近づく節分――封印が綻び、穢れ人が目を覚ます
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節分を前にした山守神の社は、例年であれば活気に満ちているはずだった。
境内には豆撒きのための升が並び、
社務所では巫女たちが忙しなく準備を進める。
参道には冬の澄んだ空気が流れ、
凛とした冷気の中に、どこか晴れやかな気配が宿る――
それが、この社の『いつもの節分前』だった。
だが今年は――
朱塗りの鳥居をくぐる風が、重く、淀んでいる。
木々の葉はどこか鈍く揺れ、音が遅れて届くような違和感さえある。
まるでこの山に潜む“何か”が這い出るような。
空を見上げても、抜けるような青はなく、薄く濁った灰色が広がり、
“空の気配”が、淀んでいる。
その異変は、誰の目にも明らかだった。
――その頃。
禁足地へと続く山道は、
昼であるにもかかわらず薄暗く沈んでいた。
雪は踏み固められているはずなのに、
足を乗せればじわりと沈み、まるで地面そのものが脈打っているかのような不快な感触が伝わる。
若い烏天狗
「……やはり、おかしいな」
低く呟いたのは、様子を確かめに来た若い烏天狗の一羽だった。
その瞬間――
ぴたり、と音が止む。
風も、枝の揺れも、雪の軋みも――
すべてが凍りついたように静止する。
若い烏天狗
「っ……!」
次の瞬間、
ぞわり、と背筋を這い上がる悪寒。
反射的に空を仰ぐ。
だがそこにあったのは空ではない。
濁った灰色の“何か”が、
まるで膜のように空一面を覆い尽くしていた。
――見られている。
その確信が、理屈を飛び越えて脳裏に叩き込まれる。
疾風
「……下がれ」
背後から響いた声に、若い烏天狗ははっと振り返る。
いつの間にか、疾風が立っていた。
その瞳は鋭く細められ、
ただ一点――
山の禁足地にある祠の方向を射抜いている。
疾風
「来る……っ」
疾風が短く呟いた次の瞬間、
――ズシンッ!!
鈍く、しかし重い衝撃が山全体を揺らした。
雪が舞い上がる。
木々が大きくしなる。
そして禁足地の奥、
祠のある方向から黒い霧が噴き上がった。
それは煙のようでいて煙ではない。
生き物のように蠢きながら空へと広がっていく。
疾風
「……封印が、綻びはじめている。」
疾風の声に緊張が走る。
黒霧の中で、何かが“形”を持ち始める。
それは、ゆっくりとこちらを向く――
“顔”のようなもの。
神聖な神々の守る社には本来あるべきではない歪みを帯びていた。
そこから“意思”だけがこちらへと向けられている。
『――……ァ……』
声にならない声が、
疾風たちの頭の奥に直接響いた。
若い烏天狗が膝をつき、呼吸が浅くなる。
視界が揺れる。
疾風
「っ……!見るな!退避!」
疾風の一喝と同時に、彼らは地を蹴った。
黒い羽が大きく広がり、
一瞬で禁足地から離れる。
若い烏天狗
「若様あれを、
そのままにしてよろしいのですか?!」
疾風
「あぁ、今はまだ封印術が上だ。
先ほどのは、漏れ出た穢れの残滓に過ぎん!……
とにかく今は、一刻も早く父上に報告する」
その頃、
山守神の社の屋根の上――
見張りを務める烏天狗たちが静かに警戒にあたる。
彼らは鋭い視線で山全体を見渡していたが、その表情には緊張が漂っていた。
皆この異様な気配の原因に思い当たるものがあるからだ。
その時一羽の烏天狗が、すっと音もなく地へ降り立つ。
――疾風だった。
疾風の黒い羽がふわりと揺れ、足音すら立てずに白凪の前へと進み出た。
疾風
「父上、やはり原因は……穢れ人を
封印した、あの祠からのようです」
疾風が静かに告げる。
白凪は黙ったまま、
