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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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18/31

18. 本当の笑顔


リゼットは薬屋の裏庭で薬草の手入れをしていた。


暑い日は特に、こういった細かな世話がかかせない。




夏の日差しの中、しゃがみ込んで雑草を抜いていると――




「……リゼット。」


顔を上げると、門の前にアルベルトが立っていた。


「…アルベルト様?」


「…巡回の途中だ。」


そう言って薬草畑へ視線を向ける。


「以前、この辺りで薬草泥棒が出たと聞いた。


 他の騎士は先日の事件の調査で、出払っていてな。


 だから念のため見回っていた。」



騎士団長らしい理由。


でも向かい合うと伝わる。



(違う。)


(本当は……。)


(会いたかった。)




リゼットは少しだけ困ったように笑う。


「巡回……ですか?」


「ああ。」



少し間が空く。



「……終わったなら。」


アルベルトは少しだけ視線を逸らした。


「少し話をしてもいいだろうか。」








二人は少し離れた木陰へ移動する。


夏の日差しを遮る木漏れ日が、二人の間へ静かに揺れていた。


アルベルトは少しだけ言い淀む。


珍しく言葉を選んでいる。


その様子が少し可笑しくて、リゼットは思わず小さく笑った。


「お話とはなんでしょうか?」


アルベルトは地面をじっと見つめたまま、ぽつりと口を開く。


「……あの日は。」


リゼットが顔を向ける。


「すまなかった。」


「え?」


「塔で。」


「あ……。」





「抱き締めた。」





木漏れ日の揺れる静けさの中、その言葉だけがやけに大きく響いた。





アルベルトは拳を握る。


「怖い思いをした直後だった。


 なのに俺は、自分の気持ちを抑えられなかった。


 君を困らせた。


 だから……。」




少し笑う。


寂しそうな笑顔だった。




「少し距離を置こうと思った。




 君が安心して笑えるようになるまでは。」






リゼットは目を見開く。


(そんな理由だったの……。)

 



嫌われたんじゃない。


避けられたんじゃない。


自分を気遣ってくれていた。


その優しさが嬉しくて。





でも同時に、





少しだけ腹立たしくもなった。





(どうして。)



(そんなこと、一人で決めるんですか。)





初めてだった。


彼に対して、こんな気持ちになったのは。





「アルベルト様。」


「何だ。」


「私は……。」


ここで言えばいい。


(「嫌じゃありませんでした。」)


その一言だけでいい。


なのに。


唇が震える。


「私は……。」


また言えない。


アルベルトは責めない。


静かに待ってくれる。


だから余計に苦しい。


代わりに出てきた言葉は、


自分でも思っていなかったものだった。





「あなたが来てくれなくて……。」





アルベルトの時間が、止まる。


まるで聞き間違えたように、


ゆっくり顔を上げる。



「……え?」



リゼットは慌てて口を押さえた。




しまった。


言ってしまった。


頬が真っ赤になる。




「い、今のは……。


 違うんです


 その……。」




もう何を言っているのか分からない。


恥ずかしさで俯いてしまう。






アルベルトはしばらく動かなかった。





そして、信じられないものを見るような顔で、小さく尋ねる。





「……寂しかったのか?」





リゼットは答えられない。




答えたら全部伝わってしまう。




沈黙。




それが何より雄弁だった。





アルベルトはゆっくり息を吐く。


胸の奥が、熱くなる。





(そんなはずはないと思っていた。)



(俺がいない方が、彼女は楽だと。)



