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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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30/31

30. 白猫が結ぶ縁


昼下がり。


澄み渡る秋空の下。


色づいた木々が石畳へ影を落としていた。


人々は実りの季節を楽しむように穏やかな笑顔で行き交っている。




往診を終えたリゼットは、薬箱を抱えながら石畳の道を歩いていた。


頬を撫でる秋の風は、少しひんやりとして心地よかった。



あの日。


アルベルトは、まっすぐリゼットを見つめて言った。


「俺自身の言葉で伝える。」


その約束を胸に、二人は別れた。





けれど翌日から、王都では慌ただしい日々が続いていた。





西門で見つかった、魔石粉の混じった麻袋。


記録にあった十二袋のうち、一袋だけが消えていた。


魔石が王都内に持ち込まれている可能性が高い。




その出所を突き止めるため、騎士団は王都中を駆け回っていた。


団長であるアルベルトもまた、朝早くから夜遅くまで調査と指揮に追われていた。




一方のリゼットも、


薬屋を訪れる患者の診察に加え、


魔石の影響を受けた人々の容体を確かめるため、


王城から呼ばれる日が何度もあった。





同じ王都にいるのに。





二人は、一度も顔を合わせることができなかった。




――もっとも。




アルベルトが何もしていなかったわけではない。




リゼットが出かける時は、


レオンやエイドリックが付き添ってくれた。


薬屋にはアシェリーや他の女性騎士が頻繁に顔を出し、


街を巡回する騎士の姿も以前より増えている。


きっと、すべてアルベルトの指示なのだろう。


そして今日の往診にも、スヴェンが付き添ってくれていた。








「そろそろ、お店へ戻りましょう。」


リゼットが歩き出すと、スヴェンは薬箱を見ながら少し照れくさそうに笑った。


「今日もありがとうございました。」


「え?」


「患者さん、皆さんリゼットさんの顔を見ただけで安心したように笑っていました。」


リゼットは少し困ったように微笑む。


「お薬だけでは治せないこともありますから。」


「……団長が心配される理由が、少し分かった気がします。」


「え?」


「い、いえ! 何でもありません!」


慌てて話を逸らすスヴェンに、リゼットは小さく首を傾げた。




その時だった。




「……みゃあ。」





か細い鳴き声が聞こえた。


「?」


「猫、でしょうか?」




二人は立ち止まり、辺りを見回す。


道端の低い茂みが、小さく揺れた。


「そこですか?」


しゃがみ込み、葉をそっとかき分ける。


すると、小さな白猫が丸くなって震えていた。


「まあ……。」




毛並みは綺麗で、首輪も付いている。


野良猫ではない。


だが、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。




「大丈夫ですか?」


そっと抱き上げた瞬間、小さな身体から苦痛が流れ込んできた。




息苦しさとは違う。


怯えだけでもない。


身体の内側を押さえ込むような、不快な痛み。




リゼットは猫の身体を支えながら、そっと眉を寄せた。


(どこかが、痛むのですね。)


