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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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24/31

24. 変わらない朝、変わった日々


朝の光が、薬屋の窓から柔らかく差し込んでいた。


リゼットは店先の掃除を終えると、籠を手に外へ出る。


今日もこれから、市場へ薬草や必要な品を仕入れに行く予定だった。




扉を閉めて振り返ると、道の向こうに見慣れた銀色の髪が見えた。


「おはよう、リゼット。」


「アルベルト様。おはようございます。」


自然と笑みがこぼれる。


アルベルトはすでに薬屋の前で待っていた。


こうして彼が朝、以前のように薬屋まで迎えに来るようになってから、もう一月ほど経っている。




互いの誤解が解けた、あの日。


アルベルトは、少し言いづらそうに尋ねてきた。


『……また朝、ここへ来てもいいだろうか。』


以前と同じように、市場まで一緒に歩きたい。


その言葉の奥にある気持ちが伝わってきて、リゼットは迷わず頷いた。


『はい。お待ちしています。』


それ以来、二人で歩く朝が戻ってきた。





「行こう。」


「はい。」


並んで市場へ向かう。


以前と同じ道。


けれど、以前とは少し違う。


アルベルトが隣にいることを、もう不思議には思わない。


何も話さない時間でさえ、不安ではなかった。




◇◇◇




王都の朝は、すでに活気に満ちていた。


焼きたてのパンの香りが漂い、通りには荷車を引く商人たちの声が響いている。


「あら、騎士様。今日もお迎えかい?」


顔なじみのパン屋の女主人が、店先から声をかけた。


アルベルトは足を止め、軽く頷く。


「……ああ。」


「毎朝ご苦労なことだねえ。」


女主人は楽しそうに笑いながら、二人を見比べる。


「ずいぶん熱心なものだね。お似合いだよ!」


「ご、護衛ですから。」


リゼットが慌てて答えると、女主人はますます面白そうに目を細めた。


「そういうことにしておこうかね。」


リゼットの頬が熱くなる。


隣を見ると、アルベルトは平静を装っていた。


けれど耳だけが、わずかに赤い。


そのことに気づいてしまい、リゼットは思わず俯いた。





少し歩いたところで、アルベルトが小さく息を吐く。


「……揶揄われているな。」


「そうですね。」


「嫌か?」


リゼットは顔を上げた。


アルベルトは前を向いたまま、わずかに表情を曇らせている。


その姿に、リゼットは首を横に振った。


「嫌ではありません。」


「そうか。」


短い返事。


けれど、その声には安堵が滲んでいた。


リゼットがそっと彼の顔を窺うと、アルベルトもこちらを見た。


目が合う。


その瞬間、穏やかな嬉しさが伝わってきた。



会えたこと。


一緒に歩けること。


それを喜んでくれている。



ただそれだけで、リゼットの胸も温かくなった。




◇◇◇




市場へ続く道の途中で、アルベルトが不意に足を止めた。


「リゼット。」


「はい?」


振り返ると、彼はいつになく真剣な表情をしていた。


「一つ、約束してほしい。」


リゼットの胸に、わずかな緊張が走る。


けれどアルベルトはすぐに首を振った。


「いや。違うな。」


一度、ゆっくりと息を吸う。


「君に約束してほしいんじゃない。」


真っ直ぐに、リゼットを見つめる。


「俺が約束する。」


リゼットは驚いて目を瞬かせた。


アルベルトは、言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。


「もう、勝手に君と距離を置かない。」


その声には、迷いがなかった。


「何かあれば、必ず君に話す。」


一つずつ、自分自身へ刻み込むように告げる。


「一人で思い込んで、君の気持ちを決めつけたりもしない。」




あの日のすれ違いを、彼もずっと後悔していたのだろう。


自分が傷つくことを恐れて。


リゼットを守るつもりで。


けれど結局、互いを不安にさせてしまった。




アルベルトは少しだけ苦い笑みを浮かべる。


「今回のことで、よく分かった。」


リゼットは黙って彼を見つめていた。


「一人で考えても、ろくな答えには辿り着かない。」


「アルベルト様……。」


「だから、君に話す。」


アルベルトの眼差しが、少しだけ柔らかくなる。


「君の言葉を、ちゃんと聞く。」




胸の奥が、じんわりと熱くなる。




こんなにも真っ直ぐに向き合ってくれているのに、自分はまだ彼に伝えていないことがある。


その事実が、胸の奥に小さな棘のように引っかかった。


言わなければいけないと分かっているのに、言葉にする勇気が出ない。


もし話してしまえば、この穏やかな時間が壊れてしまうのではないか――


そんな不安が、静かに心を締めつける。






それでも、


彼の誠実さに応えたいという想いもまた、


確かにそこにあった。





リゼットは小さく息を吸い、彼と向き合った。


「私もです。」


「……君も?」


「はい。」


籠を持つ手に、少しだけ力を込める。


「私も、何かあればちゃんとお話しします。」


自分の気持ちを隠して。


相手のためだと思い込み。


一人で答えを出してしまわないように。


「勝手に決めつけません。」


一度言葉を区切る。


そして、少し恥ずかしそうに笑った。


「逃げたりもしません。」


口にした瞬間、その言葉が自分自身の胸にも深く響いた。




逃げない。


アルベルトに隠している、あの力のことからも。


今すぐには、まだうまく話せないかもしれない。


それでも、必ず伝えよう。


彼が自分と真っ直ぐ向き合ってくれるのなら、自分も同じように向き合いたい。


リゼットは胸の内で、静かにそう決めた。






アルベルトは目を見開いた。


やがて、その表情がゆっくりと緩む。


「ああ。」


短い返事だった。


けれど、その一言には深い安堵が込められていた。


しばらくの沈黙のあと、アルベルトが再び口を開く。


「……それと。」


「はい?」


彼は少しだけ視線を逸らした。





「もう、君を一人で悩ませない。」





リゼットの胸が、大きく鳴った。





不器用で。


真面目で。


どこまでも誠実な言葉だった。






その言葉に、胸の奥に少しだけ残っていた迷いが、薄れていく。


この人になら、きっと話せる。


いつかではなく、近いうちに。


自分の口から、きちんと伝えよう。




リゼットは、ふわりと微笑んだ。


「はい。」





◇◇◇





市場へ着くと、通りはさらに多くの人で賑わっていた。


薬草を売る店の前で、リゼットは足を止める。


「ここからは大丈夫です。」


「ああ。」


アルベルトも立ち止まった。


けれど、すぐには立ち去ろうとしない。


何か言いたそうに、リゼットを見つめている。


「アルベルト様?」


「夕方も迎えに来る。」


「え?」


「仕入れたものは、帰りの方が重いだろう。」


もっともらしい理由を口にしながら、アルベルトの耳がわずかに赤くなる。


リゼットは思わず笑った。


「はい。」


そして、少しだけ勇気を出す。


「お待ちしています。」


アルベルトの目が、わずかに見開かれた。


やがて、とても穏やかに笑う。


「ああ。」


その笑顔を見送ってから、リゼットは市場の中へ歩き出した。




同じ朝。


同じ道。


同じように並んで歩く二人。


けれど、その間にあるものは、もう以前とは違っていた。


言葉にすること。


相手の言葉を聞くこと。


そして、一人で答えを決めないこと。


それはまだ、小さな約束にすぎない。


けれど二人にとっては、これから先を共に歩くための、大切な一歩だった。



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