いなり寿司と、狐の眷属のために――決戦前夜
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――来る十二月三十一日。
決戦を翌日に控えた、大晦日の前日。
凍てつくような空気が、山を包み込み、
烏天狗の社は、張り詰めた緊張感に包まれていた。
義久、義弘、寿久の三名は、
高く切り立った崖の頂に鎮座する『烏天狗の社』の畳の間に静かに座っていた。
その中央――彼らの視線の先にあるのは、
玉繭様の神気を帯びた糸によって編まれた結界。
その内側に、問題の『カラス』は封じられている。
義久は静かにその結界を見据えながら、低く言い放った。
義久
「……おそらく、解放した瞬間に災禍の神もカラスとの意識の繋がりを切るでしょう」
その瞳は、繭の奥に潜む『何か』の気配を鋭く見据えている。
白凪
「あちらも、この術が解ける瞬間を虎視眈々と待ちわびているはずです。一瞬の隙、そこが勝負になる」
白凪が、厳しい表情で言葉を継いだ。
傍らに控える若き烏天狗、疾風は、苛立ちを隠せない様子でその繭を睨みつける。
疾風
「どうにか、外側から干渉できるようにはならないのか? 中の意識を叩き切るなり、先手を打てれば楽なんだが……」
張り詰めた空気を切り裂くように、疾風が口を開いた。
その問いに、寿久は即座に首を横に振る。
寿久
「無理ですね。これは玉繭様の神気が宿った糸で作り上げた絶対的な神域……中からも外からも、干渉は一切遮断されます」
ぴたりと会話が止まる。
次の瞬間、寿久が冷ややかに口を開いた。
寿久
「……それよりも、先ほどから気になっていたのですが。
なぜ貴殿はそんなに『上から』の物言いなのですか?
非常に不愉快です」
寿久の言葉には、かつて烏天狗という一族が持っていた『傲慢さ』への、
嫌悪が滲んでいた。
場の空気が凍りつく。
一触即発かと思われたその時――。
疾風
「悪い。そういうつもりはなかった。不快にさせたなら謝る」
疾風は、バツが悪そうに頭を掻きながら、あっさりと頭を下げた。
義久
「なっ……」
義弘
「……」
寿久
「……!?」
三人は、揃って言葉を失った。
義久
(……烏天狗が、謝る……だと?)
あのプライドの塊のような烏天狗が、
他の眷属の指摘にこれほど速やかに非を認めるなど、
旧世代の彼らにとって、それは天変地異に等しい衝撃だった。
その沈黙を埋めるように、白凪が静かに微笑む。
白凪
「驚かれるのも無理はありません。あなた方の世代の烏天狗は、確かに傲慢だったと聞き及んでおります」
そして、深く頭を下げた。
白凪
「先代に代わり、お詫び申し上げます」
空気が、わずかに和らぐ。
白凪
「義久様、我々烏天狗も、いつまでも己が一族の力だけでは災禍の神には太刀打ちできないと、六百年前の厄災の際に骨身に沁みて気づいたのです」
白凪の声は、静かだが確かな重みを持っていた。
白凪
「かつては二つの派閥がございました。烏天狗の矜持のみで戦わんと孤立するもの。そして、他の眷属に協力を仰ぐもの。……結果、生き残ったのは後者でした」
白凪
「だからこそ、変えているのです。古き風習を」
白凪はまっすぐ義久たちを見据えた。
白凪
「どうか……今の、そしてこれからの烏天狗を見てください」
その眼差しに、迷いはなかった。
白凪
「そして、我らに力をお貸し願いたい。災禍の神を、天へ還すために」
しばしの沈黙。
やがて義久が、ゆっくりと口を開く。
義久
「……ずいぶん、変わったのですね」
驚きは隠せない。だが、その声音はどこか柔らいでいた。
義久
「今後の振る舞いで、判断しましょう」
その言葉に、わずかな緊張が解ける。
だが寿久が、ぽつりと付け加えた。
寿久
「しかし白凪殿。貴殿はこれほど落ち着いていらっしゃるのに、ご子息は言葉遣いだけなら、いかにも『昔ながらの烏天狗』そのものですね」
疾風
「……申し訳ございません。性分なのか、つい……」
疾風が苦笑する。
そのやり取りに、
場の空気は確かに和らいだ。
――だが、
義弘の何気ない一言が、再び空気を変える。
義弘
「……そもそも、解かなければよいのでは?」
全員が、はっと息を呑む。
一瞬、静寂が支配した。
確かに――その通りだ。
だが。
義久
「……本当に、捕らえている保証はない」
義久が低く呟く。
その可能性が、全てを無意味にする。
白凪
「ならば……賭けるしかありませんね」
白凪の声は、決意に満ちていた。
義久
「意識が断たれる前に、この糸を繋げさえすれば」
全員がそれぞれの武器を構える。
義久が印を結び、
極限まで高まった神気が繭を解いた。
パキィィィィィィン――!