その思い込みが、今、音を立てて崩れていく。






「……これを。」


アルベルトは隊服の内ポケットへ手を入れた。


取り出したのは、一つの青いリボンだった。


リゼットは目を見開く。


「……!」


「あの時、西の森で拾った。」


静かな声だった。


「あの日から、返す機会を逃していた。」


リゼットは震える手で受け取る。


少し色褪せた青。


何度も縫い直した跡。


間違いない。


母が作ってくれた、大切なリボンだった。


「これ……。」


思わず胸へ抱き寄せる。


「もう、失くしたと思っていました……。」


その声は少しだけ震えていた。


アルベルトは驚いたように目を瞬かせる。


「そんなに大切な物だったのか。」


リゼットは優しく頷く。


「母が……作ってくれたものなんです。」


アルベルトは静かに問いかける。


「……君のご両親は、今どこに?」


不意の問いに、リゼットは少しだけ目を伏せた。


「……父は、もういません。」


静かな声だった。


「母も……同じ頃に亡くなりました。」


アルベルトは息を呑む。


「それからは両親の知人の薬師の方にお世話になって、そこで薬師としての知識を学ばせてもらいました。」


「そうか……。」


短い言葉に、重みが滲む。


「辛いことを聞いた。」


「いいえ。」


リゼットは小さく首を振る。


「優しい両親でした。


 こうして思い出せるのは……嬉しいことでもありますから。」


アルベルトはわずかに頷いた。


「……すまない。」


「え?」


「もっと早く返すべきだった。」


その真面目すぎる謝罪に、リゼットはくすりと笑う。


「謝らないでください。」


リボンを胸へ抱き締めたまま首を横へ振る。


「無くしたものと思っていたので、


 アルベルト様が拾っていてくださって……嬉しいです。」


その笑顔を見た瞬間。


胸へ、温かな感情が流れ込んできた。




安堵。


嬉しさ。


そして――


(良かった。)





リゼットは少しだけ照れたように目を逸らした。


(……また私の方が先に知ってしまう。)


胸が少しくすぐったい。


それでも今日は、不思議と嫌ではなかった。







しばらく穏やかな沈黙が流れる。


やがてアルベルトが口を開いた。


「もう一つ、伝えておきたいことがある。」


その声音は騎士団長のものだった。


「君を塔へ連れ去った例の老人だが…。」


リゼットは息を呑む。


「あの後、王都の牢へ収監された。


 現在も厳重に監視している。


 取り調べの結果、禁制の魔石を密売する組織との繋がりも見つかった。」


アルベルトは真っ直ぐリゼットを見る。


「牢から出ることはないだろう。


 もう君へ近付くことはできない。


 必ず我々が守る。」




その言葉を聞いた瞬間。


リゼットの肩から力が抜けた。


知らず知らずのうちに抱えていた恐怖が、少しだけほどけていく。




「……良かった。」


ようやく心からそう思えた。


アルベルトも穏やかに頷く。


「心配を掛けた。」


「いいえ。」


リゼットは静かに首を振る。


「アルベルト様が助けてくださったから。」


また目が合う。


向かい合う。


だから伝わる。




温かい。


でもその奥に、少しだけ苦い想い。


(会いたかった。)




胸へ流れ込んできた、その感情にリゼットは息を止める。




アルベルトは何も言わない。


だから、彼女も聞かなかった。



けれど、その沈黙を破るようにアルベルトが苦笑する。


「本当は……。」


少しだけ視線を逸らした。


「巡回は、俺が続けるつもりだった。」


リゼットは驚いて顔を上げる。


「だが。」


「君を困らせたと思った。」


「だからエリクやレオンたちへ任せた。」


「……情けない話だ。」


いつもの堂々とした騎士団長とは思えないほど、小さな声だった。


リゼットは思わず吹き出しそうになる。


「アルベルト様。」


「……何だ。」


「すれ違っていたのは、お互い様みたいですね。」


アルベルトは一瞬目を丸くし、それから小さく笑った。





今度の笑顔は違う。


エリクが言っていたような、作った笑顔ではない。


心からこぼれた笑顔だった。




その温かさが胸へ伝わってきて、リゼットもつられるように笑う。






夏の風が二人の間を静かに吹き抜ける。


青いリボンが、さらりと揺れた。


まるで――


『空はね、どこまでも繋がっているの。』


幼い日の母の声が、遠く優しく響いた気がした。


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