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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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26. 信じる強さ


朝の時を告げる鐘が、ゆっくりと鳴り終わった。


それでも、アルベルトは現れなかった。


リゼットは薬屋の前に立ったまま、何度も通りの向こうへ目を向けた。



市場へ急ぐ人々が行き交い、荷車の車輪が石畳を鳴らしている。



パン屋の女主人が、店先から不思議そうにこちらを見た。


「あら。今日は騎士様、一緒じゃないのかい?」


「ええ……。少し遅れているのかもしれません。」


そう答えながらも、胸の中の不安は消えなかった。




アルベルトは約束を軽く扱う人ではない。


来られなくなったのなら、きっと何か理由がある。



けれど、昨夜のことが頭をよぎる。


自分が袖を掴んだこと。


困ってはいないと伝えたこと。


そして彼が、これ以上は止まれなくなりそうだと告げたこと。




もしかすると、あれを後悔しているのだろうか。


また自分を困らせたと思い、一人で距離を置こうとしているのではないか。




そこまで考えて、リゼットは強く首を横に振った。




昨日、約束したばかりだ。


勝手に決めつけない。


一人で答えを出さない。


アルベルトを信じると決めた。




「大丈夫……。」


小さく呟き、籠の持ち手を握り直す。


もう少しだけ待とう。


そう思った時だった。




遠くから、石畳を激しく打つ蹄の音が聞こえてきた。


人々が慌てて道を空ける中、一頭の馬が薬屋の前へ駆け込んでくる。


「リゼットさん!」


馬上から声を上げたのは、レオンだった。


額には汗が滲み、普段よりも険しい表情をしている。


「よかった。まだ市場へ出ていなかったんですね。」


「何かあったんですか?」


レオンは一度息を整え、それから早口に告げた。


「西門で、商人が倒れました。」


リゼットの表情が引き締まる。


「倒れた?」


「はい。荷を運び込もうとしていた商人が、突然苦しみ始めて……。西門近くの薬屋から薬師を呼んで診てもらっていますが、原因が分からないようです。それで、団長がリゼットさんも呼ぶようにと。」


