4. もう一度、会えたなら
あの日から五日。
右腕の傷は塞がり始めていた。
それでも古傷の痛みは消えない。
「団長!」
昼過ぎ。
訓練場へ駆け込んできた若い騎士が、息を切らしながら叫んだ。
「巡回班が魔物に襲われました!」
アルベルトは立ち上がる。
「被害は。」
「二人が取り残されています!」
「分かった。」
迷う理由はなかった。
剣を腰へ差し、そのまま訓練場を飛び出す。
「団長、その腕では!」
副隊長エリクの声が飛ぶ。
「私が向かいます!」
「あの二人は相当な剣の腕だ。
その二人が手こずっているとなると、お前一人では間に合わん。
…それに、何かあったときはお前がここに残っていないと部下が困る。」
「…!! 団長…、それはどういう意味で……!」
問いかけには応えず言い放つ。
「俺が行く。」
それはこれ以上の追求を許さない重さがあった。
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王都の通りを駆け抜ける。
目的地まではまだ距離がある。
その途中。
「あ、あなたは?」
聞き覚えのある声に足が止まった。
振り向くと、薬草の籠を抱えたリゼットが立っていた。
「あ……。」
彼女は右腕の包帯を見る。
そして、自分を見るなり眉をひそめた。
(焦ってる。)
(無茶をするつもり。)
言葉より先に感情が伝わってくる。
胸が締め付けられるほど真っ直ぐな責任感。
誰かを助けたい。
その想いだけで走っている。
「何かあったんですか?」
「部下が取り残された。」
アルベルトは迷わず答えた。
「助けに行く。」
その一言だけで十分だった。
リゼットは静かに目を伏せる。
(やっぱり。)
この人は、自分のことなんて後回しだ。
助ける相手がいるなら、きっと迷わない。
右腕がどれだけ痛くても。
「その腕では危険です。」
「承知の上だ。」
「傷が開きます。」
「それでも行く。」
即答だった。
その言葉に嘘はない。
リゼットにも分かった。
止めても、この人は行く。
「……。」
しばらく黙って考える。
無理に止めても意味はない。
それなら。
少しでも無事に帰ってこられるようにするしかない。
「少しだけ、お待ちください。」
リゼットはポケットから小さな布袋を出した。
薬草の優しい香りがする。
それをアルベルトへ差し出した。
「これは?」
「痛み止めと傷薬です。」
アルベルトは袋を受け取る。
「前より効くように試行錯誤しました。まだ試作段階ですが…」
「……そうか。」
「本当は。」
包帯の巻かれた右腕へ視線を落とす。
リゼットは少しだけ困ったように笑う。
「行ってほしくありません。」
アルベルトは目を見開く。
その言葉に込められていたのは恋心ではない。
患者を心配する薬師としての、まっすぐな想い。
だからこそ一層胸に響いた。
「でも。」
リゼットは真っ直ぐアルベルトを見つめる。
「止めても、行かれますよね。」
「……ああ。」
「でしたら。」
小さく息を吸って微笑む。
「必ず帰ってきてください。」
その笑顔は、どこまでも穏やかだった。
アルベルトは布袋を握りしめる。
「約束する。」
それは騎士としてではなく。
一人の男として、自然に口をついて出た約束だった。
そしてアルベルトは、夕暮れの街を駆け出していく。
その背中を見送りながら、リゼットは胸の奥で静かに祈った。
(どうか、無事で。)
まだ恋ではない。
ただ、もう二度と血だらけで倒れてほしくない。
その願いだけが、夕風に乗って遠ざかる背中を追いかけていた。




