巡る懐かしさ——その答え
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−−−
――来る十二月三十一日まで、あと三日。
冬の澄んだ空気の中、豊穣神社の境内はいつも以上に慌ただしさに包まれていた。
境内を吹き抜ける風は刺すように冷たいが、豊穣神社を包む空気はどこか熱を帯びていた。
一年の穢れを祓う『年末の大祓い』。
渚たちと共に企画している催し物。
その準備のため、縁たちは猫の手も借りたいほどの忙しさの中にいた。
鳥居の前には、すでに設置された茅の輪。
その青々とした輪が、年の瀬の準備を物語っていた。
縁
「茅の輪はもう大丈夫だね。
あとは……撮影場所、どうしよっか」
視線の先には、
渚たちの姿。
渚は、少し考えるように視線を巡らせたあと、
柔らかく微笑んだ。
渚
「鳥居から入ってきて、
御本殿でお参りして……」
ゆっくりと、境内を歩きながら続ける。
渚
「最後に、本殿を背にして皆さんと一緒に撮れたら、すごく素敵だと思うのですが……どうでしょう?」
その声音は穏やかで、
どこか、この場所に馴染んでいるようにも感じられた。
縁
「いいですね、それが一番自然だと思いますよ」
縁が頷く。
――そのやり取りを、
少し離れた場所から見ていた真白は、
なぜか渚から、視線を逸らせなかった。
鳥居の方へ歩いていく渚の背中。
冬の光に照らされて、
その輪郭がやわらかく滲む。
真白
(……なんだろう)
胸の奥に、
かすかな引っかかりが残る。
懐かしいような、
それでいて思い出せないような――
真白
(……この感じは……)
自分でも理由が分からないまま、
ただ視線だけが追い続けていた。
紡
「真白様?」
隣から、そっと声がかかる。
紡が、心配そうに覗き込んでいた。
紡
「渚さんが……どうかしたんですか?」
その声に、真白ははっと我に返る。
真白
「……すみません」
小さく息をついて、
言葉を探す。
真白
「なんだか……
うまく言えないのですが……」
少しだけ目を伏せる。
真白
「気になる、というか……
不思議な感覚で……」
言い切れず、
困ったように苦笑した。
真白
「すみません。
自分でも、よく分からなくて」
その言葉に、
縁と紡が顔を見合わせる。
そして、同時に視線を鳥居の方へ向けた。
縁
「……たしかに」
ぽつりと、呟く。
縁
「普通の人の子ならさ。
豊穣神様が、天界の神々にまで
協力をお願いしにいくなんて――まずないよね」
少しだけ肩をすくめる。
縁
「愛し子でも、そうそうない」
静かな言葉だった。
だが、その意味は重い。
三人は、
あらためて渚の背中を見つめる。
その存在に、
言葉にできない違和感が残っていた。
――チリン
小さな鈴の音が、風に紛れて響いた。
気づいたときには、
すぐそばに一人の青年が立っていた。
気配すら、なかった。
義久
「はじめまして、狐の皆様。私は、玉繭の神に仕える猫の眷属で、義久と申します」
穏やかな声で名乗ると、
義久は軽く頭を下げた。
縁
「……気配、全然なかったね、驚きすぎて声も出なかったよ」
義久
「偵察が本分ですので」
そう言って、
義久は、やわらかく微笑む。
それから、
義久
「ここ数日、あの方の周りを偵察しておりましたが、災禍の神の手下も、その不穏な気配も感じられません。ひとまずは、ご安心召されますよう」
真白が、わずかに息をつく。
――だが。
その直後だった。
ひゅ、と。
風を切る音。
次の瞬間、
一人の影がすっと現れる。
???
「捕まえた……」
背後の木々がざわめき、
もう一人の猫の眷属が姿を現した。
その右手には、黒い塊が握りしめられている。
紡
「……っ!?」
それは、
災禍の神の『目』とされるカラスだった。
義弘の太い指に喉元を押さえつけられ、
カラスは鳴き声一つ上げられず、必死に足をバタバタさせて暴れている。
真白たちが息を呑む中、
義久が、静かに手をかざした。
ふわり、と。
指先から、細い糸が伸びる。
光を帯びたそれは、
まるで絹のようにしなやかで――
次の瞬間。
糸が編み上がり、
小さな繭のような空間を作り出す。
その中へ、
カラスが吸い込まれるように閉じ込められた。
ぴたり、と動きが止まる。
義久
「……これで大丈夫です」
義久は振り返る。
義久
「義弘。ご挨拶を」
促されて、
義弘は少しだけ顔をしかめる。
義弘
「……義弘です」
義弘が短く挨拶を終えると、
義久が手毬を指し示しながら説明を続ける。
義久
「この『茉莉』には、玉繭の神様の神気が込められています。
いわば、持ち運びのできる小さな神域の檻。
カラスの肉体だけでなく、その中に潜り込ませていた災禍の神の意識ごと、完全に遮断しました」
――その時、
木陰に、もう一つの気配が揺れる。
義弘の影から、さらに音もなくもう一人の眷属、が姿を現す。
???
