みんなで作ろういなり寿司〜千個越えの奉納は戦場でした〜
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(*˘︶˘*).。.:*
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新しい年が明け、各地に
大年神の来訪が告げられる清々しい朝。
しかし、豊穣神社はそんな平穏な空気とは無縁の、戦場のような熱気に包まれていた。
炊き上がった米の湯気、
甘く煮た揚げの香り、酢の立ち上る
爽やかな刺激――それらが混ざり合い、
境内の一角の調理場を満たしている。
その中心で、縁は完全にキャパシティを超えていた。
縁
「何個だっけ!?紡くんは混ぜて!優羽くん仰いで!
包むのは後、今はそっち優先!」
豊穣神社の台所、縁は半ば叫ぶように指示を飛ばしながら、手元では器用に油揚げを開いていく。
『狐の婿入り』・『そして災禍の神との激闘』
それらが一旦の終幕を迎えた後、
彼らに課せられたのは、
協力してくれた各地の眷属や神々への
"御礼参り" ――という名の、
膨大な量の『いなり寿司』の奉納だった。
" 数 " とにかく数が必要だった。
そして――人手が足りない。
真白
「縁さま、
少し落ち着きましょう。まずは深呼吸です」
混乱の渦中で、凛とした声が響く。
真白は慌てる縁の肩にそっと手を置き、落ち着かせるように、穏やかな声で提案した。
真白
「まずは奉納先を整理し、必要な数を表にまとめては
いかがでしょうか?
闇雲に動くより、終わりを見える化しましょう」
縁
「真白くん……っ!」
縁は、救世主を見るような眼差しで真白を見上げた。その瞳が一瞬で潤む。
今にもありがたすぎて、涙が溢れ出しそうだった。
そして、すぐに菖蒲も、
菖蒲
「確かに、
その方が闇雲に作るよりいいかもしれませんね。
では表を作りましょう。優羽と紡は
そのまま酢飯をお願いします」
菖蒲が冷静に指示を飛ばすと、大きな飯台の前でうちわを振っていた優羽が、不満げに頬を膨らませた。
優羽
「えっ、なんで私と紡だけずっと酢飯なんてすか!?
私だって包みたいです!」
優羽が抗議する隣で紡も力強く頷く。
紡
「僕も包みたいです!」
その様子に、縁・真白・菖蒲の三人は一瞬だけ視線を交わす。
縁・真白・菖蒲
(いや、揚げがいくらあっても足りなくなるくらい包むの下手なんだよな……)
三人の心の声が、ぴたりと一致する。
彼らの脳裏には、
先ほどまでの惨状が脳裏再生されていた。
縁
(いや……優羽くんが包むと、
なぜかお揚げが全部破れるんだよな……)
真白
(五個に一個しか完成しないという、
驚異の不器用さ……さすがに今は……)
菖蒲
(揚げの在庫がいくらあっても、
足りなくなってしまう……)
しかし、ここで正直に言うわけにはいかない。
『お前達は不器用だから』と言ってしまっては、優羽と紡は落ち込むどころか、
『上手に包めるようにまず練習します!!』
などと謎理論をかざして来る未来が、
三人には見えていた。
縁
(いまは正直そんな時間はないからな……)
縁と菖蒲がそれぞれ、
どう説得しようかと考えを巡らせていると、
真白が穏やかな声で優羽と紡に
告げる。
真白
「ですが優羽さん、紡。
お二人が作る酢飯でないと、なぜか美味しく仕上が
らないのです。酢飯を作るということは、
いなり寿司の『核』となる重要な工程なのですよ」
縁
(真白くん、さすがだ……!)
その言葉に、縁と菖蒲は息を呑み、心の中で拍手を送る。
菖蒲
(なんと素晴らしい……!)