猫は言葉を話せない。


けれど、向かい合った相手の感情をわずかに感じ取れるリゼットには、その辛さだけは伝わってきた。




薬箱を開き、腹部を優しく触診する。


「ひどい熱はなさそうですね……。」


口の中を確かめる。


目立った腫れはない。


少し考え、道端に生えている草へ視線を向けた。


「あ……。」


猫が噛んだ跡のある草。


その近くには、胃を荒らしやすい野草が混ざっていた。


「これを食べてしまったんですね。」


「その草ですか?」


「恐らく。噛み跡があります。」


リゼットは薬箱から、動物にも使える穏やかな薬草を取り出した。


携帯していた湯で薄く煎じ、十分に冷ましてから、少量だけ飲ませる。


さらに、お腹を優しく撫でながら小さく微笑んだ。


「少しずつ楽になりますよ。」


猫は安心したように目を閉じる。


先ほどまで身体を強張らせていた苦痛が、少しずつ薄れていく。


代わりに伝わってきたのは、温もりに身を委ねるような安堵だった。


その小さな変化に、リゼットもほっと息をついた。


「よかった。」


「すごい……! 猫も診られるんですか!?」


リゼットはくすりと笑う。


「診られる、というより……様子を見ているだけですよ。」




しばらくすると、猫は自分で立ち上がり、元気そうに「にゃあ」と鳴く。


「もう歩けますか?」


「人も動物も助けられるなんて、本当にすごいです。」


リゼットは少し照れたように首を振る。


「この子が頑張ってくれたんです。」


猫の頭を撫でると、嬉しそうに喉を鳴らした。





その時だった。





「ミルフィー!」




遠くから、女性の声が響く。


続いて、慌てた様子の青年も駆けてくる。


スヴェンがリゼットの前に出て一気に警戒を強める。





「お嬢様! あちらです!」


二人は息を切らしながら近付くと、リゼットの腕の中の猫を見て、目を大きく見開いた。


「ミルフィー!」


猫は嬉しそうに鳴いて駆け出し、女性の腕へ飛び込んだ。


「よかった……本当によかった……。」


女性は猫をその腕の中へ抱き締め、そのまま目を潤ませる。


「ごめんなさい……怖かったでしょう……。」


その様子に、リゼットは自然と微笑んだ。


女性が猫を抱き締める姿を確認すると、スヴェンもようやく剣の柄から手を離した。





「失礼ですが、どちら様ですか?」


スヴェンが尋ねると、青年は深々と頭を下げる。


「失礼しました。私たちは、この猫を……。」


「探しておられたのですね。」


「はい……。」


青年は困ったように話してくれた。


「朝から急に食欲がなくなってしまいまして……。どこが悪いのか分からず、薬屋を回っていたんです。少しでも診てもらえればと思いまして。

籠へ入れていたのですが、途中で扉を押し開けて飛び出してしまい……。気付いた時には姿が見えなくなっていました。」



女性も猫を抱き締めながら、小さく頷く。


「何も食べなくなってしまって……とても心配で……。」


その声には、深い不安が滲んでいた。



リゼットは猫の背を優しく撫でながら説明する。


「恐らく、もともと季節の変わり目で胃が弱り、食欲が落ちていたのでしょう。逃げ出したあとでこの草を口にし、さらに胃を荒らしてしまったようです」


女性は驚いたように足元の草を見つめた。


「そうだったのですね……。」


「もうお薬を飲ませましたので、大きな心配はいりません。」


リゼットは猫を見つめながら続けた。


「今日は無理に食べさせようとせず、お水だけは飲めるようにしてあげてください。食欲が戻ってきたら、一度にたくさんではなく、少しずつ消化の良いものを食べさせてあげると、お腹への負担が少なくなります。それから今日は暖かい場所で、ゆっくり休ませてあげてくださいね。」


女性は何度も頷いた。


「ありがとうございます……。本当に安心しました。」


その言葉は、とても優しいものだった。


身なりは上品だったが、どこか気取ったところはなく、ただ大切な家族を心配する一人の女性だった。


リゼットは柔らかく微笑む。


「元気になって、本当によかったですね。」


「はい。」


女性もようやく笑顔になる。


「あなたのお名前を伺っても?」


「リゼットと申します。薬師です。」


「リゼットさん……。」


女性はその名を大切そうに繰り返した。


「私は……。」


一瞬だけ言葉を止める。


だが、従者が小さく首を振った。


女性は意味を察したように微笑み直す。


「いえ、今日は恩人にお礼だけお伝えさせてください。名乗れない非礼をどうかお許しください。

また、どこかでお会いできたら改めてお礼をさせてくださいね。」


「お気になさらず。ミルフィーちゃんをゆっくり休ませてあげてください。」




軽く会釈を交わし、二人は猫を抱いて去っていく。




去り際、白猫がリゼットの方を振り返った。




「にゃあ。」




その小さな鳴き声には、先ほどまでの苦しさはもうなかった。


代わりに、温かな感謝のようなものが伝わってきた。


まるで、「ありがとう」と言われたような気がした。


リゼットは嬉しそうに微笑む。


「どういたしまして。」








二人の姿が見えなくなるまで見送ると、スヴェンが小さく首を傾げた。


「……あの方。」


「どうかしましたか?」


「どこかでお見掛けした気がするんですが……思い出せません。」


「王都は広いですからね。」


リゼットは穏やかに笑う。


「そう……ですね。」


スヴェンは去っていく背中を見つめたまま、眉を寄せた。


胸の引っ掛かりだけは消えない。


(どこで見たのだっただろう……。)



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