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銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


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15/31

15. 隠しているもの


「……困ったな。」



誰に聞かせるでもなく呟く。


胸の奥が、少しだけ苦しい。



理由は分かっている。


アルベルト・フォン・ヴァイス。


彼と向かい合うたびに伝わってくる感情が、少しずつ変わってきた。



最初は感謝だった。


安心だった。



それが今は違う。



私を見るたび、胸の奥がふわりと温かくなる。


私の笑顔を見て嬉しそうにする。


名前を呼ぶだけで少し照れる。


温かな恋心。


まだ本人も気付いていないかもしれない。



……でも、私には分かってしまう。


(ずるいよね……。)


思わず苦笑する。


相手より先に気持ちを知ってしまうなんて。


こんなの、恋なんて呼べない。




――――――




幼い頃からそうだった。


嬉しい人。


悲しい人。


怒っている人。


目の前へ立つだけで、心の温度が少しだけ流れ込んでくる。


最初は皆、不思議がった。


「優しい子ね。」


そう言って笑ってくれた。




でも。


ある冬の日。



村で流行り病が広まった。


父も母もその村の薬師だった。


毎日眠る時間もなく薬を作り続ける。


私は二人の元へ薬草を運ぶくらいしかできなかった。






ある日。


高熱で苦しむ男の子を見た。


仲が良くいつも一緒に遊んでいた子だった。



(苦しい…)


(助けて。)



その感情が胸へ流れ込む。


私は泣きながら薬草を握りしめた。



(お願い。)


(この子を連れていかないで。)


(助かって。)



そう願った瞬間だった。


手の中の薬草が、淡く緑色に光った。




その薬草を煎じた薬を飲んだ男の子は、翌日には熱が下がった。


誰も見たことのないほど効く薬だった。



村中が驚いた。




『奇跡の薬だ。』


『あの子は神様に選ばれたんだ。』


皆が喜んだ。




でも。


奇跡は万能じゃない。



助からない人もいた。



すると少しずつ、人々の目が変わっていく。


『どうしてうちの子には使ってくれなかった。』


『もっと早く力を使えば助かったんじゃないか。』


『本当に人間なのか?』


『あの子は普通じゃない。』




その言葉を聞いた夜。


父は家中の灯りを消した。


母は私を強く抱きしめながら泣いていた。


「リゼット。」


父は静かに言った。


「この力は誰にも話してはいけない。


 お前を守るためだ。」





父と母は、私を守るために村を離れた。


その数年後。


慣れない旅を続ける中で無理が祟り、


二人は静かに息を引き取った。



私は一人残され、


両親と親交が深かった老薬師に引き取られた。




子供がいなかった彼は、薬草の知識を惜しみなく授けてくれた。


薬草の香りに包まれていると、父と母が側にいてくれるようで嬉しかった。


そして、その人も父と母と同じことを言った。




「困っている人は助けなさい。」


「でも、自分の力だけは隠しなさい。」


「人は、奇跡を望みながら、奇跡を恐れる生き物だから。」




その言葉は今でも胸に残っている。




―――――――





馬車の外では月が輝いている。


窓から夜空を見上げ、静かに息を吐く。


そっと目を閉じた。




「アルベルト様…」




その名前を呼ぶだけで胸が温かくなる。


ああ。


やっぱり私は。


好きになってしまったんだ。


その事実を認めた瞬間。


リゼットは静かに首を横へ振った。


(……だめ。)


私は秘密を抱えている。


相手の気持ちを知ってしまう。


薬草に生命を宿す力も隠している。




そんな私が。


真っ直ぐなアルベルトの隣に立っていいはずがない。



こんな恋は、きっと不公平だ。


だから、この恋は胸にしまおう。



彼が笑っていてくれるなら、それで十分。


薬師として。


友人として。


今の距離を守ろう。


それがきっと、一番幸せだから。





でも、




いつか秘密を話せる日が来たら、




その時は、




胸を張って、この人を好きと言える私でいたい。







頬をなでる夜風は、少しだけ冷たかった。






◇◇◇






馬車はあれからも走り続け、遠くに王都が見えてきた。



リゼットは、護衛交代のため、馬車に座ったアルベルトを見つめる。



眠っているように見える。


でも違う。


彼は考え込んでいた。


向かい合っている。


だから伝わる。




後悔。


戸惑い。


自分を責めるような冷たい痛み。


そこから、彼が考えていることが分かってしまう。




『抱き締めるべきではなかった。』


『怖い思いをした直後だった。』


『俺の感情を押し付けた。』


『もう二度と、あんなことはしない。』




その想いを受け取った瞬間、リゼットの胸がちくりと痛んだ。


(違う……。)

(違うんです。)


私は嫌だったんじゃない。




むしろ――




安心した。




あんなに安心したのは、いつ以来だっただろう。


でも、その言葉だけは喉でつかえて出てこない。




―――





その夜。


薬屋へ送り届けたアルベルトは、扉の前で一礼した。


「今日は休め。」


「アルベルト様も。」


「ああ。」




いつもなら、


「また明日。」


そう言ってくれる。


今日は、その言葉がなかった。





背中を向けて歩き出す。


その後ろ姿を見つめながら、リゼットは思わず一歩踏み出した。


「アルベルト様!」


彼が振り返る。


月明かりの下で目が合う。


「……どうした。」


呼び止めたのに。


言葉が出てこない。



『抱き締めてくれて嬉しかった。』

『ありがとう。』

『また明日も来てほしい。』


どれも言えない。



結局、小さく微笑んで、


「今日は、本当にありがとうございました。」


そう伝えることしかできなかった。


アルベルトも、少しだけ微笑む。


「無事で本当に良かった。」


その笑顔は優しかった。


優しすぎるほどに。



だからこそ、リゼットは気付かなかった。



その笑顔の裏でアルベルトが、


「彼女が安心できる距離を守ろう」


と静かに決意してしまったことを。








そして翌朝。


薬屋の前には――


誰もいなかった。




リゼットは立ち尽くす。


胸の奥が、すとん、と冷たくなるのを感じた。


(……あれ。)

(どうして。)

(来て、くれないの……?)


そっと胸へ手を当てる。


苦しい。


こんなにも。




昨日、胸へしまおうと決めた恋は。


もう、


しまいきれないほど大きくなっていた。


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