
あの灰燼とかいう奴は、
火の童子様と蒼の神気を――」
義久
「大丈夫、心得ております。」
義久の口元に、
僅かな笑みが浮かぶ。
すでに何かを見つけた者の、
確信に満ちた表情だった。
義久
「先ほど、
あの禁忌の眷属の焔を無効化した――
貴方の術。」
澪斗
「僕の……?」
義久
「ええ。
あれを見て、
我々も突破口を見いだしましたので。」
澪斗の目が僅かに見開かれる。
寿久
「義久兄様の言うとおりだ。」
寿久も一歩前へ出る。
義弘
「ここは我ら三兄弟に任せて、
真白君と紡君のもとへ行きなさい。」
義弘も静かに頷いた。
三人とも、
灰燼を前にして一歩も退こうとしていない。
澪斗
「…………」
それでも、
澪斗の足はすぐには動かなかった。
本当に任せていいのか。
もし自分が離れたあと、
三人に何かあったら――
そんな迷いを見透かしたように、
義久が澪斗へ振り返る。
義久
「澪斗。」
穏やかな声だった。
義久
「大丈夫です。」
たった一言。
けれどその表情には、
微塵の迷いもなかった。
それどころか――
これから強敵へ挑むとは思えないほど、
義久たちの瞳には確かな自信が宿っていた。
寿久と義弘も、
同じように頷く。
その三人の顔を見て――
澪斗はようやく、
強張っていた表情を緩めた。
澪斗
「……分かりました。」
真白たちのいる方向へ身体を向ける。
だが走り出す直前、
もう一度だけ三人を振り返った。
澪斗
「ですが!
くれぐれも無理はしないでください!
それから、火の童子様と蒼をお願いします!」
義久
「ええ、分かっています。
お任せください。」
澪斗は力強く頷くと、
真白と紡のもとへ駆け出した。
その背中が遠ざかっていく。
そして――
灰燼
「おっ?
なんや、葵の弟がどっか行きよったな。」
黒い焔の向こうで、
灰燼が首を傾げる。
その視線が、
代わりに立ちはだかった三人へ移った。
灰燼
「……って、
お前ら誰や?」
その瞬間――
義久たちの空気が変わった。
義久
「…………」
義久の口元に浮かんでいた笑みが、
すっと消える。
寿久の眉がぴくりと動き、
義弘の眼差しも鋭さを増した。
義久
「さて……」
静かな声が響いた。
だがその奥には、
長い年月を積み重ねてきた怒りが滲んでいた。
義久
「我らのことすら覚えていないとは……
ますます許せませんね。」
義久がゆっくりと構える。
その両脇で、
寿久と義弘も同時に戦闘態勢へ入った。
義久
「我ら積年の怒り――
ここで晴らさせていただきましょう。」
寿久
「同感です、兄上。」
義弘
「…………」
三兄弟の視線が、
ただ一人――灰燼へと集中する。
逃がすつもりなど、
最初からない。
義久
「あの愚か者には――」
静かな怒気とともに、
三兄弟の神気が一斉に立ち昇る。
義久
「万死あるのみです。」
最後までお付き合いいただき、
ほんとうにありがとうございます!
次回もお付き合いいただけたら幸いです。
(人´∀`).☆.。.:*・゜




