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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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22. 小さな勇気


ワルツが終わると、大広間は再び穏やかな談笑に包まれた。


リゼットとアルベルトは、どこか照れくさそうに少しだけ距離を空ける。


互いに何を話せばいいのか分からず、視線だけが何度も重なった。




そんな二人のもとへ、一人の侍女が歩み寄る。


「リゼット様、ヴァイス騎士団長様。」


二人は同時に振り向いた。


「陛下と王妃様がお呼びです。」


「えっ……!」


リゼットの顔から血の気が引く。


「わ、私もですか……!?」


「はい。」


侍女は柔らかく微笑む。


アルベルトは小さく頷いた。


「行こう。」


「は、はい……。」




◇◇◇




大広間の奥。


一段高く設えられた席には、国王と王妃が並んで座っていた。


威厳をまといながらも、どこか穏やかな空気を纏う国王。


その隣では、優雅な笑みを浮かべる王妃が二人を迎える。


「近くへ。」


国王の落ち着いた声に促され、二人は膝をついた。


「顔を上げなさい。」


恐る恐る視線を上げると、王妃と目が合った。


その微笑みに、不思議と緊張が少しだけほどける。


「先ほどのダンス、素敵でしたよ。」


二人は慌てて頭を下げる。


「妃殿下。恐れ多きことです。」


王妃はくすりと笑う。


「そんなに緊張しなくても大丈夫。」


そしてリゼットを見る。


「あなたがリゼットさんですね。」


「は、はい。お会いできて光栄です。」


「私もお会いできる日を楽しみにしておりました。」


王妃は優しく微笑んだ。


「事件では多くの命を救ってくださったそうですね。そして我が国の騎士団長のことも、本当にありがとうございました。」


「そんな……私は、自分にできることをしただけです。」


リゼットは慌てて首を振る。


その控えめな様子に、王妃は嬉しそうに目を細めた。


「やはり、お噂どおりの方ですね。」


そして、青いドレスへ視線を移す。


「そのドレス、とてもよくお似合いです。」


リゼットは はっと顔を上げた。


「王妃様が選んでくださったとお伺いしました。

 素敵なドレスを、ありがとうございます。」


「この青は、きっとあなたに似合うと思って選ばせていただきました。」


王妃は柔らかく微笑む。


「思った以上でした。」


その言葉に、リゼットは照れたように微笑んだ。


隣で国王も満足そうに頷く。


「よく似合っている。夜空の青も、星の銀も、そなたが纏えば不思議と温かなものに見えるな。」


「お、恐れ入ります。」


深々と頭を下げるリゼットを見つめながら、国王はふとアルベルトへ視線を向けた。


「ヴァイス騎士団長。」


「はっ。」


「……今日は、よく笑うな。」


一瞬。


アルベルトの動きが止まる。


「え?」


思わずリゼットがアルベルトを見る。


アルベルトは咳払いを一つした。


「そのようなことは……。」


「ある。」


国王は即答した。


王妃もくすりと笑う。


「昔は『銀氷の騎士』と呼ばれていたのですもの。


 任務以外では、ほとんど笑わない子でした。」


「そうそう。」


国王も懐かしそうに頷く。


「騎士になりたての頃など、宴の席でも壁のように立っておった。」


「誰が話しかけても表情一つ変えませんでしたね。」


王妃は楽しそうに続ける。


「それが今日は……。」


二人を見比べる。


「ずいぶん優しいお顔をなさるようになりました。」


アルベルトは珍しく返す言葉を失っていた。


耳が少しだけ赤い。






少し離れた場所では、エリクが肩を震わせている。


「ほら。」


小声でレオンへ囁く。


「陛下と妃殿下にまで見抜かれてる。」


「団長、逃げ場ないですね。」


二人は必死に笑いを堪えた。






一方のリゼットは、不思議そうにアルベルトを見つめていた。


(そうだったんだ……。)


確かに、初めて会った日のアルベルトは近寄りがたいほど冷たかった。



けれど今は違う。


優しく笑ってくれる。


少し照れたように目を逸らすこともある。


その変化が、自分には嬉しかった。



王妃はそんなリゼットの表情を見て、小さく微笑む。


(やはり、この子なのですね。)


