第33話 卿の目的
三日後、再びバルドゥール卿から書状が届いた。
今度は『東の庭園礼拝堂、夕刻』とだけ記されていた。
エレノアは迷ったが、ガスパールを遠くに待機させた上で礼拝堂へ向かった。
夕暮れの礼拝堂は静かだった。ステンドグラスから差し込む橙色の光が、石の床に色鮮やかな影を落としている。蜜蝋の蝋燭と、古い石の香りが空間を満たしていた。
バルドゥール卿はすでにそこにいた。祭壇の前に立ち、窓の光の中で静止している。
「来たか」
「はい。……前回の件、その後いかがでしたか」
「当該文官を、その棚から遠ざけた。回復している」
それだけだった。礼も感謝もなく、ただ結果の報告だった。
エレノアが次の言葉を待っていると、卿は静かに口を開いた。
「お前に聞きたいことがある。ローゼンフェルト家の母親——マリアについて、何か知っているか」
エレノアの心臓が跳ねた。
「……母のことを、ご存知なのですか」
「八年前、この王宮で働いていた調香師だ。私は当時、ある調査に関わっていた」
バルドゥール卿はエレノアをまっすぐに見た。感情のない瞳だったが、その奥にわずかな緊張が走っているように見えた。
「マリアは、当時の側近暗殺事件に巻き込まれた。公式には無関係とされたが……私はそうは思っていない。彼女は何かを知っていた」
「母は……病死したと聞いています」
「そうなっている」
短い沈黙が落ちた。
「卿は、母が殺されたとお思いなのですか」
バルドゥール卿は答えなかった。
ただ、蝋燭の炎が揺れ、ステンドグラスの光が二人の間を静かに流れた。
「今はまだ、何も言えない。ただ——お前の鼻は、真実に近いところにいる」
彼はそれだけ言い残し、礼拝堂を出て行った。
エレノアはしばらく動けなかった。
母の形見の香りを手首に感じながら、胸の奥で何かが静かに燃え始めるのを感じていた。
(母様……あなたは、何を見ていたの)