「アルベルト様が?」


「ええ。」




その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に絡みついていた不安が少しだけほどけた。


来なかったのは、自分を避けたからではない。


急な事件が起きたのだ。




けれど、安心している場合ではない。




「商人の様子は?」


「呼吸が苦しそうで、意識もはっきりしません。近くにいた者も、目や喉に痛みを訴えています。」


リゼットはすぐに薬屋の扉を開けた。


「少しだけ待ってください。」


店の奥へ入り、壁際に置いてある薬箱を手に取る。


呼吸器の症状に使う薬草。


毒を薄めるための粉末。


布、清潔な水、小瓶。


必要になりそうなものを素早く確かめる。


最後に、乾燥させた薄緑色の葉を一束、薬箱の奥へ入れた。


本来ならば、強い毒や呼吸困難に使えるほどの効力はない。



けれど、自分の力を重ねれば――。




その考えを振り払うように、薬箱の蓋を閉じた。




「行けます。」


リゼットが薬箱を手に店の外へ戻ると、レオンはすぐに馬上から手を差し伸べた。


「失礼します。急ぎますので、後ろへ乗ってください。」


「はい。」


リゼットはその手を借りて馬へ乗り、薬箱を胸元へ抱えた。


「しっかり掴まっていてください。」


レオンが手綱を引く。


馬は勢いよく向きを変えると、西門へ向かって石畳を駆け出した。




◇◇◇




王都の西門へ近づくにつれ、通りの様子が変わっていった。


荷車は道の端へ寄せられ、騎士たちが人々を遠ざけている。


門の前には商人や旅人たちが集まり、不安そうにざわめいていた。



「下がってください!」


「荷には触れないで!」



騎士たちの声が飛び交う。


その中心に、見慣れた銀色の髪が見えた。


「アルベルト様。」


呼びかけると、アルベルトがすぐに振り返った。


厳しい表情が、リゼットの姿を認めた瞬間だけわずかに緩む。


「リゼット。」


彼はすぐにこちらへ歩み寄ってきた。



「急に呼び出してすまない。」


「いいえ。商人の方は?」


「あちらだ。」


アルベルトが視線を向ける。




門の脇に敷かれた布の上へ、一人の中年の商人が横たえられていた。


顔は青白く、荒い呼吸を繰り返している。


口元には薄く泡が滲み、喉を押さえる指が震えていた。


西門近くで薬屋を営む年配の男性薬師が膝をつき、脈を確かめている。


その周囲には数人の騎士が立ち、さらに離れた場所では二人の商人が目を洗っていた。




「近くにいた者たちも症状が出ている。」


アルベルトが低い声で説明する。


「倒れた商人ほど重くはないが、目と喉に痛みを訴えている。」


「何かを食べたのではなく、吸い込んだ可能性があります。」


リゼットが答えると、アルベルトは頷いた。


「俺たちもそう考えている。以前、魔石の影響を受けた者たちと似た症状が出ている。」


「荷物は?」


「あの荷車だ。」



門の近くに、幌をかけた荷車が止められている。


地面には破れた麻袋が一つ落ちていた。


中から灰色がかった粉がわずかにこぼれている。


周囲の騎士たちは口元を布で覆い、慎重に荷を調べていた。



リゼットは一歩近づこうとしたが、アルベルトの腕が前へ出た。



「待て。」


「でも、確認しなければ。」


「近づくなら、これを。」



アルベルトは自分の腰に下げていた清潔な布を外し、リゼットへ差し出した。



「口元を覆ってくれ。」


「アルベルト様の分は?」


「俺には別の布を用意させる。」



その声に譲る気配はない。


リゼットは少し迷ったあと、布を受け取った。



「ありがとうございます。」




リゼットは刺激を和らげる薬草を布の間へ挟み、口元を覆った。


麻袋へ近づく。


強い臭いはない。


けれど、わずかに鉄のような、乾いた香りがした。


粉の中には、小さな黒い粒が混じっている。




リゼットは目を凝らした。


光の加減で、その粒が紫色を帯びているように見える。


胸の奥が冷たくなる。


「……魔石。」


アルベルトの表情が険しくなる。


「分かるのか?」


「以前見たものと似ています。ただ、砕かれて何かの粉に混ぜられているようです。」


リゼットは直接触れないよう、細い木片で粉を少しだけ掬った。


「薬草の粉にも見えますが……これは薬ではありません。」



鼻や喉から吸い込ませるために作られたもの。


あるいは、荷を開いた時に舞い上がるよう仕込まれたもの。


魔石は感情を増幅し、判断力を奪う。


粉にして吸い込めば、身体にも何らかの悪影響が出るのかもしれない。



「この袋を開けた直後に倒れたんですか?」


近くにいた騎士へ尋ねると、若い騎士スヴェンが頷いた。


「はい。荷の検査をすると伝えたところ、商人が自分で袋を持ち上げました。その時に底が裂けて、粉が舞って……。」


「本人も中身を知らなかった可能性は?」


「まだ分かりません。」


アルベルトが答える。


「意識が戻らなければ、何も聞けない。」


その言葉に、リゼットは横たわる商人へ目を向けた。


呼吸は先ほどよりも弱くなっている。


男性の薬師が険しい顔で胸元を緩めていた。


「脈が乱れています。」


緊迫した声が響く。


「このままでは危険です。」


リゼットはすぐに商人のそばへ駆け寄った。



「診てもよろしいですか? 私も薬師です。」


男性薬師は顔を上げ、リゼットを一瞬見つめた。

 

