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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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6. すれ違う想い

春の気配が少しずつ王都を包み始めていた。

薬屋の前に植えられた小さなハーブにも、新芽が顔を出している。


リゼットは店先で薬草を束ねながら、小さくため息をついた。


「……今日も。」


口に出した瞬間、はっとする。


(違う。…この想いはそうじゃない。)


なのに。

胸のどこかでは、扉が開く音を待っている。



――――



「団長。」


訓練を終えたアルベルトへ、副官のエリクが声を掛けた。


「最近、薬屋へ行っていませんね。」

「……ああ。」

「喧嘩ですか?」

「違う。」

剣を布で拭きながら答える。

「避けられている。」

「は?」

「理由は分からん。」

あまりにも真顔なので、エリクは思わず吹き出した。

「いやいや、それで終わりですか!」

「終わりだ。」

「聞きに行けばいいでしょう!」

「嫌がっている相手を追う趣味はない。」

「……団長。」

「待つ。」


それだけ言って歩き去る。

エリクは頭を抱えた。

「頑固か……。」



――――――



数日後。

王都では春祭りの準備が始まっていた。


色とりどりの旗。

屋台。

音楽。

子どもたちの笑い声。


リゼットは薬草を納品するため市場へ来ていた。

「これで全部です。」

「いつも助かるよ。」


店主へ荷物を渡し、帰ろうとしたその時だった。


「リゼットさん!」


振り返る。


若い商人だった。


以前、薬を買いに来たことがある青年。


「この前のお礼です!」

花束を差し出してくる。

「え?」

「その……今度、一緒に祭りを歩きませんか。」


リゼットは困った。


感情が伝わってくる。

好意。

純粋な恋心。


だからこそ申し訳ない。


「ごめんなさい。」

「まだ何も言ってません!」

「……その先が分かってしまって。」


青年は苦笑する。


「なぜ言う前にバレてしまったのか、不思議です。」

「……。」



断ろうとした、その時。


市場の向こうから歓声が上がる。


「騎士団だ!」


巡回中のアルベルトたちだった。




彼は人混みの向こうで足を止める。




リゼットと。


花束を持つ青年。


それだけ見えた。


胸が静かに痛んだ。




(……そうか。)


彼女にも、そういう相手が現れる。


当然だ。


あれほど優しい人なのだから。





視線は一瞬だけ。


アルベルトは何事もなかったように歩き去る。




その感情が、遠く離れていてもリゼットへ届く。



寂しい。


でも邪魔はしたくない。




その静かな諦めに、リゼットは胸を締め付けられた。

「違う……!」

思わず声が出た。


アルベルトは振り返らない。

人混みへ消えていく。


「騎士様!」


気付けば走っていた。

青年も花束も忘れて。


人をかき分け、

必死に追いかける。

ようやく見つけた背中へ。


「待ってください!」

アルベルトが驚いたように立ち止まる。

振り返ると、息を切らしたリゼットがそこにいた。


「……どうした。」

「違います。」

「何がだ。」

「さっきの方は……。」


説明しようとして、

言葉が止まる。


(私は何を言おうとしてるの。)


断ったんです?

誤解です?


そんなことを言う必要があるの?


アルベルトは困ったように微笑んだ。

「気にするな。」

「でも……。」

「君が誰を選ぼうと自由だ。」


その穏やかな言葉が、一番苦しかった。


(違う。)

(そうじゃない。)

(そんな顔で諦めないで。)


けれど。


「……失礼します。」


リゼットは結局、それ以上何も言えず頭を下げてしまう。


アルベルトも追いかけない。


また二人は、反対方向へ歩き始めた。


春風だけが、その間を静かに吹き抜けていった。




ーーー




その夜。

リゼットは眠れなかった。


何度も思い返すのは、あの時のアルベルトの笑顔。


怒っている方がよかった。

問い詰められた方が楽だった。


なのに彼は、何も求めず、何も責めず、ただ自分の気持ちを胸にしまい込んでしまった。







一方、騎士団の宿舎では。


「団長。」

エリクが隣に腰を下ろす。

「酒でも飲みませんか。」

「今日はいい。」

「まだ引きずってるんですか?」

アルベルトは苦笑した。

「……女性というものは、思っていたより難しい。」

「団長でもそんなこと言うんですね。」

「剣のことなら迷わない。」


窓の外を見つめながら、小さく続ける。


「だが、彼女を笑顔にする方法だけは、さっぱり分からん。」


その言葉を聞いたエリクは、思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえた。


(団長……。)

(それ、もう完全に恋煩いですよ。)


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