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『影の調香師は王宮の謎を嗅ぐ ~没落貴族令嬢、香りで真実を暴く~』  作者: 9 10
第一章 王宮の調香師

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第23話 王太子の朝

 王太子の私室に朝日が差し込む頃、エレノアはいつものように部屋の空気を確認していた。

 今日も王太子の使用するコートと手袋の香りを丁寧に確認する。冷たい鋼と石鹸の香りの奥に、わずかな疲労と緊張の残り香を感じ取った。


「殿下、昨夜もあまりお休みになれなかったようですね」


 エレノアが控えめに言うと、ラインハルトは書類から目を上げた。


「相変わらずよくわかるな」


「香りは嘘をつきません。殿下のような方の場合は特にです。」


 王太子は軽く鼻で笑ったような気がした。


「お前は本当に、必要以上に目立たないように生きようとしている。この立場にいながら、まだそんなことを考えているのか?」


「はい……私は目立たないままでいたいのです。余計な注目は、かえって自由を奪いますので」


 王太子は彼女をじっと見つめた後、短く言った。


「今日の午後、南方の使者との謁見がある。その場に控えていろ。香炉と室内の香りを確認してくれ」


「畏まりました」


 エレノアは深く頭を下げた。

 王太子の側仕えになってまだ数日しか経っていないが、すでに自分が「目立ちたくない」という望みから遠ざかっていることを痛感していた。


 午後の謁見の間、エレノアは壁際に控え、使者たちが焚く香炉の香りを集中して嗅いだ。

 表向きは上品な樹脂の香りだったが、奥に微かな興奮を誘う成分が混ざっているのを感じ取った。

 謁見後、王太子はエレノアだけを残して言った。


「どうだった?」


「……使者の香炉に、相手の判断力を鈍らせる成分が微量に混ざっていました。悪意があるかどうかはまだ判断できませんが、用心された方がよろしいかと」


 王太子は静かに頷いた。


「わかった。……お前は本当に、鼻が良いな」


 褒め言葉に近い言葉をかけられ、エレノアは少し動揺しながら頭を下げた。


(目立ちたくないのに……殿下の視線が、最近少し重か感じてしまう)

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