だが、それだけで納得するような二人ではなかった。
優羽
「えー! こんなのうちわで仰いで
混ぜるだけじゃないですか、誰でもできますよ!」
優羽が食い下がる。
隣に立つ紡も、こくこくと真剣な表情で頷いた。
紡
「そうですよ、
冷まして混ぜるだけですし僕もたまには
お揚げの中に夢を詰め込んでみたいです……!」
縁・菖蒲
((いや、君が詰めると、夢と一緒に酢飯が溢れ出し
てるんだよなぁ……))
疑問をそのままぶつける二人に、真白は静かに、言葉を重ねた。
真白
「だからこそ、です」
場の空気が、わずかに引き締まる。
真白
「美味しい酢飯は、
『温度』・『酢の配合』『混ぜ方』
――この三つで決まります」
真白の視線が、優羽の手元へ向く。
真白
「優羽さんのうちわで仰ぐ速度は、
米の水分を飛ばしすぎず、しかし余分な熱だけを
逃がしている」
次に、紡の手元へ。
真白
「紡の混ぜ方は、
粒を潰さず、切るように空気を含ませている」
そして、二人を真っ直ぐに見据えた。
真白
「その連携があるからこそ、粒が立ち、ベタつかず、
香りが立ち、口に入れた瞬間にほどける
――最高の酢飯になるのです」
優羽と紡の目が、わずかに見開かれる。
真白
「他の者では、こうはいきません。お二人にしか
出来ないのです」
はっきりと断言されたその言葉は、想像以上に重かった。
紡
「ほ、他の眷属さんがやっても、
同じように作れないってことですか?」
真白
「作れません。
ですが、包むのは誰でもできます。だからこそ……
この酢飯だけは、優羽さんと紡にしか
作れないのです」
即答だった。
真白
「そして、できないからこそ、僕たちはいつも
こうして大量に作ることになっているのです」
その言葉に、優羽と紡はゆっくりと縁と菖蒲を見る。
二人は、真剣な顔で強く頷いた。
沈黙が一瞬落ちる。
そして――
紡
「僕、知りませんでした……
僕の混ぜる酢飯に、そんな力が……」
優羽
「私も……私の仰いでいた風が、
そんなに重要だったなんて……」
二人は互いの顔を見つめ合い、そして頷き合った。
紡
「では!」
優羽
「酢飯はお任せください!!」
次の瞬間、再び勢いよく動き出す二人。
うちわがリズミカルに空気を切り、しゃもじが軽やかに米を返す。
先ほどまでとは明らかに違う、誇りを帯びた動きだった。
それを見て、縁と菖蒲はそっと真白へ視線を送る。
縁
(真白くん、さすがだよ……)
菖蒲
(あの二人をあんなに簡単に……
しかもやる気にさせるとは……恐るべし)
真白は小さく微笑むだけだった。
そのとき、紡がふと顔を上げる。
紡
「でも、
包む方が間に合わなくなりませんか?」
もっともな疑問だった。
縁はにっと笑う。
縁
「心配いらないよ。もうすぐ天界から、助っ人の眷属
たちが来てくれることになってるから」
優羽
「助っ人?」
優羽が首を傾げた、その瞬間――
神社の境内に、
パッと華やかな光が差し込む。
三人娘
「「「お待たせしましたー」」」
???
「おっ、やってるやってるー!」
???
「久々の現世だけど、だいぶ変わったねー。
空気は相変わらずだけど!」
賑やかな声と共に現れたのは、以前にも豊穣神社を訪れたことのある『幼位の三人娘』。
そして、その後ろからは、
どこか優羽と菖蒲に似た青年二人が歩いてくる。
一気に場の空気が賑やかになる。
優羽
「えっ、著莪兄様!?」
菖蒲
「まさか檜扇兄様まで来てくれるとは」
優羽と菖蒲の声が重なった。
現れたのは、天界でも一際強い神気を纏う二人の貴公子。優羽と菖蒲の兄たちだった。
著莪
「優羽、久しぶりだね。健やかに
過ごしているかい?」
檜扇
「菖蒲は天界にいるから会えるが……
優羽は現世に降りてから
何十年ぶりだろうな」
著莪
「誰かにいじめられたりしてないだろうな?
あったらすぐ言うんだぞ。そんな奴は、
この兄様が叩き潰してやるからな!」
著莪が優しく目を細め、
妹の頭を撫でる。その手つきはとても優しかった。
優羽
「ちょ、ちょっと著莪兄様!子どもじゃ
ないんですけど!?」
優羽が顔を赤くして抗議する。
その様子に、場の空気が一気に和らいだ。
著莪と檜扇が物騒な妹愛を爆発させると、
縁
「ちょっと!
