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『影の調香師は王宮の謎を嗅ぐ ~没落貴族令嬢、香りで真実を暴く~』  作者: 9 10
第一章 王宮の調香師

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第33話 卿の目的

 三日後、再びバルドゥール卿から書状が届いた。


 今度は『東の庭園礼拝堂、夕刻』とだけ記されていた。

 エレノアは迷ったが、ガスパールを遠くに待機させた上で礼拝堂へ向かった。


 夕暮れの礼拝堂は静かだった。ステンドグラスから差し込む橙色の光が、石の床に色鮮やかな影を落としている。蜜蝋の蝋燭と、古い石の香りが空間を満たしていた。


 バルドゥール卿はすでにそこにいた。祭壇の前に立ち、窓の光の中で静止している。


「来たか」


「はい。……前回の件、その後いかがでしたか」


「当該文官を、その棚から遠ざけた。回復している」


 それだけだった。礼も感謝もなく、ただ結果の報告だった。

 エレノアが次の言葉を待っていると、卿は静かに口を開いた。


「お前に聞きたいことがある。ローゼンフェルト家の母親——マリアについて、何か知っているか」


 エレノアの心臓が跳ねた。


「……母のことを、ご存知なのですか」


「八年前、この王宮で働いていた調香師だ。私は当時、ある調査に関わっていた」


 バルドゥール卿はエレノアをまっすぐに見た。感情のない瞳だったが、その奥にわずかな緊張が走っているように見えた。


「マリアは、当時の側近暗殺事件に巻き込まれた。公式には無関係とされたが……私はそうは思っていない。彼女は何かを知っていた」


「母は……病死したと聞いています」


「そうなっている」


 短い沈黙が落ちた。


「卿は、母が殺されたとお思いなのですか」


 バルドゥール卿は答えなかった。

 ただ、蝋燭の炎が揺れ、ステンドグラスの光が二人の間を静かに流れた。


「今はまだ、何も言えない。ただ——お前の鼻は、真実に近いところにいる」


 彼はそれだけ言い残し、礼拝堂を出て行った。


 エレノアはしばらく動けなかった。

 母の形見の香りを手首に感じながら、胸の奥で何かが静かに燃え始めるのを感じていた。


(母様……あなたは、何を見ていたの)

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