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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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20/31

20. 月が見つめる夜空


「リゼットさん!」



昼下がり。


薬屋へ飛び込んできたのは若い騎士、レオンだった。



「レオンさん!?…また何かあったんですか!?」


リゼットが慌てて立ち上がると、レオンは笑顔で首を横へ振る。


「今日は事件じゃありません。」


そう言って差し出したのは、一通の封書だった。


深い藍色の封蝋には、王家の紋章。


思わず息を呑む。


「リゼットさんにお手紙を預かりました!」


「……私に?」


恐る恐る封を開く。


そこには、美しい文字が並んでいた。


---


先日の事件解決及び日頃の功績を称え、

王宮にて催される夏の舞踏会へご招待申し上げます。


---


「…………え?」


思考が止まる。


もう一度読む。


やっぱり書いてある。


「……えぇっ!?」


薬屋中に声が響いた。


「ぶ、舞踏会!?」


「私がですか!?」


レオンは思わず吹き出す。


「はい。団長も出席しますよ。警備がメインですが。」


「アルベルト様が……?」


胸がどくりと鳴る。


けれど次の瞬間。


「……って!」


リゼットは青ざめた。


「私、ドレスなんて持ってません!」


「ダンスも踊れません!」


「舞踏会なんて行ったこともありません!」


一気に顔色が悪くなる。


「どうしましょう……。」


レオンは苦笑した。


「その辺りもちゃんと準備されているそうです。」


「え?」


「王宮から侍女の方がお迎えに来ます。」


「王妃様のご意向だそうです。」


「王妃様が……?」


(なぜ私にそこまで…?)


ますます頭が真っ白になった。






◇◇◇







同じ頃。


騎士団宿舎。


「団長。」


書類へ目を通していたアルベルトが顔を上げる。


「何だ。」


エリクは意味ありげに笑った。


「今年の舞踏会、楽しみですね。」


「例年通り警備だ。」


淡々と答える。


「そうですか。」


エリクは肩をすくめた。


「リゼットさんからも出席されるとお返事がきましたよ。」


……。


沈黙。


手にしていた書類が止まる。


数秒。


アルベルトはようやく顔を上げた。


「……そうか。」


平静を装っている。


だが。


口元がほんの少しだけ緩んでいた。


エリクは吹き出しそうになる。


「団長。」


「何だ。」


「今、笑いましたよね。」


「笑っていない。」


「口元。」


「気のせいだ。」


「いえ、確実に。」


アルベルトは咳払いを一つ。


「仕事へ戻れ。」


「はいはい。」


部屋を出ながら、エリクは小さく笑う。


(分かりやすいなぁ。)






◇◇◇








舞踏会当日。


王宮の一室。


数人の侍女たちが、リゼットの支度を整えていた。


「こちらのお色はいかがでしょう。」


広げられたのは、美しい青いドレスだった。



夜空を思わせる青。


深く、優しく、どこまでも澄んでいて、


星明かりを閉じ込めたように、光を受けるたび静かに輝いている。




「綺麗……。」


思わず見惚れる。


侍女は微笑んだ。


「清廉な雰囲気の方だと伺っておりましたので。

 きっとこの青がお似合いになるでしょう、殿下がお選びになられてました。」


「王妃様が…!!」




ドレスをまとい、髪が丁寧に結い上げられる。


耳元には銀細工の耳飾り。


胸元には小さな銀の花を模した首飾り。


腕には細い銀の腕輪。


どれも派手ではない。


けれど上品で、どこか凛としていた。



最後に。


胸へ抱き締めていた青いリボンが結ばれる。



鏡の中には、自分でも見たことのない自分がいた。



「……私じゃないみたい。」


侍女たちは微笑む。


「とてもお似合いです。」


「まるで空の精霊のよう。」


リゼットは照れながらも、小さくお礼を言って笑った。






◇◇◇






王宮。


大広間。


豪華なシャンデリアの光が降り注ぐ中、貴族たちが次々と集まってくる。


アルベルトは正装のまま入口へ視線を向けていた。


「まだ来ませんね。」


隣でエリクが呟く。 


「リゼットさんのドレス姿、楽しみですね。」


「…………。」




その時だった。



扉が静かに開く。





侍女に導かれ、一人の女性が姿を現した。


アルベルトは思わず息を呑む。







時間が、止まった。








そこに立っていたのは――



いつもの薬師ではなかった。






星が煌めく夏の夜空を映したような深い青のドレス。


歩くたび、幾重にも重なった裾が波のように揺れる。


細い首筋には、月明かりを集めたような銀細工の首飾り。


耳元で揺れる小さな銀の雫が、彼女の微笑みに合わせて淡く煌めく。


そして胸元には、あの日返した青いリボン。


その青が、彼女の澄んだ瞳をいっそう美しく映していた。







アルベルトは言葉を失う。


目が離せない。





青いドレスは――


自分の瞳と同じ色だった。


銀の装飾は、


自分の髪を思わせる輝きを宿している。






偶然なのだろう。


きっと本人は気付いていない。


それなのに。


その姿は、まるで——




自分の色を纏ってくれているように見えてしまう。





胸の奥が熱くなる。





鼓動が一つ、大きく鳴った。





(……綺麗だ。)




違う。


そんな言葉では足りない。





会いたかった。


笑っていてくれて良かった。



そして――






誰にも、この姿を見せたくない。







そんな独り占めしたい想いが胸の奥から込み上げ、


自分でも驚くほどだった。





騎士として常に冷静であろうとしてきた自分が、こんな感情を抱くとは思ってもいなかった。







胸いっぱいに溢れた想いを、アルベルトは必死に飲み込む。








そんな彼の横顔を見て、エリクはすべてを悟った。


「団長。」


返事はない。


「そんな顔をしていると、周りに全部ばれますよ。」


アルベルトは我に返る。


「……そんな顔をしていたか。」


「ええ。」


エリクはにやりと笑った。


「恋する男の顔です。」


アルベルトは珍しく言い返せなかった。


その視線の先では、リゼットが少し緊張した面持ちで辺りを見回している。







リゼットもアルベルトを見つけた。


「あ……。」


目が、はなせなくなる。 





濃紺を基調とした騎士団の礼装。


肩から胸へ流れる銀の飾緒が、灯りを受けて静かに煌めいている。


その濃紺の礼装に流れる銀の飾緒は、夜空を渡る月明かりのよう。


胸元には王都騎士団長の徽章。


腰には儀礼用の細身の剣が佩かれ、


いつもより丁寧に整えられた銀の髪。


真っ直ぐ伸びた背筋。


凛とした立ち姿。


舞踏会の華やかな装いの中でも、彼だけは最後まで騎士だった。






まるで夜空に浮かぶ月のように、


誰よりも静かで、


誰よりも目を奪われる。






胸が、どくりと鳴る。


その瞬間だけ、


音楽も、


人々の笑い声も、


何も耳へ届かなかった。


(……格好いい。)


見慣れているはずなのに。


こんなにも目が離せなくなるなんて。


胸の奥が熱くなる。


(……ずるい。)


(そんな格好、反則です……。)










やがて二人の目が合った。



その瞬間。



リゼットはほっとしたように微笑んだ。


アルベルトは、その笑顔が、自分へ向けられたものだと分かった。


それだけで十分だった。


アルベルトもまた、自然と笑みを返す。




もう——。


作った笑顔ではなかった。





青と銀。


夜空と月。


二人は言葉も交わさぬまま、静かに微笑み合っていた。



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