11. 騎士団公認
アルベルトが薬屋へ通うことは、もはや王都の日常になっていた。
「団長、おはようございます。」
「おはよう。」
「今日もですか?」
「ああ。」
「毎日ですね。」
「ああ。」
騎士たちはもう驚かない。
市場の八百屋も、花屋も、パン屋も。
「お、今日もお迎えか。」
「仲がいいねぇ。」
そんな声が飛んでくる。
そのたびにリゼットは俯いてしまう。
「……違います…!!」
小さく否定する。
しかしアルベルトは、
「護衛だ。」
としか言わない。
それがまた周囲には微笑ましく映る。
騎士団本部。
昼休み。
エリクが机を叩いた。
「緊急会議!」
「また始まった。」
「議題。」
咳払いをする。
「団長はいつ告白するのか。」
「賭けよう。」
「俺、一か月以内。」
「いや、団長だから一年。」
「一生言わないに銀貨一枚。」
部屋中が笑いに包まれる。
その時。
ガチャ。
扉が開いた。
「……。」
アルベルトだった。
全員が固まる。
静寂。
「続けろ。」
「え?」
「会議だろう。」
「……。」
「俺は資料を取りに来ただけだ。」
資料を持ち、
そのまま出ていく。
扉が閉まった瞬間。
「聞こえてたよな!?」
「絶対聞こえてた!」
「終わった!」
数秒後。
廊下でアルベルトは壁にもたれ、小さく息を吐いた。
(……一か月以内、か。)
そんなに簡単なことではない。
彼女はまだ、自分を避けている時がある。
想いを伝えて困らせたくはない。
その葛藤を誰も知らなかった。
一方、薬屋では、、
「リゼットちゃん。こんにちは。」
花屋のおばあさんがやって来たので、
薬湯の飲み方を一緒に試飲しながら説明していると、
「これ、売れ残りだけど持っていきな。」
「そんな、いただけません。」
「いいから。」
白い小花を受け取る。
「聞いたよ。団長さんは白い花が好きなんだろ?」
「ぶっ……!」
飲んでいたお茶を吹きそうになる。
「し、知りません!」
「じゃあ団長さんがこの花から好きな人を連想しているのかしら。」
「そ、それも……。」
「分かりやすいねぇ。」
「違うんです!」
「ふふふ。」
おばあさんは楽しそうに帰っていった。
残されたリゼットは机へ突っ伏す。
(どうして皆そうなるの……。)
その日の夕方。
護衛としてついてきたアルベルトと薬草採りへ向かう途中。
突然、
「あっ!」
リゼットの足が滑った。
「きゃっ!」
身体が傾く。
すぐ横には崩れた斜面。
その瞬間。
ぐいっ。
腕を掴まれた。
勢い余って、
アルベルトの胸へぶつかる。
「……。」
「……。」
近い。
近すぎる。
「す、すみません!」
慌てて離れようとする。
しかし。
「動くな。」
低い声。
「まだ足場が悪い。」
右腕はしっかり彼女の腕を支えている。
以前なら無理だった動き。
リゼットは思わずその腕を見る。
「……良かった。」
ぽつりと漏れた。
「腕。」
「?」
「本当に、治ってきましたね。」
その言葉に、
アルベルトは静かに微笑んだ。
「君のおかげだ。」
「私は何も。」
「いや。」
真っ直ぐ見つめる。
「君が薬を作ってくれた。」
「……。」
「君が諦めなかった。」
「……。」
「だから俺も諦めなかった。」
向かい合う。
感情が伝わる。
尊敬。
感謝。
そして、
どうしようもないほどの恋心。
リゼットは耐えきれず目を逸らした。
「……そんなふうに見ないでください。」
「え?」
「困ります。」
「……すまない。」
すぐに視線を外す。
彼は真剣に謝ってくれる。
(違う。)
(そうじゃない。)
困るのは、
その優しさに心が揺れてしまう自分なのに。
薬草を摘み終えた帰り道。
道端で小さな女の子が泣いていた。
「どうした。」
アルベルトがしゃがむ。
「おかあさんが……いない。」
迷子だった。
リゼットは目線を合わせて優しく微笑む。
「あなたのお名前は?」
「ミア。」
「では君のお母さんを一緒に探そう。」
十分後。
母親が駆けてきた。
「ミア!」
「おかあさん!」
親子は抱き合って泣いている。
「ありがとうございました!」
何度も頭を下げる母親。
その姿を見送りながら、リゼットはふと呟いた。
「……きっと。」
「?」
「いいお父さんになりますね。」
アルベルトの思考が止まった。
「俺が?」
「はい。」
「……。」
「子どもの扱いがやっぱり上手です。」
「……そうか。」
それだけ返事をして歩き出す。
しかし。
数歩先で耳が真っ赤になっている。
(いい、お父さん。)
その言葉が頭から離れない。
まさか。
リゼットが、自分との未来を少しでも想像したのだろうか。
そんな期待が胸をよぎる。
すぐに打ち消す。
(いや。)
(都合よく考えるな。)
けれど口元だけは、どうしても緩んでしまう。
後ろを歩くリゼットは、その背中を見ながら小さく苦笑した。
(今、すごく嬉しかったんですね。)
感情は、隠しきれていなかった。
(やっぱり子供好きなんだ。)
実は理由はそれだけではなかったのだが、
前を行くアルベルトの様子が少し可愛く思えてしまった自分に気付き、リゼットはまたそっと頬を赤らめるのだった。




