第28話 母の形見
王太子から初めて「個人的な依頼」が下された。
「私の母の形見の首飾りに生前つけられていた香油の再現を試してほしい。記録だけは残っているのだが……」
エレノアは古い記録を丁寧に読み、数日をかけて調合を行った。
ダマスクローズを基調に、ほのかにバニラとサンダルウッドを忍ばせた、優しく包み込むような香り。
後日、完成した香油を王太子に差し出すと、彼は珍しく長く瓶を手に取り、目を閉じて香りを嗅いだ。
「……似ている。よくここまで再現してくれた」
その声音に、わずかな懐かしさと柔らかさが混じっていた。
エレノアは控えめに答えた。
「完全な再現は難しいですが、殿下のお母様の記憶に少しでも寄り添えれば幸いです」
王太子は彼女をじっと見つめ、静かに言った。
「お前は不思議な女だ。能力がありながら、決してそれを武器にしようとしない。……なぜそこまで、頑なに目立つことを避けたがる?」
エレノアは少し迷った後、正直に答えた。
「私は没落した男爵家の娘です。前にもお話しした通り目立ってしまえば、家族に災いが及ぶかもしれません。ただ、香りの異常だけは、放っておけない性分なのです」
王太子は小さく息を吐き、窓の外に視線を移した。
「わかった。ただし、私の傍を離れるな。それだけは約束しろ」
エレノアは胸の奥がざわつくのを感じながら、深く頭を下げた。




