第8話 蠟燭の夜会(後編)
香房の在庫室は薄暗く、様々な香料の匂いが重く淀んでいた。
エレノアとリリアは、夜会で使用された残りの蠟燭をすべて並べ、ひとつずつ嗅いでいった。
「これ……全部同じ匂いじゃないわ。七本だけ、明らかに違う」
リリアが目を丸くした。
エレノアは問題の蠟燭を蒸留器にかけ、成分を抽出してみせた。甘く危険な「夢の樹脂」の香りが作業室に広がる。
「この樹脂は南方の交易商人だけが扱う希少品。しかも、王宮に持ち込むには特別な許可が必要……」
その時、部屋の入り口に影が差した。
ハインリヒ首席が、太った体を揺らして立っていた。彼の表情は硬く、いつもの嘲笑が消えていた。
「新入り……お前がまた余計なことを」
「首席。この蠟燭に混入された香料について、ご存知ではありませんか?」
エレノアの声は静かだったが、目は鋭く首席を捉えていた。
ハインリヒの体から漂うムスクの香りに、わずかな冷や汗の臭いが混じった。嘘の匂い。
「知るわけがない! 私はただ指示に従って蠟燭を準備させただけだ!」
翌朝、王太子の執務室で報告が行われた。
エレノアは抽出結果を記した紙を差し出し、淡々と説明した。
「犯人は香房内部の者、または外部から香房に容易にアクセスできる立場の人です。夢の樹脂は高価で、容易に手に入るものではありません」
ラインハルトは紙を眺めながら、低い声で言った。
「ヴォルフ公爵家の動きが最近活発だという報告がある。……貴女の鼻は、また役に立ったようだ」
エレノアは頭を下げた。
事件の直接の犯人は結局、下級の蠟燭係の使用人として特定されたが、背後に誰がいるかは不明のままだった。しかし、この一件でエレノアの評価は確実に上がった。
退出する際、ラインハルトが珍しく言葉を足した。
「体を休めろ。……よくやった」
その一言に、エレノアの胸がわずかに温かくなった。




