第23話 王太子の朝
王太子の私室に朝日が差し込む頃、エレノアはいつものように部屋の空気を確認していた。
今日も王太子の使用するコートと手袋の香りを丁寧に確認する。冷たい鋼と石鹸の香りの奥に、わずかな疲労と緊張の残り香を感じ取った。
「殿下、昨夜もあまりお休みになれなかったようですね」
エレノアが控えめに言うと、ラインハルトは書類から目を上げた。
「相変わらずよくわかるな」
「香りは嘘をつきません。殿下のような方の場合は特にです。」
王太子は軽く鼻で笑ったような気がした。
「お前は本当に、必要以上に目立たないように生きようとしている。この立場にいながら、まだそんなことを考えているのか?」
「はい……私は目立たないままでいたいのです。余計な注目は、かえって自由を奪いますので」
王太子は彼女をじっと見つめた後、短く言った。
「今日の午後、南方の使者との謁見がある。その場に控えていろ。香炉と室内の香りを確認してくれ」
「畏まりました」
エレノアは深く頭を下げた。
王太子の側仕えになってまだ数日しか経っていないが、すでに自分が「目立ちたくない」という望みから遠ざかっていることを痛感していた。
午後の謁見の間、エレノアは壁際に控え、使者たちが焚く香炉の香りを集中して嗅いだ。
表向きは上品な樹脂の香りだったが、奥に微かな興奮を誘う成分が混ざっているのを感じ取った。
謁見後、王太子はエレノアだけを残して言った。
「どうだった?」
「……使者の香炉に、相手の判断力を鈍らせる成分が微量に混ざっていました。悪意があるかどうかはまだ判断できませんが、用心された方がよろしいかと」
王太子は静かに頷いた。
「わかった。……お前は本当に、鼻が良いな」
褒め言葉に近い言葉をかけられ、エレノアは少し動揺しながら頭を下げた。
(目立ちたくないのに……殿下の視線が、最近少し重か感じてしまう)




