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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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9. 護衛という名目

翌朝。

王都の空は雲一つない青だった。

リゼットが店を開けようとすると、扉の前に人影が立っていた。


「……アルベルト様?」

「おはよう。」

「どうされたんですか?」

「護衛だ。」

あまりにも真面目な顔で言うので、リゼットは瞬きを繰り返した。

「護衛……ですか?」

「昨日の男の件がある。」

「でも、騎士団長が薬屋の護衛なんて……」

「命令だ。」

「誰のです?」

「俺の。」

「……。」


思わず額を押さえる。

(この人、本当に真面目なのよね……。)


「大丈夫です。市場まで歩くだけですから。」

「だから護衛する。」

「危険はありません。」

「危険だった。」


ぐうの音も出ない。

昨日、実際に襲われたばかりだ。


「……お忙しい身でしょうから、一日だけですよね?」

「今日は一日だ。」

「明日は?」

「明日になって考える。」

「それ、毎日来る人の言い方です。」

アルベルトは少しだけ目を逸らした。

「……否定はしない。」

「!」

リゼットは思わず耳まで赤くなる。




市場ではすぐに噂になった。


「あれ、騎士団長じゃない?」

「薬屋の娘と一緒だ。」

「護衛?」

「いや、どう見ても違うだろ。」


ひそひそ声が飛び交う。

リゼットは居心地が悪い。


「……皆さん見ています。」

「ああ。」

「気になりませんか?」

「気にならん。」

「私は気になります。」

「そうか。」


返事はするのに、歩幅は変わらない。

しかも、人混みになると自然にリゼットを内側へ寄せる。

馬車が通れば肩を抱いて避ける。

荷車が来れば前へ出る。

全部、無意識。

本人は護衛のつもりだ。

される側はたまったものではない。


「アルベルト様!」

「何だ。」

「近いです!」

「危険だからだ。」

「もう誰もいません!」

「そうか。」


一歩だけ離れる。

……三歩歩くとまた近い。


「また近いです!」

「……本当だ。」 


本人も気付いていない。

リゼットは思わず小さく笑ってしまった。


ーーー


昼過ぎ。

薬を届け終えた帰り道。

「リゼット。」

「はい?」

「昼は食べたか。」

「まだです。」

「俺もだ。」

「そうなんですね。」


沈黙。

そのまま歩く。

アルベルトが立ち止まった。


「……一緒に食べないか。」


リゼットは目を丸くした。


「私と、ですか?」

「嫌なら断ってくれ。」


その言葉と同時に向かい合う。


不安。

緊張。

断られるかもしれないという怖さ。


全部伝わってくる。

(……こんな顔をする人だったんだ。)

いつも堂々としている彼が、こんなにも不器用なのが可笑しくて、

……愛おしい。


「……少しだけなら。」

「!」

アルベルトの心が、一瞬でぱっと明るくなる。

それが伝わってきて、リゼットは思わず目を逸らした。

(こんなの、反則……。)





二人が入ったのは、小さな食堂だった。


「おや、騎士様!」

店主が驚く。

「今日はお連れさんがいるのか!」

アルベルトは静かにうなずいた。

「……ああ。」

「へえ!」

厨房から奥さんまで顔を出してくる。

「あらあら!」

リゼットは穴があったら入りたい気分だった。

席に着いても落ち着かない。

「皆さん、誤解しています。」

「誤解ではない。」

「え?」

「君を食事に誘った。」

「そ、それは……」

「俺の意思だ。」

真っ直ぐすぎる。

照れ隠しもない。

リゼットはスープを飲もうとしてむせた。

「大丈夫か!」

アルベルトが慌てて水を差し出す。

「げほっ……!」

「すまない。」

「アルベルト様のせいです……。」

「そうなのか?」

本気で分かっていない。

「……もう。」

呆れて笑う。


その笑顔を見たアルベルトは、ほっとしたように目を細めた。

(また笑った。)

その小さな幸せだけで、アルベルトの日頃の疲れが吹き飛ぶような気がした。






しかし、その穏やかな時間を遠くから見つめる者がいた。

黒いローブをまとった老人。


「なるほど。」

細く笑う。

「あの娘が"薬師"か。」


彼の視線は、リゼットの左手に向けられていた。

指先が、ほんのわずかに淡い緑の光を放ったように見えた気がした。


「……見つけた。」


その呟きは、風に溶けるように消えた。

だがその日を境に、リゼットの穏やかな日常は、再び静かに揺らぎ始めるのだった。


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