そして手の薬箱と落ち着いた物腰を見ると、小さく頷いた。


「もちろんです。私にも原因が分からず困っていました。何かお気づきのことがあれば、ぜひ教えていただきたい。」


リゼットは商人の目元、唇、指先を確認した。



瞳孔の動きが鈍い。


呼吸のたびに喉が細く鳴っている。


額には冷たい汗が浮かんでいた。



毒によって身体を直接蝕まれているというより、吸い込んだ粉で呼吸を妨げられ、全身が激しく混乱しているように見えた。


喉を傷めているのは、魔石そのものではなく、混ぜられた細かな鉱石粉かもしれない。


さらに、魔石の影響で恐怖が膨らみ、呼吸がさらに乱れている可能性がある。



「まず、ここからもっと離しましょう。」


リゼットは周囲を見回した。


「粉がまだ空気中に残っているかもしれません。風上へ。」


「担架を!」


アルベルトがすぐに命じる。



騎士たちが商人を慎重に運び、門から離れた風通しの良い場所へ移した。


リゼットは薬箱を開く。


薄緑色の葉を取り出し、小さな鉢へ入れた。


「温かい湯をお願いします。それから、清潔な布を。」


レオンがすぐに走り出す。


「この薬草で喉と肺の緊張を和らげます。ただ、飲ませるのは難しいので、蒸気を少しずつ吸わせます。」


男性の薬師が頷く。


「分かりました。」


湯が運ばれ、リゼットは薬草を揉み砕いて鉢へ入れた。


淡い香りが立ち上る。


商人の顔の近くへ鉢を置き、布を使って蒸気をゆっくり導く。


最初は何の変化もなかった。


荒い息。


指先が細かく震えている。


乱れる脈。


リゼットは商人の手首へ指を添えた。


(……このままでは間に合わない。)