豊穣神社に優羽くん、いじめる奴なんて
いないから!やめてよー!」
著莪
「縁、も久しぶりだね。相変わらず
賑やかで何よりだ」
檜扇
「真白くんも、元気そうで良かったよ」
著莪
「紡くんも、
現世で頑張っているみたいで安心したよ」
穏やかな言葉が続く。
著莪
「現世に降りると聞いたときは驚いたけど……
上手くやれているようだね」
そして、少しだけ悪戯っぽく笑う。
著莪
「紡くんが現世に
降りてからは、天界はとても平和だよ」
著莪が
にこやかに放ったその一言に――
縁の脳裏には、
今まさに豊穣神社で引き起こされている、数々の出来事が過った。
縁
「そうですか……
天界は平和に……良かったですね……」
縁が遠い目をしながら呟くと、
檜扇と著莪は全てを察したように、そっと縁の肩を叩いた。
檜扇
「……縁、苦労をかけるね。お疲れ様」
縁
「いえ、慣れましたから……」
そんな感動(?)の再会も束の間。
しんみりしている暇はない。
兄たちの視線が、縁が作成した
『奉納先リスト』に向けられた。
その瞬間、二人の表情が凍りつき、
絶句した。
並ぶ社の名前、必要個数、その総数。
著莪
「……待ってくれ、この人数分を今から作るのか?」
檜扇
「……縁、
いくらなんでも……この人数では間に合わないな、
追加で呼ぼう今すぐに」
檜扇が即座に懐から護符を取り出した。
檜扇
「至急、手の空いている眷属をこちらへ!」
その呼びかけに応じて、次々と光の柱が境内に降り立つ。あっという間に豊穣神社の台所は、天界の眷属たちで埋め尽くされた。
強力な助っ人の登場に
台所の士気は一気に跳ね上がる。
縁はぱん、と手を打つ。
縁
「よーし!これで一気に包めるよ!」
檜扇と著莪は気合を入れ袖をまくる。
湯気と笑い声が立ち上る中、いなり寿司作りはさらに加速していく。
そこからは、まさに“神速”の光景だった。
シュッ、パタパタパタ!! と、
優羽が力の限りうちわを仰ぎ、
冷たい風を酢飯に送り込む。
優羽
「私の風よ、お米に命を吹き込んでーっ!」
サッサッ、シュッ! と、
紡が全身のバネを使ってしゃもじを振るう。
紡
「僕の混ぜる酢飯が、
みんなを幸せにするんだ……!」
紡と優羽が極限まで高めた
『最高の酢飯』を、真白、菖蒲、そして兄たちや三人娘、さらには駆けつけた眷属たちが、目にも止まらぬ速さで包んでいく。
一人一人の指先は、もはや残像。
煮汁を含んだ油揚げが破れることもなく、
次々と完璧な黄金の形へと成形されていく。
完成したいなり寿司は、
華やかな漆塗りの特大重箱へと丁寧に詰められていく。
そしてそれらは、
天馬によって各社へと運ばれて行く。
縁
「小雲雀様に運搬を助けてくれるって
仰っていただけてほんとに良かった」
著莪
「第一陣、
烏天狗の社へと出発!」
檜扇
「第二陣、天馬の社へと出発!」
眷属たちが重箱を抱え、夜空へと飛び立っていく。
千個、二千個……
もはやカウントは無意味だった。
ただひたすらに、感謝を形にする。
その一心で、彼らは手を動かし続けた。
そして――。
最後の一箇所、
玉繭の神の社への奉納分が重
箱に収まった瞬間。
東の空が白み始め、
柔らかな朝陽が台所を照らした。
縁
「み、みんなぁ……終わったよ……。
全部、終わったんだ……!」
縁が力なく、
しかし晴れやかな声で告げた。
その場にいた全員が、
一斉に深い溜息をつき、
それから互いの顔を見て小さく、
そして確かな達成感と共に笑い合った。
縁
「お疲れ様……」
真白
「やりきりましたね……」
優羽と紡は、
使い切った腕をぷらぷらさせながら、
飯台の横で燃え尽きたように座り込んでいる。
異様な熱気、異様な連帯感。
ただのいなり寿司作りが、一つの神話的戦いを終えたかのような空気を生んでいた。
余談だが――
各地の社では、
届いたいなり寿司を口にした神々や眷属たちが、そのあまりの美味に悶絶したという。
白凪
「なんだ、
この口の中で解ける酢飯の輝きは……!」
小雲雀
「お揚げのコクと、この絶妙な温度感……
やはり豊穣神社は侮れませんね」
それ以来、
天界の神々の間では、
ある噂が広まることとなった。
『豊穣神社が人手不足で困っている時は、
迷わず駆けつけろ。その後に振る舞われる
御礼の品は、天界の宴をも凌駕する』
こうして、豊穣神社からの『協力要請』を
今か今かと待ちわびる眷属が、各地で急増することになったのだが――
それはまた、縁が再びパニックに陥る未来のお話でもあった。
最後までお付き合いいただき、
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(人´∀`).☆.。.:*・゜




