10. 君を守る理由
翌朝。
「おはよう。」
扉を開けたリゼットは、その場で固まった。
アルベルトがいた。
昨日と同じように、薬屋の前へ立っている。
「……おはようございます。……また来たんですか。」
「来た。」
「護衛は昨日一日だけじゃ……。」
「昨日、考えた。」
「はい。」
「今日も護衛する。」
「……。」
「明日も考える。」
「絶対毎日来る流れじゃないですか。」
アルベルトは少しだけ考える素振りを見せてから、
「……その可能性は高い。」
真顔で答えた。
リゼットは思わず額を押さえた。
(真面目に言われると、反論しづらい……。)
「…まず市場です。」
「ああ。」
「それから北の丘へ薬草を採りに行きます。」
「俺も行く。」
「危険な場所じゃありません。」
「だから護衛する。」
堂々巡りだった。
結局、一緒に歩くことになる。
市場へ向かう石畳の道。
「騎士様だ!」
子どもが駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ!剣を見せて!」
アルベルトはしゃがみ込み、優しく頭を撫でる。
「本物は危ない。」
「じゃあ持つだけ!」
「……少しだけだぞ。」
近くにあった木剣を貸してやると、子どもは大喜びで走っていった。
リゼットは目を丸くする。
「意外です。」
「何がだ。」
「子どもがお好きなんですね。」
「嫌いではない。」
「泣かれそうな方かと思っていました。」
「……よく言われる。」
少しだけ肩を落とす姿が可笑しくて、リゼットはくすっと笑った。
その笑顔を見たアルベルトは、
(今日も笑ってくれた…!)
それだけで満足そうだった。
北の丘は、一面が春の花で埋め尽くされていた。
風に揺れる白い薬草。
淡い紫の花。
「きれい……。」
リゼットは夢中で摘み始める。
「これは?」
アルベルトが一株持ち上げる。
「違います!」
慌てて駆け寄る。
「それは毒草です!」
「……。」
「見た目はそっくりなんです。」
「危なかった。」
「食べたら三日くらいお腹が痛くなります。」
「その程度か。」
「笑い事じゃありません。」
「すまん。」
本気で反省している。
それがまた可笑しい。
「これは大丈夫です。」
リゼットは一本の薬草を摘み取った。
「葉っぱの裏を見てください。」
アルベルトが覗き込む。
近い。
肩が触れる。
「……!」
リゼットは慌てて一歩下がった。
「どうした。」
「な、何でもありません。」
「顔が赤い。」
「暑いだけです。」
「今日は涼しい。」
「……。」
逃げ場がない。
アルベルトは本当に気付いていない。
昼頃。
薬草を摘み終え、小川のほとりで休憩する。
リゼットは籠からパンを取り出した。
「質素ですが……。」
「十分だ。」
二人で静かに食べ始める。
しばらくすると、アルベルトがぽつりと言った。
「君といると、」
「?」
「落ち着く。」
リゼットの手が止まる。
「騎士になってから、食事はいつも急いでいた。」
「……。」
「こうして景色を見ながらゆっくり食べたのは、何年ぶりだろう。」
向かい合っている。
だから伝わる。
穏やか。
幸せ。
そして――
好きだ。
あまりにも真っ直ぐで、
隠そうともしていない想い。
リゼットは胸が苦しくなる。
(……だめ。)
(そんなふうに見ないで。)
思わず立ち上がった。
「少し、そこで水を汲んできます。」
逃げるように目の前の川辺へ向かう。
アルベルトはその背中を見送るだけだった。
追いかけない。
理由も聞かない。
彼女が距離を置きたいなら、それを尊重する。
それが彼なりの優しさだった。
リゼットは川辺でしゃがみ込み、冷たい水で頬を冷やした。
(……私、最低。)
分かっている。
彼は何も悪くない。
むしろ優しすぎるくらいだ。
それなのに、自分は逃げてしまう。
(怖い。)
もし応えられなかったら。
もし期待を裏切ったら。
その時、彼が傷つく顔を見たくない。
だから距離を置く。
でも。
距離を置くたび、自分の胸まで苦しくなる。
(……困ったな。)
初めてだった。
誰かの優しさが、こんなにも心を乱すなんて。
その頃。
アルベルトは一人、リゼットが見える距離で川のそばに座っていた。
すると、茂みからエリクがひょこっと顔を出す。
「団長!」
「……いたのか。」
「俺もちゃんと護衛してますよ。」
「尾行と言わないか。」
「違います。」
エリクはにやりと笑う。
「で、どうですか?」
「何がだ。」
「初めてのデート。」
「……デート?」
アルベルトは真剣に首をかしげる。
「護衛任務だ。」
「団長。」
エリクは盛大にため息をついた。
「それ、女性に言ったら泣かれますよ。」
「?」
「いいですか。女性と二人で花畑で昼食を食べるんです。」
「食べたな。」
「普通はそれをデートって言うんです。」
アルベルトは数秒固まった。
そして耳が、じわじわと赤く染まっていく。
「……そう、なのか。」
「今さらですか!」
「知らなかった。」
「団長、恋愛偏差値ゼロですね。」
アルベルトは人生で初めて、本気で頭を抱えた。
「……俺は。」
「はい。」
「無意識に彼女を困らせていたのか。」
エリクは苦笑しながら肩をすくめた。
「でも、多分。」
「?」
「リゼットさん、嫌だったら団長と二人で花畑なんて来ませんよ。」
アルベルトはゆっくり川辺へ目を向ける。
そこではリゼットが、小さな花を摘んでいた。
風に揺れる栗色の髪。
柔らかな横顔。
その姿を見つめる彼の表情は、騎士ではなく、一人の青年そのものだった。
「……そうだと、いい。」
その願いを、春風だけが静かに聞いていた。