口にはしない。


けれど確信していた。


この銀の騎士の心を、ここまで変えた人なのだと。



やがて王妃はリゼットへ歩み寄る。


そして、誰にも聞こえないほど小さな声で囁いた。


「とても誠実な方よね。」


「だから、少しだけ安心させてあげなさい。」


「幸せは、勇気を出した人のところへ訪れるものですよ。」




「え……?」


意味が分からず、リゼットは目を瞬かせる。


王妃はただ優しく微笑むだけだった。





◇◇◇





国王夫妻への挨拶を終え、大広間へ戻ろうとしたその時だった。


「おい、アルベルト。」


聞き慣れた声にアルベルトが振り返る。


そこには一人の若い男性が立っていた。


焦茶色の髪を後ろで一つに束ねた青年。


柔らかな茶色の瞳と人懐っこい笑み。


礼装姿であっても、どこか肩の力が抜けた雰囲気を纏っている。


「カイル。久しいな。」


アルベルトの表情が少しだけ和らいだ。


「久しぶりだな。しかも警備でなく会場の方にお前がいるなんてな。」


二人は軽く拳を合わせる。


リゼットは少し驚く。


(アルベルト様が……。)


こんな親しげに話す相手を見るのは初めてだった。


アルベルトが紹介する。


「騎士学校時代からの友人だ。」


「カイル・エヴァンスだ。」


青年は朗らかに笑って一礼した。


「初めまして、リゼットさん。


 アルベルトが女性を紹介してくれる日が来るなんて、十年前の俺に教えてやりたい。」


「カイル。」


アルベルトが低い声で制する。


「はいはい。」


肩をすくめながらも、どこか嬉しそうだった。


「話はエリクから散々聞いてる。


 君のおかげで、この堅物がようやく笑うようになったって。」


「えっ!?」


リゼットは真っ赤になる。


「そ、そんな……。」


慌てる姿にカイルは吹き出した。


「その反応も聞いていた通りだ。」


アルベルトは深いため息をつく。


「余計なことばかり言う。」


「悪い悪い。」


カイルは笑って手を振った。


「でも安心した。」


その笑みが少しだけ優しくなる。


「昔のこいつは、本当に自分を追い詰めることしか知らなかったから。」


アルベルトは何も言わない。


リゼットはそっとアルベルトを見る。


カイルは続けた。


「これからも仲良くしてやってくれ。


 アルベルトには、そういう相手が必要なんだ。」


リゼットは静かに頷いた。


「……はい。」


その返事を聞き、カイルは満足そうに笑う。


「今度は舞踏会じゃなく、ゆっくり話そう。


 妻もぜひ紹介したい。彼女も薬草には興味津々なんだ。」


「はい。ぜひ。」


リゼットも自然に笑顔を返した。





◇◇◇





帰りの馬車までの回廊は、人も少なく静かだった。


月明かりが窓から差し込んでいる。


「今日は疲れただろう。」


「少しだけ。」


「でも、とても楽しかったです。」


「俺もだ。」


短い会話。


でも心地いい沈黙だった。


その時。


リゼットが立ち止まる。


「アルベルト様。」

「ん?」


彼女は両手を胸の前でぎゅっと握った。



王妃の言葉を思い出す。


"少しだけ安心させてあげなさい。"



勇気を出す。



「今日……。」


「ああ。」


「私。」


深呼吸する。


「他の方にダンスへ誘われた時。」


アルベルトの表情が少しだけ曇る。


「怖かったんです。」


「……え?」


「踊れないからだけじゃ、ありません。」


リゼットは真っ直ぐ彼を見つめる。



「アルベルト様が、嫌な気持ちになるんじゃないかって。」



その一言に、アルベルトは息を呑んだ。


「だから……。」


少し照れながら微笑む。


「助けに来てくださって、とても嬉しかったです。」





夜風が二人の間を静かに吹き抜ける。





アルベルトは何も言えない。




嬉しすぎて。




胸がいっぱいで。





ただ一歩、リゼットへ近付く。





今度は抱き締めない。





彼女が驚かないように。






「帰ろう。」


そう言って、


アルベルトはそっと右手を差し出した。


リゼットはその手を見つめる。




前なら、きっとためらっていた。


でも今は違う。




ふわりと笑って、


自分からその手を重ねた。


「はい。」




指先が触れ合う。


恋人繋ぎではない。


ただ、優しく手を繋ぐだけ。




月だけが、その小さな勇気を静かに照らしていた。


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