第13話 棘の刻印
騎士団の訓練場では、木剣の素振りの音が木霊していた。
エレノアは香房から持ち込んだ保護ワックスを、指定された木剣の柄に塗る作業をしていた。蜂蜜とローズマリーを基調とした、伝統的な中世の香りだ。
「また君か」
ガスパールが笑顔で近づいてきた。その後ろには黒髪のルーカスもいる。
「先日はありがとう。……ところで、このワックスに何かおかしいところはないか?」
エレノアは木剣を手に取り、柄の部分に鼻を近づけた。
甘い蜂蜜の香りの奥に、微かな刺激臭と植物性の毒成分が混じっている。
「……これは棘草の抽出液です。長く握り続けると手に痺れと炎症を起こします」
ルーカスが眉を寄せた。
「またか……。最近、俺たち若手が使う道具に細工されることが増えている」
その時、筋肉質の大柄な騎士が近づいてきた。ディートリヒ・フォン・ローゼンだった。
「ガスパール、こいつが例の侍女か? 俺も先日の狩猟祭の準備で助けられたらしいな」
ディートリヒは豪快に笑い、エレノアに頭を下げた。
エレノアは周囲を気にしながら小声で言った。
「目立たないようにお願いします……。このワックスは私が中和しますので、皆さんは普段通りに使ってください」
その夜、三人は厩舎の奥で問題のワックスを安全なものに交換した。ディートリヒは力仕事を、エレノアは調合を、ガスパールとルーカスは見張りを担当した。
「君のような者がいてくれると心強い」
ディートリヒが照れくさそうに言った。
エレノアは控えめに微笑みながら、心の中で思った。
(三人目……少しずつ、輪が広がっていく)