神域が砕け、眩い光が霧散する。
だが――
そこから飛び出すはずの『何か』は、なかった。
畳の上に落ちたのは、
黒く干からびたカラスの死骸。
魂の欠片すら残っていない、無惨な抜け殻だった。
義久
「……なるほど」
義久の声が、低く響く。
義弘
「出られぬなら……依代を捨てるか」
怒りが、にじむ。
寿久
「命を……何だと思っている」
誰も、言葉を返せなかった。
重苦しい沈黙の中、
義久はゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、決意が宿っていた。
義久は静かに、しかし力強く告げた。
義久
「――十二月三十一日。
我らも本気で臨みましょう」
その言葉に、全員が頷いた。
――そして。
遠く離れた闇の底。
一対の赤い瞳が、
音もなく細められる。
すべてを見通すように、
ただ静かに――
『その時』を待っていた。
――その日の午後。
豊穣神社は、
冬の澄んだ空気に包まれていた。
空は高く、雲ひとつない。
だが、その静けさの裏に、確実に迫る決戦の気配が潜んでいる。
境内の中央では、笑成、ユッキー、真白、そして仲間たちが集まり、それぞれの役割を最終確認していた。
真白は手にした紙を見つめ、ひとつひとつ頷きながら顔を上げる。
真白
「……完璧ですね」
その言葉に、場の空気がわずかに緩む。
火の童子
「ええやん、めちゃくちゃええやん!」
火の童子が満面の笑みで声を上げる。その隣で蒼も、何度も力強く頷いていた。
明るい声が、緊張を押し流すように響く。
皆の顔にも、自然と笑みが浮かんでいた。
――だが。
その輪の中で、ただ一人、
真白だけがわずかに視線を落としていた。
真白
(……本当に、大丈夫でしょうか)
災禍の神――
その存在の重さが、胸の奥に沈んでいる。
どれだけ準備を重ねても、不安は拭いきれない。
ほんの一瞬、
真白の表情に影が差した――その時。
三国
「そんな心配はいらないよ!」
風を切るような声が、境内に響いた。
全員が振り向く。
そこに立っていたのは――疾風と三国。
二人の姿は、まるでその場の空気を塗り替えるような存在感を放っていた。
疾風
「明日は何も案じることはありません。
猫に虎、我ら烏天狗に天馬、さらには蛇に兎までが、
この社を、そして貴方たちを守るために動いている」
疾風が力強く告げると、三国もまた真白の目を真っ直ぐに見据えた。
三国
「真白様。
我々を信じて、あなたはただ、あの子のために全力を尽くしてください。
明日は、我ら眷属が命に代えても守り抜きます」
その言葉は、不思議なほどに重く、そして温かかった。
真白
「……疾風さん、三国さん……」
真白の胸の奥に、熱いものが込み上げる。
すると疾風は、ふっと表情を緩めた。
疾風
「それでこちらが本題なのですが、」
少しだけ軽い調子で言葉を続ける。
疾風
「明日の我々の武器に、真白様の神気付与を頼みたい」
三国
「今日は、それをお願いしに来ました」
その言葉に、
真白の表情がぱっと明るくなる。
真白
「もちろんです」
胸に手を当て、力強く答える。
真白
「いくらでも、僕の神気を使ってください」
その隣で、紡も一歩前に出る。
紡
「僕も付与できます!任せてください!」
頼もしい声だった。
――だが、ふと。
紡の表情がはっとして、周囲を見渡す。
紡
「あっ、でも……! 今、災禍の神がどこかで見てるんじゃ……? 僕たちの作戦が筒抜けだったら……」
次の瞬間、二つの気配が現れる。
???