「これを烏天狗の元へ届けてくる。……行くぞ」
そう言って立ち去ろうとした眷属に、義久は
義久
「寿久! 皆様にご挨拶をなさい」
寿久
「……寿久です。よろしく」
そう短く挨拶をすると、義弘と寿久は、
言葉を交わすまでもなく、冬の木漏れ日の中へと溶けるように消えていった。
呆気に取られていた真白が、残った義久に問いかける。
真白
「あの……義久さん。あんなに鮮やかに捕らえられるのでしたら、どうして今まで災禍の神を捕らえられなかったのですか?」
義久は一拍置いて、続ける。
義久
「まず、災禍の神は神出鬼没。どこに現れるか見当もつかないため、待ち伏せができなかったのです。」
義久
「ですが今回は、この豊穣神社に執着しているという話を伺っていましたから。網を張るのは容易でした」
義久は一度言葉を切ると、少し肩をすくめた。
義久
「それから……我ら猫の眷属は、そもそも他の眷属様方との交流が乏しく、これまでは協力の術もございませんでした」
それを聞いた紡が、不思議そうに首を傾げる。
紡
「その皆さんが、どうして今回はこれほどまでに協力してくださったのですか?」
義久
「えっ?」
義久は意外そうな顔をした後、この日一番の、太陽のような笑顔を見せた。
義久
「そりゃあ……豊穣神様から、後で最高の『いなり寿司』が奉納されると約束していただいたからですよ!」
あまりに率直すぎる理由に、
真白、縁、紡の三人は、一瞬の静寂の後、同時に吹き出した。
冬の緊張感が、笑い声と共に霧散していく。
縁
「まさか、狐の『いなり寿司』がそれほど評判だったとは思いませんでした」
縁が可笑しそうに言うと、義久は鼻を高くして反論した。
義久
「あなた方は食べ慣れているから気づかないのでしょうが! 我ら他の神々や眷属にとって、狐の皆様が仕込むいなり寿司は、滅多にお目にかかれない至高の代物なんですよ!」
義久が熱く語ろうとした、その時。
義久
「おや、先ほどの人の子が戻ってきそうですね。……では、私はこれにて!」
猫特有の鋭い感覚で渚の接近を察知した義久は、颯爽と、そして音もなく姿を消した。
――入れ替わるように。
渚が戻ってくる。
渚
「大体、準備は整いました」
やわらかな声。
渚
「あと当日を待つだけですね」
穏やかに微笑む。
そして――
渚はふと足を止めると、
真白へ静かに視線を向けた。
冬のやわらかな陽がその横顔を照らし、
どこか懐かしさのようなものが滲む。
渚
「……なんだか」
少しだけ首を傾げて、
照れたように笑う。
渚
「真白さんとは、ずっと昔から知り合いだったような……そんな、不思議な気持ちになります」
何気なくこぼされたその言葉は、
真白の胸の奥を、確かに揺らした。
真白はわずかに目を見開く。
――同じだ。
自分が抱いていたあの言葉にできない感覚を、渚もまた抱いていたのだと知り、
鼓動がひとつ大きく鳴った。
その時だった。
隣で二人のやり取りを見ていた縁が、はっと何かに気づいたように表情を変えた。
縁
「……失礼ですが、
こちらのご出身ですか?」
渚は少し驚いたように瞬きをしたあと、
素直に頷いた。
渚
「はい。生まれも育ちも、この土地です」
一度、鳥居の向こうの町並みへ視線を向ける。
渚
「ご先祖様の代から、この辺りに暮らしている一族だと聞いています。
もともとはお百姓さんだったそうで……
明治の頃から、菓子店を営むようになったんだとか」
その答えに、
縁の瞳がわずかに揺れた。
ちょうどその時、
少し離れた場所から渚のパートナーが手を振る。
パートナー
「渚、そろそろ帰れる?」
渚
「あ、うん」
渚は真白たちへ向き直り、
渚
「それでは、当日よろしくお願いします」
真白
「はい。こちらこそ」
小さな会釈を交わし、
二人は並んで鳥居の方へ歩き出す。
肩が触れそうなほど近い距離で、
自然に歩調を合わせながら。
その後ろ姿を、
真白はただ黙って見つめていた。
そして――
鳥居をくぐる寸前。
渚の手に、
パートナーの手がそっと重なる。
何気ない仕草、けれどそこには、
言葉にしなくても分かる穏やかな幸せがあった。
冬の光の中で、
手を取り合う二人の姿が
少しずつ小さくなっていく。
その光景を見た瞬間、真白の胸の奥で、
長く眠っていた何かが、ふっとほどけた。
真白
「……縁様」
かすれた声で名を呼ぶ。
縁はすぐには答えなかった。
去っていった二人の背中を見つめたまま、
少しだけ考えるように目を伏せる。
やがて、
静かに口を開いた。
