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『影の調香師は王宮の謎を嗅ぐ ~没落貴族令嬢、香りで真実を暴く~』  作者: 9 10
第一章 王宮の調香師

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第25話 夜の香油

 夜、王太子の私室でエレノアは就寝前の香油を調整していた。

 ラベンダー、サンダルウッド、ほのかにカモミールを加えた調合。王太子の疲労を和らげるためのものだ。


 王太子が執務から戻り、部屋に入ってきた。

 彼はエレノアが調合した香油の瓶を手に取り、軽く香りを嗅いだ。


「随分と穏やかな香りだな」


「殿下の神経を少しでも休めていただければと思いまして」


 ラインハルトは椅子に深く腰を下ろし、珍しく少し長い間エレノアを見ていた。


「お前は……本当に不思議な女だ。能力がありながら、目立つことを極端に嫌う。普通ならこの立場を利用して、もっと上に上がろうとするだろうに」


 エレノアは静かに答えた。


「私は没落した男爵家の娘です。これ以上目立ってしまえば、かえって家族にも災いが及ぶかもしれません。……ただ、香りの異常だけは、放っておけない性分でして」


 王太子は小さく息を吐いた。


「わかった、わかった。お前が望む通り、必要以上に表には出さぬよう配慮しよう。ただし——」


 彼は一瞬、言葉を止めた。


「私の傍は離れるな。それだけは約束しろ」


 エレノアは胸の奥が少しざわつくのを感じながら、深く頭を下げた。


「畏まりました、殿下」


 その夜、エレノアは自分の部屋に戻り、母の形見の香りを手首に落とした。

 王太子の冷たい鋼の香りと、わずかに見せた柔らかい視線が、頭から離れなかった。


(これは……本当に、ただの側仕えで済む話なのだろうか)

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