「その心配は不要だ」
低く、落ち着いた声。
振り向いた先に立っていたのは――
輝虎と景虎。
輝虎
「案ずるな。一昨日、あのカラスを捉えた直後から、我ら虎の眷属がこの神社周辺を幾重もの『神域』で囲った。何者も覗けぬし、何者も立ち入れぬ。貴殿らの策が漏れることは万に一つもない」
優羽
「輝虎さま! 景虎さま!」
優羽が弾けるような笑顔で駆け寄った。
菖蒲
「これ、優羽。はしたないですよ」
その後ろから、凛とした佇まいの菖蒲が現れ、優羽を優しく嗜める。
優羽
「姉様!!」
嬉しそうに抱きつく優羽の頭を、菖蒲は優しく撫でる。
菖蒲
「仕方のない子ですね」
そう言いながらも、
菖蒲の表情はどこか柔らかい。
その光景に、自然と笑みが広がる。
優羽
「お二人とも、お久しぶりです!」
優羽が、輝虎と景虎に丁寧に頭を下げる。
輝虎
「君も、成長したな」
優羽に向けられたその言葉に、嬉しそうに笑う。
そして輝虎は、全員を見渡した。
輝虎
「明日は、我らの結界でこの地を守る」
景虎
「ここは絶対に破らせない」
その声音には、揺るぎない誇りがあった。
輝虎
「だから――こちらの心配はいらない」
その言葉に、誰もが力強く頷いた。
真白は一歩前に出ると、深く頭を下げた。
真白
「……ありがとうございます」
その声には、確かな感謝が込められていた。
――やがて。
それぞれが役目を胸に、静かに散っていく。
夕暮れが、神社を赤く染め始めていた。
外へ出たのは――
疾風、三国、輝虎、景虎。
冷たい風が、四人の間を吹き抜ける。
三国
「……いよいよ、明日か」
三国が呟く。
疾風
「総力戦だな」
疾風が短く応じる。
その時。
輝虎が、静かに言った。
輝虎
「虎の眷属の誇りにかけて」
景虎が続ける。
景虎
「この神社には――何人たりとも入れさせない」
その言葉は、刃のように鋭かった。
疾風が、続くように宣言する。
疾風
「烏天狗の誇りにかけて」
三国
「天馬の誇りにかけて」
三国が肩を回しながら言う。
――次の瞬間。
なぜか自然と、四人は円陣を組んでいた。
一瞬の静寂。
そして。
輝虎・景虎・疾風・三国
「――あの、いなり寿司のために!」
四人が、真剣な顔で言い放つ。
一拍。
疾風が吹き出すと、
つられるように、全員が笑った。
疾風
「あのいなり寿司はそれだけの価値がある」
三国
「まぁな」
輝虎
「否定はしない」
景虎
「……確かに」
笑いの中に、確かな絆があった。
そして。
輝虎
「誰一人――欠けるな」
その言葉に。
全員
「おう!!」
四つの声が、夜空へと響いた。
冬の空気は冷たい。
だが、その中心には確かな熱があった。
決戦は――明日。
すべては、その日のために。
そのすべてを、守り抜くために。
最後までお付き合いいただき、
ほんとうにありがとうございます!
次回もお付き合いいただけたら幸いです。
(人´∀`).☆.。.:*・゜