その視線は、山の最奥、禁足地へと向けられていた。
風が頬を撫でる、その冷たさすら遠く感じるほどに思考を巡らせていた。
白凪の端正な顔立ちに、険しい陰影が落ちる。
そして、白凪はゆっくりと口を開いた。
白凪
「……穢れ人の封印は、完全ではない」
その言葉は静かに、
事の重大さを告げていた。
白凪
「年月は術式に綻びを生み、結界を摩耗させる。
だからこそ――数十年に一度、
再封印の術式を掛け直さねばならぬ。」
視線を山の奥――祠のある禁足地へと向ける。
白凪
「おそらく……今年が、その年なのだろう」
その一言で、場の空気がさらに引き締まる。
隣に立つ楓が、一歩前へ出る。
揺れる髪を押さえながら、真っ直ぐに白凪を見据えた。
楓
「では、今年は節分の前に再封印の儀を
執り行いましょう。準備を急がせます」
楓の言葉に、白凪はすぐには答えなかった。
何かを深く思案するように目を伏せる。
楓はその横顔をじっと見つめ、長の答えを待つ。
ただの再封印で事足りるのか――
それとも。
やがて白凪は、ぽつりと呟いた。
白凪
「なぁ、疾風、楓」
二人が同時に顔を上げる。
白凪
「真白君と、紡くんに……協力を仰げば、
封印された穢れ人を――祓いきることが
出来ると思うか?」
その問いは、単なる確認ではない。
決断の前の、最後の確かめだった。
『再封印』ではなく、『完全なる祓い』
それは数代にわたる烏天狗たちの悲願でもあった。
疾風と楓は顔を見合わせ、短く思案する。
そして、ほぼ同時に頷いた。
疾風
「できると思います……」
疾風が先に口を開く。
楓も静かに続けた。
楓
「確かに、封印の際は武力で言えば烏天狗の
方が上でした。ですが……再生力と速度が
凄まじく、祓いきることは出来なかった」
あの時の光景が脳裏に浮かぶ。
激しい戦い、そして終わりの見えぬ穢れ人との消耗戦、その最中に選ばざるを得なかった“封印”という手段。
楓
「ですが――」
楓の瞳に強い光が宿る。
楓
「年末の時あの二人が見せた力……。
真白さんと紡さんは穢れ人の再生力を
はるかに上回る浄化の光で完全に
祓いました」
疾風も大きく頷く。
疾風
「今回もお力を貸していただければ……
必ず祓えると思います」
拳を握りしめる。
疾風
「やりましょう、父上今度こそ完全に
祓えるはずです。この山に、真の春を呼ぶために」
その声には迷いがなかった。
楓
「私も若と同じ考えです。彼らならば、
この忌まわしき因縁を断ち切ってくれるでしょう」
楓も静かに背中を押す。
二人の言葉を受け、白凪は目を閉じる。
二人の揺るぎない眼差しを受け、白凪の羽織が冬風に大きく翻る。
そして、ゆっくりと息を吐いた。
白凪
「……分かった」
目を開き、真っ直ぐに二人を見る。
白凪
「ではまず、天界にて山守神様へ
進言する。彼らを戦いに巻き込む以上、我らも
相応の覚悟を持って臨まねばならぬ」
その瞬間、
止まっていた空気がわずかに動く。
白凪のその背中には、もはや迷いはなかった。
澱んだ空の向こう、遠く離れた街で過ごす真白と紡の姿を思い浮かべながら、彼は一気に天空へと舞い上がった。
黒い羽が一枚、きらりと光を反射して、
祠へと続く険しい山道に落ちていった。
それは、
長きにわたる因縁に終止符を打つ、反撃の合図であった。
だが、
それは同時に嵐の前の、
ほんの僅かな揺らぎに過ぎなかった――。
山の奥深く。
誰も近づかぬ禁足地の祠の中で――
“何か”が、確かに目を覚まし始めていた。
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(人´∀`).☆.。.:*・゜




