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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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28. ありのままの君を


薬屋内は静かな空気につつまれてた。


――「そんなの、ずるいでしょう?」


滲んだ空色の瞳が、彼女の涙で苦しそうに揺れる。








「公平ではありません。」


「私は最初から、相手より多くのことを知ったまま向き合うことになる。」


「だから、自分には誰かを好きになる資格なんてないのだと……ずっと、そう思っていました。」






アルベルトは静かに目を見開いていた。


今までの出来事が、彼の中で繋がっていく。


初めて出会った日。


言葉には出さなかった痛みに、リゼットが気づいた理由。


自分が彼女へ惹かれていくほど、リゼットが戸惑うように距離を置いた理由。


名を呼ぶだけで、困ったように目を伏せていた理由。






リゼットは唇を震わせた。


「アルベルト様の気持ちも……分かっていました。」


アルベルトの瞳が、大きく揺れる。


「いつからだ。」


責める声ではなかった。


リゼットは俯いたまま、かすかに首を横へ振る。


「いつからとは、はっきり言えません。」


「最初は感謝でした。」


「安心や、信頼でした。」


「けれど、それが少しずつ変わっていくのが……私には分かってしまった。」




名前を呼ばれた時の、柔らかな喜び。


自分が笑えば、胸に灯る温かさ。


近くにいる時の安堵。


そして、自分を大切に思ってくれる、真っ直ぐな想い。




「嬉しかったんです。」


リゼットの声が震える。


「嬉しくて……同じくらい、苦しかった。」


「アルベルト様がまだ何も告げていないのに、私だけが先に知っている。」


「あなたがご自分の気持ちに気づくより先に、私は逃げることもできた。」


「知らないふりをして、何もなかったことにもできた。」


「そんな自分が、卑怯に思えました。」


涙が一粒、膝へ落ちた。


「だから、知らないふりをすることしかできなかった。」


「あなたが近づいてくれるたびに、私は嬉しいのに、怖くなって……。」




声が途切れる。




何度も飲み込んできた本当の言葉が、ようやくこぼれ落ちる。




「もし、この力を気味が悪いと思われたら。」


「もし、心を覗かれていたようで怖いと思われたら。」


「あなたまで失ってしまう。」



リゼットは、ようやく顔を上げた。



涙で滲む視界の向こうに、アルベルトがいる。


その顔を真っすぐに見ることさえ怖かった。


それでも、もう逃げなかった。




「それが……一番、怖かったんです。」







室内を、長い沈黙が満たした。


アルベルトの感情は、すぐには伝わってこなかった。




驚き。


戸惑い。


そして、その奥にある何か。




それを感じ取ろうとした瞬間、リゼットは慌てて目を逸らした。




もう、知ってはいけない。


今は彼の言葉を待たなければならない。




「だから、大人になってから、このことを話したのは……。」


震える息を整え、リゼットは続けた。


「アルベルト様が、初めてです。」






やがて、椅子が静かに軋んだ。





アルベルトが立ち上がる。




リゼットの身体が、わずかに強張った。




彼が離れていくのだと思った。




けれど、足音は遠ざからなかった。




アルベルトはリゼットの前まで歩み寄ると、そっと片膝をついた。


二人の視線が、同じ高さになる。


「リゼット。」


その声は、どこまでも優しかった。


「君は今、自分が何より恐れてきた秘密を、俺に預けてくれた。」


「それがどれほど怖いことだったのか、俺には想像することしかできない。」


リゼットの瞳から、再び涙がこぼれる。


「ありがとう。」


また、その言葉だった。


アルベルトは穏やかに微笑んだ。




「俺を信じて話してくれて、ありがとう。」




「ですが……。」


リゼットの唇が震える。


「私は、あなたの気持ちを……あなたより先に知ってしまいました。」




アルベルトは、しばらく何も言わなかった。


やがて、静かに首を横へ振る。


「君が知ったことで、俺の気持ちが生まれたわけではない。」


リゼットは目を見開いた。


「君が感じ取っていたとしても、俺が君に惹かれたことも、君を大切に思うことも、俺自身が選んだことだ。」


迷いのない眼差しが、リゼットを捉える。


「君の力に、俺の心を決められたわけではない。」


「だから、卑怯でもなければ、不公平でもない。」


「君はただ、伝わってきた感情を受け取っていただけだ。」


その言葉が、長い間リゼットの胸を締めつけていた罪悪感へ、静かに触れた。


「それに。」


アルベルトの声が、少しだけ柔らかくなる。


「知られていたのなら、少し恥ずかしくはある。」


「え……。」


思いがけない言葉に、リゼットは涙を浮かべたまま瞬いた。


アルベルトは、わずかに視線を逸らした。


「自分でも気づかないうちから、すべて顔に出ていたということだろう。」


「すべてでは……。」


「なら、少しは隠せていたのか。」


あまりにも真面目に尋ねるので、リゼットの口元から小さな笑いがこぼれた。


涙の途中で生まれた、かすかな笑み。


アルベルトはそれを見て、安堵したように目元を緩める。


「だが、怖いとは思わない。」


その言葉に、リゼットの笑みが止まった。


「気味が悪いとも思わない。」


アルベルトは、真っすぐに彼女を見つめる。




「君は君だ。」




その声には、一片の迷いもなかった。




「薬草の力を引き出せるから、君に惹かれたわけではない。」


「人の感情が分かるから、惹かれたわけでもない。」


「初めて会った日。」


「傷ついた俺へ、誰も近づけなかったあの日。君だけが逃げずに声を掛けてくれた。」


「構うなと言った俺を見捨てず、手を差し伸べてくれた。」


アルベルトの瞳が、穏やかに細められる。


「その時から、俺は君という人に惹かれていた。」



リゼットは涙を拭うことも忘れ、彼を見つめた。



「だから。」



アルベルトは一度、言葉を区切った。



「君の力ではなく。」



真っすぐに、リゼットの瞳を見つめる。




「君自身を守りたい。」




その一言で、胸の奥に張り詰めていたものが、音を立ててほどけた。




怖かった。


知られたら、すべてが終わると思っていた。


今までと同じように見てもらえなくなる。


離れていってしまう。


そう思っていた。



けれど、目の前の人は違った。



力を恐れず。


秘密を責めず。


先に気持ちを知っていたことさえ、リゼットの罪ではないと言ってくれた。




アルベルトは涙を拭おうとはせず、ただ静かに彼女のそばにいた。


無理に触れることも、抱き寄せることもしない。


ただ、逃げずに目の前にいてくれる。




「泣いてもいい。」


その一言だけを添えて。




リゼットは声を殺して泣いた。


長い間、一人で抱えてきた秘密。


誰にも話せなかった孤独。


誰かを信じたいと願いながら、それを諦め続けてきた日々。


そのすべてが、涙とともに静かに溶けていく。




薬屋へ、夕陽が差し込んでいた。




その温かな光は、長い間リゼットを縛り続けてきた過去を、優しく照らしていた。




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