第5話 王太子の警告
翌朝、エレノアは再びラインハルト王太子の執務室に呼ばれた。
王太子は窓辺に立ち、城壁の向こうを眺めていた。朝の光が彼の黒髪と端正な横顔を照らす。
「昨日の公妃からの呼び出し、聞いている」
声は低く、冷たかった。
「はい」
「貴女は香りを嗅ぐ。だが、宮廷の香りは毒よりも危険だ。派閥に巻き込まれれば、鼻など関係なく潰される」
ラインハルトは振り返り、エレノアを正面から見据えた。銀灰色の瞳が、まるで彼女の心の奥まで見透かそうとしているようだった。
「私は幼い頃、母の愛用香水に毒を入れられたことがある。
あの甘い香りとともに、死の匂いがしたのを今でも忘れていない」
エレノアは静かに息を飲んだ。初めて聞く、王太子の過去の一端。
「私は幼い頃、母の愛用香水に毒を入れられたことがある。……だから私は香りを信用しない。
だが、貴女の鼻は有用だ。当分、私の傍で嗅いでいろ。ただし、**必要以上に目立つな**。控えめに、目立たぬように動け」
エレノアは胸の内でほっとした。
目立つことを望んでいない彼女にとって、王太子のこの言葉はむしろありがたかった。
「畏まりました、殿下。
私は目立つことなど望んでおりません。ただ……香りだけは、嗅ぎ続けたいと思います」
一瞬、ラインハルトの瞳にわずかな揺らぎが走った気がした。
「期待している」
退出する際、エレノアは王太子のコートから漂う香りを記憶した。
冷たい鋼と、清潔な石鹸、そしてほんのわずかな……寂しげな森林の残り香。
(この人も、傷を抱えているのね)




