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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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13/31

13. 閉ざされた塔(中編)

石壁から水滴が落ちる音だけが響いていた。


ぽたり。


ぽたり。



リゼットは静かに息を整える。


(怖い。)


手は震えている。


心臓は苦しいくらい速く打っている。


それでも。


(泣かない。)


泣いても何も変わらない。


きっとあの人が、落としてきた道標を頼りに助けにきてくれる。


その希望がリゼットを強く支えてくれていた。





老人は部屋の隅で薬草を選り分けながら言った。


「君は勘違いしている。」


「…。」


「その力は隠すものではない。」


「…なんのこと…。」


「王侯貴族は莫大な金を払う。」


「…違います。」


「戦局だって変えられる。」


リゼットは老人を見つめ返した。


「私は……」


静かな声だった。


「薬は、お金や権力のためにあるんじゃありません。」


老人は鼻で笑う。


「青臭い。」


「苦しんでいる人を少しでも楽にするためにあります。


 だから薬師になりました。


 だから、あなたの言いなりにはなりません。」


老人の目が細くなる。


「つまらんな。だが、


 優しい者ほど壊しやすい。」


老人は笑った。 




「その綺麗事が、いつまで続くか見物だ。」






―――――




 

その夜。


二人の見張りのうち、食事を運んできた若い男が、

リゼットの向かいにしゃがんで小さくため息をついた。


(早く終わらないかな。)

(母さん、心配してるだろうな……。)


リゼットは顔を上げる。


(この人……。)


悪人じゃない。

雇われただけなんだ。


「……あの。」


男はびくっとする。


「何だ。」


「あなたのその足…」


「え?」


「痛みますよね。」


男は思わず足を押さえた。


昔折った古傷。

雨の日は特に痛む。

誰にも言っていない。


「どうして知ってる。」


「分かるんです。……薬師ですから。」


男は黙った。


「薬を作れます。

 少しだけ楽になる薬を。」


男は笑う。


「嘘つけ。騙されないぞ。」


「そうですよね。」


リゼットも笑った。


「でも。


 痛いのは本当でしょう?」


その言葉に、

男の心が揺れる。


(……本当に治るのか…?)






翌朝。


男はこっそり薬草を持ってきた。


「これで作れるか。」

「ありがとうございます。」


縄をほどいてもらい、

リゼットは薬を作り始める。


ほんの少しだけ。

いつものように、

薬草へ自分の力を移す。


光は見えない。

ただ少しだけ効き目が増す。


男が薬を塗る。


しばらくして。


「あれ……。」


足が軽い。


「痛くない。

 そんな……。」


リゼットは微笑んだ。


「治ったわけじゃありません。

 無理をしないでください。」


男はしばらく黙っていた。


(この人……。)

(純粋に人を助けたいだけなんだ。)







その夜。


男は小さな紙切れを差し出した。


「塔の地下に抜け道がある。」

「俺は何も見なかった。」

「急げ。」


リゼットは深く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


「……俺の方こそ…。」








一方。



アルベルト達は夜通しで探し続けていた。


塔のある山へ続く道。


アルベルトは地面へしゃがみ込む。


「団長。」


エリクが声を掛ける。


「落ち葉が気になるんですか?もうじき夜明けですよ。」


アルベルトは薬草を一枚拾い上げる。


リゼットが好んで使う"白星草"。


茎が、わずかに東を向いて折られている。


「……違う。」

「え?」

「これは落ちたんじゃない。」


一本。


また一本。


一定の間隔で落ちている。


アルベルトは静かに目を閉じた。


「……そうか。


 これは道標だ。」


エリクが息を呑む。


「まさか、これもリゼットさんが?」


「そうだ。」


アルベルトの口元に、小さく笑みが浮かぶ。


「俺たちが来ることを信じてくれている。」


その一言には、揺るぎない確信があった。









夜明けに差し掛かる頃、


リゼットは地下通路を音を立てないよう歩く。



風がふいてきた。


あと少し。


出口だ。



その時だった。



「どこへ行く。」


老人だ。


見つかった。



「お前には期待してやったのに、残念だ。」


杖が振り下ろされる。


リゼットは咄嗟に避ける。


近くの薬棚が倒れ、古い薬草が床へ散らばった。


(薬草……。)


その瞬間。


彼女は散らばった籠からある小袋を掴む。


中身は乾燥させた"眠り花"。


「これで…!」


床へ叩きつけた。


白い粉が舞い、その粉を吸い込んだ見張りたちが咳き込む。


「なんだこれは……!」


「薬師を甘く見ないでください!」


老人だけは笑った。


「面白い。」


杖を構える。




「だがもう終わりのようだな。」




リゼットは後ずさる。


壁。


逃げ場がない。




(まだ終われない。)


(あと少しだけでも時間を稼げば――)





その時だった。



――ドォォン!!



轟音とともに塔の石壁が内側へ吹き飛んだ。


石片が四方へ弾け飛ぶ。


冷たい夜風が一気に流れ込んだ。


土煙の向こうから、


一人の騎士が歩いてくる。


月明かりを背負って。


銀の髪が土煙の中で静かに揺れる。


剣を抜いたまま。


アルベルトだった。






(……来て、くれた。)






普段なら。


まず状況を確認する。


敵の数を見る。


仲間へ指示を出す。



だが今の彼は違った。



視線は一つ。


リゼットだけ。



縄で擦れた手首。


泥だらけの服。


青ざめた顔。



それを見た瞬間――




胸の奥で、何かが切れた。




「……お前、」


声が低く響く。


老人へ向けられた殺気に、空気そのものが震えた。


エリク達が思わず息を止める。


(団長……。)

(こんな顔、初めて見る。)



アルベルトは一歩踏み出す。


「その人から離れろ。」


静かな声なのに、


怒りが抑え切れていない。


老人が笑う。


「あの時の間抜けか。ずいぶん遅かったな。」


その瞬間。


アルベルトの剣を持つ手に力がこめられる。


剣先がわずかに震える。


老人へ向けられた殺気だけで空気が張り詰める。


一歩踏み込めば、 老人の首は飛ぶ。




「アルベルト様!」



リゼットが叫んだ。


「怒らないで!」


アルベルトの動きが止まる。


彼女は震えながら、それでもまっすぐ彼を見ていた。


「その人を殺してしまって……」


息を吸う。


「あなたがあなたじゃなくなるなら……私は嫌です。」




その一言で。




アルベルトの手から、力がゆっくり抜けていく。





怒りだけで剣を振るっても勝てるかもしれない。


でも、それはリゼットが望む騎士ではない。





彼は静かに息を吐いた。


そして、いつものアルベルトの声に戻る。


「……ありがとう。」


剣を構え直す。


「必ず助ける。」


「そして、必ず生きて帰る。」


リゼットは泣きそうな顔で頷いた。


「……はい。」





その瞬間、二人の心は初めて同じ方向を向いた。


恋人ではない。


まだ想いも伝えていない。


それでも――


互いを信じる心だけは、誰にも断ち切れなかった。


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