通常の薬草の力だけでは、効き始めるまでに時間がかかりすぎる。


「薬師殿?」


男性薬師が不安そうに声をかける。


「もう少しだけ、続けます。」


そう答えながら、リゼットは周囲を確かめた。


男性は商人の胸元へ顔を寄せ、呼吸を確かめていた。


レオンは新しい水を用意している。


他の騎士たちは門と荷車へ注意を向けていた。



アルベルトだけが、少し離れたところからリゼットを見ている。


真っ直ぐに。



けれど今は、迷っている時間はない。


リゼットは鉢の縁へそっと指を触れた。


胸の奥へ意識を集中させる。


薬草が本来持っている力。


呼吸を穏やかにし、炎症を鎮め、身体を支える力。


それを、ほんの少しだけ引き出す。



誰にも気づかれないように。



ほんのわずかに。



指先から、淡い温もりが流れていく。


鉢の中の葉が、一瞬だけ柔らかな光を帯びた。


ごく淡い、緑色の光。


すぐに消えた。


けれど次の瞬間、立ち上る香りが少しだけ濃くなる。


商人の喉が大きく動いた。


「……っ。」


掠れた呼吸が漏れる。


リゼットは手首へ添えた指に意識を向けた。


乱れていた脈が、少しずつ整い始めている。


「呼吸が戻ってきています。」


男性の薬師が驚いたように身を乗り出す。


商人の胸が、先ほどより深く上下した。


唇の青白さも、ほんの少し薄れている。


「もう一度、ゆっくり。」


リゼットは蒸気を吸わせ続けた。


商人の瞼が震える。


やがて、苦しそうに咳き込んだ。


「水を。」


リゼットが告げると、薬師が布へ水を含ませ、商人の口元を湿らせた。


数度咳をしたあと、商人はかすかに目を開いた。


「……ここ、は……。」


声は弱く、長く話すことはできなそうだ。


「動かないでください。」


リゼットが穏やかに声をかける。


「西門です。あなたは荷の粉を吸って倒れました。」


商人の瞳に、怯えが浮かんだ。


「荷……?」


「袋の中身を知っているか?」


アルベルトが近づき、低い声で尋ねる。


商人は苦しそうに首を振った。


「知ら……ない……。頼まれて……運んだ、だけだ……。」


「誰に頼まれた?」


「顔は……見てない……。仲介人、から……。」


そこまで言うと、商人は再び激しく咳き込んだ。


アルベルトはそれ以上問い詰めず、薬師へ視線を向ける。


「今は休ませる。」


「はい。」


男性の薬師は商人の状態を確認しながら、深く息を吐いた。


「命は繋がったと思います。」


周囲に安堵が広がる。


レオンが肩の力を抜き、他の騎士たちも小さく息を吐いた。


リゼットも、ようやく鉢から手を離した。




指先がわずかに震えている。


力を使う量は少なかった。


それでも、人前で使ったという緊張が胸を締めつけていた。


誰にも見られていないだろうか。




そう思い、顔を上げる。


アルベルトと目が合った。


彼は何も言わなかった。


ただ、鉢から離れたリゼットの指先へ、静かな視線を向けていた。




胸が大きく鳴る。



見られた。



そう思った。





けれど、アルベルトはすぐに騎士団長の顔へ戻った。


「スヴェン。」


「はい。」


「商人を近くの薬屋へ運べ。そちらの薬師も同行を頼む。」


「承知しました。」


「荷車と麻袋には誰も近づけるな。粉を吸わないよう、全員口元を覆え。」


「はい!」


次々と指示が飛ぶ。


騎士たちが動き始める。


その中で、リゼットは震える指先を隠すように、薬箱の中を整えた。




胸の鼓動はまだ速い。


アルベルトが何を見たのか。


どこまで気づいたのか。


尋ねることはできなかった。




◇◇◇




広場の騒ぎが落ち着き始めた頃。


商人は担架で近くの薬屋へ運ばれ、騎士たちは周囲の荷を一つひとつ調べ始めていた。


リゼットも薬箱をそっと閉じ、小さく息をつく。


「この度は、大変助かりました。」


男性の薬師が深く頭を下げた。


「いえ。同じ薬師として、当然のことです。」


「それでも、あのままでは危なかった。あなたの判断がなければ、命を落としていたかもしれません。」


リゼットは曖昧に微笑んだ。


自分の薬草だけで助けられたわけではない。


けれど、今ここで何かを話すことはできなかった。


男性が去り、リゼットも薬箱を持ち上げようとする。



その時だった。




「リゼット。」





聞き慣れた声に、手が止まる。


振り返ると、アルベルトが静かに歩み寄ってきた。


「少しだけ、時間はあるだろうか。」


胸が緊張で強く鳴る。


けれど彼の表情は責めるものではなかった。


ただ、いつもよりも真剣だった。


「……はい。」







二人は人混みから少し離れた木陰へ移動した。


朝の日差しを遮る葉の隙間から、淡い光が落ちている。




しばらく、アルベルトは何も言わなかった。


リゼットも言葉を探せず、薬箱の持ち手を握り締める。


先に口を開いたのは、アルベルトだった。




「今朝、迎えに行けなかった。」


思いがけない言葉に、リゼットは顔を上げる。


「本当にすまなかった。

 西門で異変が起きたと報せが入り、そのまま向かった。」


