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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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12/31

12. 閉ざされた塔(前編)

春の終わり。

王都を吹く風は、少しだけ夏の匂いを含み始めていた。


その朝も、アルベルトは扉の前に立っていた。


「おはよう。」

「……おはようございます。」


もう驚かない。

というより、驚いても仕方がない。

毎朝いるのだから。


「今日は西の森へ薬草を採りに行きます。」

「同行する。」

「もちろんそうなりますよね。」


少し呆れたように笑う。

最近は、そんなやり取りが当たり前になっていた。






西の森。

そこは王都でも珍しい薬草が採れる場所だった。


「この花は朝露が付いているうちしか使えません。」

リゼットが小さな白い花を摘む。

アルベルトは籠を持ちながら後ろを歩いていた。


「これは?」

「違います。」

「毒草か。」

「毒草です。」

「……またか。」

「またです。」


思わず二人とも笑う。


静かな森に笑い声が響いた。


その時だった。



ヒュッ。



風を切る音。


アルベルトの身体が反射的に動く。


「伏せろ!」


ガキィン!!


矢が剣で弾かれる。


「っ!囲まれている!いつの間に…!」




木々の間から黒装束の男たちが姿を現した。


十人。


いや、それ以上。


十人以上も潜んでいたはずなのに、森には虫の音すら乱れた気配がなかった。


(これだけの人数で、何かおかしい…)




アルベルトの声が低くなる。


「リゼット。俺の後ろへ。」

「はい。」


男たちの狙いは明らかだった。


「娘を渡せ。」

「断る。」

「なら殺す。」


アルベルトは静かに剣を構えた。


右腕はもう、ほとんど以前の動きを取り戻している。


「下がっていろ。」

「でも……」

「大丈夫だ。」


その声に迷いはなかった。


戦いは圧倒的だった。


一人。


また一人。


男たちが倒れていく。


「速い!」

「こいつ!腕を怪我してるんじゃなかったのか!」



剣筋は以前にも増して鋭い。


リゼットは思わず見惚れてしまう。


(すごい……。)


しかし。



「助けてくれ!火事だ!!」


遠くで誰かの叫び声が響いた。


森の反対側で火の手が上がっている。


「村が!」

「くそ……!」


それは囮だった。



アルベルトが迷う。


村人を助けるか。


リゼットを守るか。


ほんの一瞬。


その隙を狙って、



パンッ!


白い煙玉が弾けた。


「!」


視界が真っ白になる。


「リゼット!」


彼女の返事がない。





煙が晴れた時には、

リゼットの姿だけが消えていた。


「団長!」


エリクが駆け寄る。


「村には援護の部隊が到着しました!救護活動に移っており問題ありません!」


アルベルトは答えない。


地面を見つめている。


落ちていたのは、

リゼットがいつも髪を束ねている青いリボンだった。


アルベルトはそれを拾い上げる。


震える指で。


「団長……?」


エリクは初めて見た。


アルベルトの顔から、すべての余裕が消えたのを。




「追う。」


低い声だった。


「すぐにだ。」


「しかし足跡が……」

「探す。」

「団長!」

「探すと言った。」


その声に、迫力に、団員の全員が息を呑む。


怒りではない。


焦りでもない。


恐怖だった。


失うことへの恐怖。



ーーーーー



一方、その頃。


リゼットが目を覚ますと、

そこは古い石造りの塔だった。


両手首には縄。

窓は高く、小さい。

逃げられない。


「目が覚めたか。」


黒いローブの老人が椅子へ腰掛けていた。


「あなたは……。」


「薬師よ、」


老人は笑う。


「いや。

 違うな。

 君は薬師ではない。」


「……。」


「薬を"育てる"者だ。」




リゼットの胸が冷たくなる。


知られている。




「長年探した。」


老人はゆっくり立ち上がる。


「薬草に生命力を与えられる人間を。」


「私は……」


「隠しても無駄だ。」


老人は机の上へ一株の枯れかけた薬草を置いた。


「やってみろ。」


「……。」


「できるはずだ。」


リゼットは首を振る。


「知りません。」


「なら。」


老人の笑みが消える。


「騎士を殺そう。」


リゼットの身体が震えた。


「……え?」


「アルベルトという男だったな。」


「!」


「君が話さなければ、まず彼から始めよう。


 私が仕掛けた細工で敵に囲まれても気付かない間抜けだ。


 造作もない。」



その瞬間。


リゼットは初めて、自分でも驚くほど強い怒りを覚えた。



恐怖ではない。


自分が傷つくことでもない。


アルベルトが傷つけられる。


その想像だけで胸が締め付けられる。



(嫌。)


(絶対に嫌。)



その感情に気付いた瞬間、彼女は自分自身へ問い掛ける。


どうして?


どうして、こんなに苦しいの?



答えは、もう胸の奥で静かに芽吹いていた。







一方、

リゼットを探し続けるアルベルトは、

見覚えのある薬草の葉が落ちているのを見つける。


「これは……」


エリクが拾い上げる。


「道しるべでしょうか。」


アルベルトは葉を握り締め、小さく笑った。


「そうだ。」


その笑みは優しかった。


「待っていろ、リゼット。


 君はどんな状況でも諦めたりしないだろう。


 だから俺も、絶対に諦めない。」



(閉ざされた塔・中編へ続く)


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