縁
「……真白くん」
その声音は、
いつもよりずっと穏やかだった。
縁
「もしかしたら、だけど」
ひとつ、息を継ぐ。
縁
「渚さんは……
秋穂さんと稲人さんに、繋がる人なのかもしれない」
真白の瞳が揺れる。
縁は、遠い昔を思い返すように続けた。
縁
「真白くんが天界へ来た少し後、
僕は豊穣神様の命で、この神社へ来たんだ」
懐かしむように、少しだけ目を細める。
縁
「その頃ね……
秋穂さんと稲人さんの生まれ変わりと思える子たちが、
この村で育っていた」
風が、木々を揺らす。
縁の声だけが、
静かな境内にやわらかく落ちていく。
縁
「その二人は、ずっと仲良く育って、
やがて夫婦になった。
立派なお百姓さんになって……
本当に幸せそうだったよ」
真白の喉が、小さく鳴る。
縁
「渚さんを見た時、なんとなく、その子に似ている気がしたんだ」
少し困ったように笑って、肩をすくめた。
縁
「それに……
その二人の子どもたちが、のちに菓子店を開いたって、風の噂で聞いたことがあってね」
一拍置く。
縁
「もちろん、確信があるわけじゃない。
ただ――そんな気がしたんだ」
その言葉を聞いた瞬間。
真白は弾かれたように、再び鳥居の方を見た。
もう二人の姿は遠い。
それでも、
手を取り合って歩くその背中は、
はっきりと胸に焼きついていた。
真白
「……よかった……」
ぽつりとこぼれた声は、
震えていた。
真白
「本当に……
よかった……」
頬を伝うものに気づくより先に、
涙が静かにこぼれ落ちる。
真白
「秋穂様と稲人様が……
来世で、幸せに生きられたんだ……」
その声には、
安堵と、喜びと、長い時を超えた祈りが混ざっていた。
胸の奥に残っていた、あの懐かしさ。
渚を見た時から
ずっと引っかかっていた温かな感覚。
真白
「……だから、だったんですね」
小さく呟く。
真白
「僕が渚さんに懐かしさを覚えたのは……
きっと、秋穂様に繋がる何かを感じていたから……」
その言葉に、
隣で聞いていた紡も目元を潤ませた。
紡
「……よかったですね、真白様」
そっと背中に手を添えて、
やさしく撫でる。
縁も、泣き笑いのような顔で
真白の頭をくしゃりと撫でた。
縁
「良かったね、真白くん」
そのぬくもりに、
真白はこくりと頷く。
――と、その時。
ばたばたと忙しない足音が近づいてきた。
優羽
「みなさーん! そろそろ――って、ええっ!?」
駆けてきた優羽は、
涙を流す真白を見てぎょっと目を見開く。
優羽
「ど、どうしたんですか!?
どこか痛いんですか!?
誰か何かしました!?」
慌てふためく優羽に、
縁が事情をかいつまんで説明する。
その話を聞き終えるや否や――
優羽
「よがったですねぇぇぇ真白様ぁぁぁ!!」
真白の涙が引っ込むほどの勢いで、
優羽が号泣しだした。
優羽
「うわああぁぁぁん!!
よがった……ほんとによがったですぅぅ……!!」
あまりの泣きっぷりに、
真白は思わず目をぱちぱちと瞬かせる。
紡
「優羽さんの方が泣いてます……」
縁
「すごいね、これは」
結局その後、真白と優羽は並んで縁側に座り、
琥珀糖を一粒ずつ口にしながら、
ようやく少し落ち着いた。
甘さがじんわりと舌に広がるたび、
張りつめていた心が少しずつほどけていった。
やがて、涙の気配がすっかり引いた頃。
縁が、ぱんっと手を打つ。
縁
「――よし」
その一言で、
空気が静かに引き締まった。
縁
「当日は、絶対に災禍の神なんかに邪魔させない」
真白が顔を上げる。
その瞳には、
もう迷いはなかった。
真白
「はい」
紡も、きゅっと拳を握る。
紡
「僕も……頑張ります」
優羽は目元をぬぐって、
力強く頷いた。
優羽
「もちろんです!
絶対に、みんなで守り切りましょう!」
四人は自然と輪になる。
差し出された手が重なり、
そこに、確かな温もりが集まる。
縁
「せーの」
真白
「守りましょう」
紡
「はい!」
優羽
「おーっ!!」
重なった声が、
冬の境内に小さく響いた。
年の瀬。
巡る縁は、
過去と今を静かに結び直しながら、
確かにこの場所へと集まってきている。
だからこそ――
そのすべてを、
守り抜かなければならない。
来たる大晦日。
人の子の願いが、
祝福の光の中で結ばれるその瞬間まで。
誰にも、
邪魔などさせない。
最後までお付き合いいただき、
ほんとうにありがとうございます!
次回もお付き合いいただけたら幸いです。
(人´∀`).☆.。.:*・゜




