節分の記憶――鬼が恐れる名を継ぐ者たちへ
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――そしてその頃の豊穣神社では。
年明けの雰囲気がまだ残る境内に、柔らかな陽が差し込んでいた。
豊穣神社の境内には、
例年通り『節分』の準備に勤しむ活気ある声が響いていた。
色鮮やかな奉納旗が冬の風にたなびき、参拝客の穏やかな笑い声が石畳を揺らしている。
かつての騒乱が嘘のように、社は平穏を取り戻していた。
ここには――先ほどの山守の社とは対照的な、穏やかな空気が流れていた。
紡
「真白様……僕、
節分というのは初めてなのですが……
一体どのような意味があるのですか?」
紡が、大きな木箱に入った福豆を抱えながら首を傾げる。その瞳には、初めて触れる人の子の文化への純粋な好奇心が宿っていた。
真白は、竹箒の手を休め、
優しい眼差しを紡に向けた。
真白
「そうでしたね。
紡にとっては初めての節分……。
古くから日本では、この季節の変わり目に
は邪気……つまり病や災いが生じやすいと
考えられていました」
真白の清らかな声が、
境内の空気の中に染み込んでいく。
真白
「病や災いは、人の目には見えません。
だからこそ、それらを“鬼”という形にして
――祓うべきものとして扱ったのです」
紡は真剣な表情で聞き入っている。
真白
「そのために行われるのが、豆まきやイワシ
を飾るといった厄除けの儀式です。
新しい季節を、無病息災で迎えるためのも
のですね」
紡
「なるほど……」
小さく頷く紡の目は、好奇心で輝いていた。
真白
「元々は、中国の宮廷行事――追儺という鬼払いの儀式です」
ゆっくりと言葉を続ける。
真白
「それが日本に伝わり、平安時代には宮中行
事として定着しました。当時は豆ではな
く、弓矢などで鬼を払っていたのですよ」
紡は目を丸くする。
紡
「えっ、弓矢だったんですか?
それがどうして豆に?」
真白
「時代が進むにつれ形が変わり、たしか……
室町時代以降には炒った大豆をまく現在の
形が広まりました」
真白は升に豆を入れ終わると一粒手に取り、そっと見せる。
真白
「魔を滅すると書いて、 "魔滅"《まめ》 。
鬼の目――“魔目”を射る、という意味も込
められているのですよ」
紡
「へぇ……!」
紡は感嘆の声を漏らす。
紡
「中国の行事なのに、
どうして日本でこんなに広まった
のですか?なんだか不思議です」
その素直な疑問に、
真白は少しだけ視線を落とした。
真白
「確かに、不思議に思えますよね……」
そして、小さく笑うと静かに続ける。
真白
「ですが……流行り病や飢饉、そして災厄。
僕たちには“穢れ”として認識できるそれら
も、人の子たちには見えない恐怖です」
境内を歩く人々を見つめる。
真白
「見えないものは、抗いにくい。
だからこそ“鬼”という形を与えることで
――祓える存在だと、そう信じることが
出来たのです」
紡はその言葉を噛みしめるように、ゆっくり頷いた。
そのときだった。
縁
「それだけじゃないよ」
二人の会話に、ふわりと軽やかな足音と共に聞き慣れた声が混じった。
いつの間にかやって来た縁が、肩をすくめながら笑った。
紡
「縁様……いつの間に」
紡が驚いて振り返る。
縁は気にも留めず、
楽しげに話を続けた。
縁
「厄災を鬼という“見える形”にしたことで、
追い払う行為そのものが分かりやすくなっ
たんだ」
指先でくるりと空をなぞる。
縁
「それが宮中の儀式として貴族に広まり、
やがて庶民の娯楽としても取り入れられて
――今みたいな形になった、ってわけ」
にやりと笑う。
縁
「まあ要するに、庶民も
“楽しく鬼退治して一年元気に過ごそう”
っていう催しになったってことだね」
紡
「なるほど……! 見える形にする……
人の子たちは上手く考えますね!」
縁
「ちなみにね、
渡辺さんとか坂田さんの一族は、
鬼の方がその名を聞いただけで、
逃げるって話もあるよ」
紡
「えっ?!お名前だけで……ですか?」
縁
「そうそう、昔の鬼退治の英雄の名前なんだ
よね。まあ、いわば
“鬼にとっての恐怖の対象”だよね」
真白
「そうでしたね、平安の頃――
鬼を討ち払った者たちの名は、
今もなお“鬼が恐れるもの”として
語り継がれています」
風が、旗を揺らす。
どこか昔をなぞるような静けさが、
ほんの一瞬だけ境内を包んだ。
真白
「中でも――
渡辺綱という武人は、
鬼を討ち払ったことで名を残しましたし」
紡
「渡辺……綱……」
聞き慣れない名を、確かめるように繰り返す。
真白
「源頼光に仕えた四天王の一人です。
その武勇は広く知られ、
鬼の腕を斬り落とした逸話や、
酒呑童子討伐の伝承によって――その名を
鬼が恐れて近寄らないとまで言われるよ
うになりました」
かすかな音が、静かに響く。
真白
「そのため、渡辺の名を持つ家では――
鬼は近づかないとされ、
豆をまかぬともよいと言われています」
紡
「名前だけで……鬼が……?」
紡の瞳が、驚きに大きく揺れる。
