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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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3. 眠れない夜

夜は静かだった。


騎士団の宿舎。


窓から入る風が、机の上の書類を揺らしている。


アルベルトは右腕の包帯を巻き直し、小さく息をついた。


「……。」


傷はまだ痛む。


古傷の上を斬られたせいで、腕に熱が残っていた。


それでも今日は、不思議と心は落ち着いている。


いつもなら怪我をした夜は、自分への苛立ちで眠れない。


(また右腕を庇った。)


(また遅れた。)


(昔なら防げた。)


そんな考えばかりが頭を巡る。


だが今日は違った。


思い浮かぶのは。


薬草の香り。


小さな家。


そして。


栗色の髪の女性。


「……変な人だ。」


思わず口に出る。


俺に構うなと言われて、本当に帰ろうとした。


普通ならもっと食い下がる。


説得する。


叱る。


だが彼女は違った。


『でしたら、出過ぎた事を言いました。』


あっさりと背中を向けた。


(あそこで帰られたら。)


少しだけ困った。


……いや。


かなり困った。


自分でも認めたくないが、あの時にはもう、右腕の痛みより「あの人が本当に行ってしまう」という焦りの方が大きかった気がする。


「……。」


俺は額に手を当てる。


何を考えている。


たった一度会っただけだ。


名前も聞いていない。


それなのに。


胸のどこかが落ち着かなかった。


---


その頃。


リゼットは自宅の机で、薬草を干していた。


夕方使った薬草の残りを、一つ一つ紐で束ねていく。


今日も一日が終わった。


それだけのはずだった。


「……。」


ふと、血で染まった包帯が頭に浮かぶ。


銀髪の騎士。


無表情で「構うな」と言った人。


(ちゃんと帰れたかな。)


少しだけ気になる。


でも、それだけだった。


恋ではない。


そもそも、会ったばかりの人を好きになるなんて、リゼットには考えられなかった。


ただ。


困っている人を見ると放っておけない。


昔から、それだけは変わらない。


「明日は傷が少しでも良くなっているといいけど。」


ぽつりと呟き、薬草籠を片付ける。


それで終わり。


気持ちは切り替わる。


---


一方、アルベルトは眠れずにいた。


布団へ入っても目が冴える。


(……寝ろ。)


自分に命令する。


だが脳裏には。


『今日は、ちゃんと休んでください。』


優しい声が何度も蘇る。


「努力する。」


『努力ではなく、休んでください。』


思い出しただけで、少しだけ笑ってしまう。


「……あの人。」


怖くないのか。


騎士団長である自分は、態度や表情から相手に威圧感を与えてしまうようで、あんなふうに最初から面と向かって堂々と言ってくる人間は初めてだった。


しかも。


叱っているわけではない。


ただ、本気で自分のことを心配していた。


あの真っ直ぐな瞳を思い出す。


「……。」


胸が少しだけ温かい。


この感覚は何だ。


戦場で勝った時とも違う。


部下に感謝された時とも違う。


名前が分からない。


だから考えるのをやめた。


「傷が治れば。」


天井を見上げながら呟く。


「もう会うこともない。」


そのはずだった。


そのはずなのに。


心のどこかでは、もう一度あの笑顔を見たいと思っている自分がいた。


その願いに気付かないふりをして。


アルベルトはようやく静かに目を閉じた。


---


同じ夜。


同じ王都。


一人は「もう会わない」と思いながら眠りにつき。


もう一人は「また会ったら傷が治っているといい」と思いながら灯りを消した。


二人ともまだ知らない。


運命とは、大きな出来事ではなく。


「もう一度会えたらいい」


そんな小さな願いから、静かに動き始めるものだということを。


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