―蒼は紅より出でて、紅よりも蒼く―【前編】
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−−−
――その日。
火の童子は、定期報告のため
炎神の元を訪れていた。
天界の空は、どこまでも澄み渡り、
揺らめく焔のような雲が、ゆっくりと流れている。
その中心――
巨大な炎を背に座す存在。
炎神。
火の童子は、軽やかに降り立つと、
ニカッと笑い――
火の童子
「炎神様ぁ!
火の童子、ただいま戻りましたぁっ!!」
弾けるような声が、空間に響く。
火の童子が足を踏み入れるたびに、神殿の床が熱で揺らめく。
炎神は目を細め、
どこか嬉しそうに頷いた。
炎神
「おお……火の童子相変わらず
元気そうで安心するわい」
火の童子は、少しだけ遠くを見るようにして、肩をすくめた。
炎の玉座にどっしりと腰を下ろした炎神が、豪快に笑う。
炎神
「現世はどうや? 変わりはないか?」
火の童子
「戦後しばらくは大変やったけどなぁ……
いやぁ、ほんま人の子はすごいで炎神様!」
くるり、と空中で回りながら続ける。
火の童子
「あんな焼け野原やったのに、
今じゃ影も形もないくらいや!」
その声には、純粋な感嘆が滲んでいた。
火の童子
「おかげで今はな、
小物の悪鬼討伐ばっかりやで!」
そう言って火の童子は豪快に笑った。
炎神も、つられて笑った。
炎神
「確かにのう……大祓いのたびに降りるが、
年々、活気が増しとったわい」
ゆっくりと顎に手を当てる。
炎神
「人の子の可能性ちゅうんは、
儂ら神々ですら測れんもんやなぁ」
炎の社に火の童子と炎神の笑い声が豪快に響く。
二人の笑いが落ち着いた頃、
炎神は、ふと視線を細めた。
炎神
「そういや……お前が昔、
“現世に行きたい”言うた時は驚いたもんや」
火の童子は、肩をすくめる。
炎神
「じゃが……今思えばここより、
現世の方が肌に合っとったんやろうなぁ」
炎神の視線が、どこか遠くを見つめる。
炎神
「のぉ、火の童子。
お前、昔は火力が強すぎて、
天界じゃ上手くやれんかったな?」
その言葉に、火の童子は少しだけ苦笑いした。
炎神
「せやけど――その負けん気で、
自分の居場所を見つけた」
その言葉に。
火の童子は、首を横に振った。
火の童子
「いややわぁ炎神様、
あたい一人で見つけたんとちゃうで」
炎神が、眉を上げる。
火の童子
「昔な……こっそり現世に降りたことあってな」
――炎神の眉がピクリと動く。
炎神
「……ん? 今なんと? 『こっそり』?」
火の童子
「ホンマはあかんねんけどなー」
炎神
「いや、あかんやろ!!!」
火の童子
「せや。本当はあかんのやけどな、
ちょっとだけな?」
炎神
(……あれ?儂こいつの主神やよな?)
主神の困惑をよそに、
火の童子は輝くような笑顔で語り始めた。
火の童子
「ほんでそん時にな、
まだ小僧やった燈一郎がな――」
それは、今から何十年も前のこと。
火の童子が焔神社の神気に惹かれ、こっそり山へ降りた時のことだった。
???
「ひっ……うぅ……お母さぁん……」
夜の山に一人の小さな男の子が、木の根元にうずくまって泣いていた。名は、燈一郎。
火の童子
「なんや、こんなところで……」
火の童子がぽつりと呟くと、少年はばっと顔を上げ、神の眷属である自分を、その大きな瞳で真っ直ぐに見つめ返してきたのだ。
火の童子
「なんや……、お前、あたいが見えるんか?」
火の童子は初めて自分に気付いた人の子に、驚きと、興味がわいた。
けれど――燈一郎は、
家に帰りたい一心で、泣きながら縋ってきた。
燈一郎
「……たすけて。おうちに、帰りたい……」
火の童子は困ったように頭をかくと、
相変わらず泣き続ける燈一郎に向けて、
火の童子
「泣くなや小僧!お前名前は?」
乱暴だけど、どこか優しさを感じる火の童子に
燈一郎は涙をこらえながら震える声で答える。
燈一郎
「と、燈一郎……火の宮燈一郎です……
家は焔神社です……」
それだけ答えると燈一郎はまた泣きだしてしまった。
焔が、ふわりと灯る。
火の童子
「しゃーないなぁ、ついてこい燈一郎!」
そう言って、
火の童子は燈一郎の手を引こうとしたが、
その熱すぎる自分の掌を思い出し、
少しだけ距離を置く。
そして、
焔神社の神気を道標に社まで送り届けてやった。
焔神社では、
燈一郎の両親が半狂乱になって彼を探していた。
無事に帰った息子を抱きしめ、
それから泣きながら怒り狂う両親。
その様子を軒下で眺めていた火の童子は、見つかる前に天界へ戻ろうとした。
火の童子
(……ほな、帰るか)
そう思ったその時。
燈一郎
「待って!」
燈一郎が駆け寄ってきた。
燈一郎
「僕……僕は、大きくなったらこの焔神社の
『誓約の一族』の長になる。だから、その時は……今日のお礼にお前を、俺の眷属にしてやる!またな!」
火の粉が弾ける。
火の童子
「はぁぁ!?!?礼も言わんと、
いきなりそれかい!!」
火の童子は、呆れながらも――
笑っていた。
お礼も言えない生意気な小僧。
けれど、その瞳には
自分と同じ『強すぎる焔』のような意志が宿っていた。
火の童子
「……おもろい小僧やなぁ」
その目は、楽しそうに細められる。
火の童子
「どんな風に育つんか、
見てみたくなってしもたわ――」
それがきっかけで、火の童子は炎神に
火の童子
「炎神様ー!
あたいの居場所見つけたで!」
そう言って、
『焔神社への配属』を正式に願い出たのだった。
――火の童子の話が終わると、
炎神は、深く息を吐いた。
炎神
「……なるほどな、
そんな裏話があったとはな。長年の謎が解けたわい」
そして。
炎神は、真剣な眼差しで火の童子を見る。
炎神
「なぁ、火の童子よ」
火の童子
「なんですかぁ?」
炎神
「お前……“おもろい奴”好きやんな?」
火の童子は、ニヤッと笑う。
火の童子
「せやな」
火の童子の答えに、炎神は少しだけ、
間を置いて。
炎神
「ほんなら一人、預けたい奴がおる」
火の童子
「あたいに、ですか?」
炎神
「その子もな……
お前と同じで、焔が強すぎる」
炎神
「強すぎる焔は、誰かを傷つける前に……
本人の居場所を焼いてしまうことがある。
親でさえ、抱きしめてやれんほどにな」
火の童子の笑みが、すっと消えた。
火の童子
「……なんやそれ。
親にも、触れてもらえんかったんか?」
炎神
「責めてやるな。
あの子の親も、どうにもできんかったん
や……今頃は、ひとりでおるはずや……」
火の童子
「……その子、今どこにおるんですか」
その問いかけの先にいたのは――
誰にも触れられず、
ただ一人で泣いていた、
青い焔の少年。
その一言が。
孤独な青と、
まっすぐな紅を、
出会わせる。
――そしてこの日。
蒼の運命は、動き出す。
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