「はい。レオンさんから聞きました。」


「誰かを遣わせるべきだった。」


アルベルトは苦い表情を浮かべる。


「約束していたのに、何も伝えられなかった。」


「そんなこと……。」


「君を不安にさせた。」


その言葉に、リゼットは黙り込んだ。


確かに不安だった。


けれど、それはアルベルトが悪いわけではない。


「少しだけ、不安にはなりました。」


正直に告げると、アルベルトの眉がわずかに寄る。


「ですが。」


リゼットは続けた。


「アルベルト様が、理由もなく来ないはずはないと思いました。」


一度言葉を区切る。


「信じようと、思えました。」


アルベルトの瞳がわずかに揺れる。




朝に交わした約束。


一人で思い込まないこと。


互いの言葉を信じること。


それが、ほんの少しだけできた気がした。




「そうか。」


アルベルトは静かに息を吐いた。


「信じてくれて、ありがとう。」


その声には、深い安堵が滲んでいた。


「それでも次からは、必ず誰かを遣わせる。」


「はい。」


「約束する。」


真面目すぎる言葉に、リゼットは小さく笑った。




けれど、次の瞬間。




アルベルトの表情が変わった。




「それと。」




リゼットの笑みが消える。





「商人へ使った薬草について、聞きたいことがある。」





来た。


胸の奥が冷たくなる。


アルベルトは責めるような口調ではなかった。


けれど、その眼差しは何も見逃さない騎士のものだった。




「通常の薬草なら、あれほど早く効くものなのか?」


「それは……。」


言葉が出ない。




嘘をつけばいい。




薬草の状態がよかった。


商人の身体に合った。


運がよかった。




そう言えば、きっとその場は切り抜けられる。




けれど昨夜、自分は約束した。


逃げないと。


何かあれば、きちんと話すと。




リゼットは唇を結んだ。


アルベルトは急かさなかった。


ただ、静かに待っている。


昨日と同じように。


「……アルベルト様。」


「何だ。」


「昨日、お話ししようとしていたことがあります。」


アルベルトは何も言わず、続きを促すように見つめた。


リゼットは一度、周囲を確かめる。


騎士たちは荷の調査に集中している。


ここで話せる内容ではない。


「ここでは……話せません。」


「分かった。」


返事は早かった。


疑う様子も、問い詰める気配もない。


「では、場所を変えよう。」


「でも、今はお仕事が……。」


「すぐには動けない。」


アルベルトは門の方へ視線を向けた。


「調査が終わるまで、俺はここを離れられない。」


それから、再びリゼットを見る。


「だから今すぐでなくていい。」


昨夜と同じ言葉。


話せる時でいい。


けれど、一人で抱え込むな。


その意味が、今度はもっと深く胸へ届いた。


「今日の夕方。」


リゼットは勇気を振り絞る。


「薬屋へ来ていただけますか?」


アルベルトの瞳が、わずかに見開かれた。


「必ず、お話しします。」


秘密を。


ずっと誰にも言えなかった、自分の力のことを。


アルベルトはしばらくリゼットを見つめていた。


やがて、静かに頷く。


「ああ。」


短い返事だった。


けれど、その声には迷いがなかった。




「必ず行く。」






風が木の葉を揺らす。


リゼットは薬箱を胸元へ抱き寄せた。




怖い。


話したあと、何が変わるのか分からない。


それでも。


今度こそ逃げない。




アルベルトが信じて待ってくれているのなら、自分も彼を信じて話そう。




そう決めた時。


門の方から、騎士の声が上がった。


「団長!」


アルベルトが振り返る。


「麻袋の数が合いません!」


その場の空気が一変した。


アルベルトの表情が鋭くなる。


「どういうことだ。」


「荷台の記録では十二袋です。ですが、ここにあるのは十一袋しかありません。」




リゼットの胸に、別の不安が広がっていく。


魔石の粉が混じった麻袋。


そのうち一つが、消えている。


誰かがすでに王都の中へ持ち込んだのか。


あるいは、最初から別の場所へ運ばれていたのか。




アルベルトはすぐに門へ向かって歩き出した。


数歩進んだところで振り返る。


「リゼット。」


「はい。」


「今日は一人で帰るな。」


低く、強い声だった。


「レオンとアシェリーをつける。」


「ですが――」


「頼む。」


命令ではなかった。


彼女を案じる、真っ直ぐな言葉だった。


リゼットは小さく頷く。


「分かりました。」


アルベルトはそれを確認すると、騎士たちのもとへ戻っていった。




その背中を見送りながら、リゼットは薬箱を握り締める。




夕方。


自分はすべてを話す。


そう決めた。








その頃、消えた麻袋はすでに王都の中へ運び込まれていた。


二人の知らない場所で、灰色の粉が静かに次の災いを待っていた。


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