真白は、やわらかく微笑んだ。
少し間を置き、縁が続ける。
縁
「それから、同じく源頼光四天王の一人
坂田金時――こちらも鬼退治の英雄として有名だよ」
紡
「坂田金時……?」
真白
「はい。確か童話の金太郎の元となった人物
ですね。彼の名もまた、酒呑童子討伐の英
雄として、鬼にとって避けるべきものとさ
れてきました」
遠くで、子どもたちの笑い声が響く。
紡
「……すごいですね。
名前だけで、鬼を遠ざけるなんて」
真白は、そっと紡へと視線を向けた。
柔らかな陽がその顔を照らし、
どこか物語を語るような静けさが宿る。
真白
「ここで一つ、不思議なお話を」
声は穏やかで、
けれどほんの少しだけ――
興味を誘う響きを帯びていた。
紡は自然と背筋を伸ばす。
真白の言葉の続きを、
聞き逃すまいとするように。
真白
「坂田金時を祀る箱根の公時神社――
通称、金時神社では毎年、
とても盛大な節分祭が執り行われます」
視線が、遠くへと向けられる。
まるで、
その光景を実際に見ているかのように。
真白
「境内には人が集い、威勢のよい
掛け声とともに――豆をまくのです」
――パラパラと。
豆をまく人々の姿が
紡の脳裏に浮かぶ。
その光景を思い描いた瞬間。
紡の表情に、ふと疑問が浮かんだ。
わずかに首を傾げる。
紡
「えっ……?でも」
そして、そのまま真白へと視線を戻す。
紡
「坂田金時ゆかりの神社なのに、
どうして豆まきを……?
鬼をも退けるほどの存在なら本来、
鬼は寄りつかないのではないですか?」
素直な疑問だった。
だが、その目は真剣そのもの。
真白はその問いを受け止め、
ふっと小さく微笑んだ。
真白
「ふふ、そう思いますよね。
ですが――
きちんとした理由があるのですよ」
やわらかな声。
真白
「たとえば、坂田の名を継ぐ"家"であれば、
すでに鬼は恐れて近づかないとされます。
そのため、豆をまく必要はありません」
紡は小さく頷く。
真白
「一方で――神社は少し違います」
視線が、境内へと戻る。
人々の笑い声、
揺れる旗、行き交う足音。
真白
「神社は、
魔を祓い、鬼を退ける――
“祓いそのもの”を象徴する場」
その言葉とともに、
空気がわずかに引き締まる。
真白
「神社では古くから、
鬼を祓う所作が繰り返されてきました」
真白
「豆まきは、
その象徴であり――
魔や鬼を祓う再現でもあるのです」
紡の瞳が、わずかに見開かれる。
真白
「つまり――」
静かに、言葉が落ちる。
真白
「鬼を寄せつけない "家"と
鬼を祓うことを担う "神社" 」
視線が紡へと戻る。
真白
「同じ坂田を背負いながらも、
その役割は異なるのです」
紡は、はっと息を呑んだ。
そして、ゆっくりと頷く。
真白
「だからこそ――」
真白のやわらかい声で締めくくられる。
真白
「金時神社では、
毎年変わらず豆がまかれるのでしょう」
風が、優しく吹き抜ける。
真白
「それは恐れからではなく――」
わずかに微笑む。
真白
「受け継がれてきた、
“祓いのかたち”として」
その言葉に、
紡が感心したように何度も頷く。
紡
「豆まきが、そんなふうに広がって、
今まで続いているなんて……
すごいですね」
三人の間には、穏やかで、
それでいてどこか神聖な時間が流れていた。
真白
「二月は神事が多いですからね。
節分が終われば、次は春の豊作を祈る
祈念祭が待っています」
真白がそう言って微笑んだ、
――その時だった。
ふわり、と。
白い影が空から舞い降りてくる。
音もなく、
風を切る気配だけを残して――
それは真白の肩へと降り立った。
雪のように白い羽を持つ一羽のカラス。
真白
「……白玲さん?」
真白が少し驚いたように目を細める。
白い羽を持つその烏は、嬉しそうに小さく鳴くと、真白の頬へと頭を擦り付けた。
甘えるような仕草。
そしてそのまま、口にくわえていた松ぼっくりをぐいぐいと押し付けてくる。
縁
「……相変わらず熱烈だねぇ」
縁がくすりと笑う。
真白
「縁様、
からかうのはおやめください」
真白は少し困ったようにしながらも、
その頭を優しく撫でた。
真白
「ですが……白玲さんがいらっしゃったということは……」
縁
「白凪様からの伝令だろうね〜」
そう言って、
縁の視線が、白玲の細い脚に結び付けられた小さな竹筒へと向けられた。
いつの間にか風が止み、静まり返った境内で、真白が慎重にその筒を解く。
――ただの便りではない。
その場の空気が、ほんのわずかに変わる。
さきほどまでの穏やかさに、見えない緊張が混ざり込む。
中に納められた文を取り出した瞬間――
真白の指先が、わずかに止まり
胸の中に、嫌な予感が走る。
それは――山の気配と、
どこかで繋がっているような……
遠く、
空の色がわずかに陰ったような気がした。
それは――
言葉にするまでもなく、
二人は同じ“気配”を感じ取っていた。
――まだ誰も知らない。
確実に動き出した“何か”の始まりだった。
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