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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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17/31

17. 再会の先に

じりじりとした夏の熱気を含んだ風が王都を吹き抜けていた。


薬屋の前で薬草を干していたリゼットは、ふと顔を上げる。


遠くから馬の蹄の音が聞こえた。




一頭、二頭。


いや――違う。


何頭もの馬が、通りを駆け抜けていく。


鎧の音。


慌ただしい足音。




店先の人々もざわめき始めた。


「何かあったのか?」


「西門の方らしいぞ。」


「騎士団が総出で動いてる……。」




リゼットの胸がざわつく。


嫌な予感がした。




その時だった。




「リゼットさん!」




息を切らして駆け込んできたのはレオンだった。


額には汗が滲み、肩で大きく息をしている。




「レオンさん?」


「団長達が……!」


(アルベルト様……!)




その一言で、胸が凍りつく。




「負傷されたんですか!」




「いえ! 団長は無事です!」


その言葉に少しだけ安堵したものの、レオンの表情は険しいままだった。


「巡回中、商人が倒れました。団長が言うには毒でないかと。」


「毒……?」


「王宮の医師も診ていますが、原因が分からないんです。」


リゼットはすぐに薬箱を抱えた。


「案内してください。」


二人は駆け出した。






---






西門近くの広場には、騎士たちが人垣を作っていた。


中央には荷馬車。


その横で、一人の商人が苦しそうに呼吸を繰り返している。


そして――




「…リゼット。」




聞き慣れた低い声。




振り返ると、アルベルトが立っていた。




目が合う。


久しぶりの再会。


互いに何かを言いかける。




けれど。




「こちらです。」




医師の声に現実へ引き戻される。


リゼットは商人の傍らへ膝をついた。




顔色は悪い。


呼吸は浅い。


脈は速い。


唇がわずかに紫色になっている。




(毒……。)


薬草の匂いではない。


食べ物でもない。




リゼットは患者へ向かい合う。


その瞬間。


胸へ流れ込んできた。




苦しい。


熱い。


息ができない。


怖い。




恐怖だけではない。


必死に何かを伝えようとする焦り。




(違う……。)




この人は何かを飲んだんじゃない。


何かを――




「吸った?」




リゼットは小さく呟いた。




「何?」


アルベルトが反応する。


リゼットは荷馬車へ駆け寄る前に


素早く布を取り出して薬草を一枚忍ばせ、


その香りを吸い込みながら鼻と口を覆った。



積まれていた麻袋を一つ開く。


中から灰色がかった粉が舞い上がった。


その瞬間、鼻を突く刺激臭。



「皆さん、離れてください!」



リゼットの鋭い声が響く。


騎士たちは一斉に距離を取る。


「これはただの粉じゃない……。」


薬袋の端で少量を確かめる。


かすかに黒い粒が混じっている。


薬草を乾燥させたものに似ているが違う。


燃やすと強い煙が出る鉱石の粉末。


それに、わずかに魔石の粉が混ぜられている。


(だから恐怖が強く流れ込んできたんだ。)



魔石は感情を増幅させる。


煙と一緒に吸い込めば、呼吸を乱し、恐怖を膨らませる。



リゼットはすぐに薬箱から薬草を取り出した。


「この葉を煎じてください!」


医師へ薬草を渡す。


「肺を落ち着かせます!」


さらに別の薬草をすり潰し、胸へ湿布する。


「深く吸わず、ゆっくり息を吐いてください。」


商人は苦しそうに頷いた。



しばらくして。


荒かった呼吸が少しずつ落ち着いていく。


医師が驚いたように目を見開く。


「呼吸が戻ってきた……。」



周囲から安堵の息が漏れた。


アルベルトもまた、小さく息を吐く。



その時だった。


ふと視線が重なる。


向かい合う。


胸へ、温かな感情が流れ込んできた。



(……良かった。)



ただ、その一言だけ。


安堵。


心からの安堵。


そして。



(無事で、本当に良かった。)



その想いだけは、以前と何も変わっていなかった。


リゼットは思わず目を伏せる。


(その笑顔は……。)



アルベルトは穏やかに笑っている。


でも。


その奥にあるのは笑顔ではない。




寂しさ。


後悔。


会いたかった。




それを隠すような、静かな笑顔だった。




(笑わなくなりました。)





エリクの言葉が胸によみがえる。


本当にそうだった。


笑っているのに、笑っていない。




胸が締め付けられる。




アルベルトは静かに歩み寄った。


「……助かった。」


短い言葉。


騎士団長らしい、簡潔な礼。


リゼットも微笑み返す。


「薬師ですから。」


その返事もまた、いつも通りだった。




けれど。


二人とも知っている。


"いつも通り"を演じているだけだということを。








その後、広場の騒ぎもようやく落ち着き始めた。


商人は担架で近くの薬屋へ運ばれ、騎士たちは周囲の荷を一つひとつ調べ始める。


リゼットも薬箱を閉じ、小さく息をついた。


「ご協力いただき大変助かりました。」


王宮の医師が深く頭を下げる。


「いえ。薬師として当然のことをしただけです。」


そう答えて薬屋へと戻っていった。







―――







騎士団本部。


アルベルトは机の引き出しを開けた。


中には、青いリボン。


西の森で拾った、あの日のもの。


彼は毎晩それを見つめては、そっとしまっていた。



「団長。」


執務室へ入ってきたエリクがそれを見て苦笑する。


「まだ持ってたんですね。」


アルベルトは少し照れたように視線を逸らした。


「……返す機会がなかった。」


「嘘ですね。」


「…。」


「返す口実に取ってあるんでしょう。」


アルベルトは何も言い返せない。


図星だった。


エリクはにやりと笑う。


「団長。」


「何だ。」


「恋って、意外と剣より難しいでしょう?」


アルベルトは静かに笑った。


「……勝ち方すら分からん。」


「だったら。」


エリクは肩をすくめる。


「今度は、ちゃんと話して来てください。」


その言葉に、アルベルトは答えなかった。


ただ、引き出しの中の青いリボンへ静かに視線を落とす。




――返さなければな。




その小さな決意だけが、胸に残った。


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