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『影の調香師は王宮の謎を嗅ぐ ~没落貴族令嬢、香りで真実を暴く~』  作者: 9 10
第一章 王宮の調香師

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第30話 薔薇園の午後

 珍しく午後の時間が空いた。


 ラインハルトから「今日は香房で休んでいろ」と言われたエレノアは、リリアに誘われて王宮の薔薇園を歩いていた。


 五月の光の中で、赤と白と淡いピンクの薔薇が風に揺れている。甘く清らかな香りが、エレノアの張り詰めた神経をゆっくりとほぐしていった。


「ねえ、最近顔が疲れてるよ」


 リリアが隣で心配そうに言う。


「そうかしら」


「そうよ。王太子殿下のそばにいて、気を張ってばかりなんじゃない?」


 エレノアは答えずに、白い薔薇の花びらに指先で触れた。母が好きだった品種と同じだった。


(母様もここを歩いたのかしら)


 ふと、母が王宮で働いていた頃のことを思った。あの黒塗りの記録、「忘却の霧」と記されたラベル。まだ何も解けていない。


 二人がベンチに腰を下ろしたとき、遠くの石造りの回廊に人影が見えた。


 ラインハルトだった。彼はこちらに気づいていないようで、一人で静かに空を見上げていた。


 その横顔に、普段の冷たさはなかった。

 ただ、どこか遠くを見つめる、疲れた青年の顔があった。


 エレノアはそっと視線を外した。


(殿下も……重いものを背負っているのね)


 薔薇の香りが風に乗って漂い、二人の間をやさしく通り過ぎていった。

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