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第11話 銀の馬具と薔薇の棘

王宮の外れにある騎士団の厩舎は、石と木でできた実用的な建物だった。

中世の王国らしい、馬の匂い、革の匂い、油の匂いが混じり合う場所——ここでは毎日、騎士たちの馬具の手入れと訓練が行われていた。

エレノアは香房の仕事の一環として、騎士団の公式行事で使用される「勝利の香油」の調整を命じられていた。

勝ち誇った騎士が身にまとう、わずかに甘く爽やかな香りだ。

厩舎の隅で作業していると、若い騎士の一人が近づいてきた。


「君が……例の鼻が良いという侍女か?」


金褐色の髪をした、二十歳前後の若手騎士——ガスパール・フォン・アルトハイムだった。先日の蠟燭事件で軽い中毒になった者の一人で、エレノアが素早く対応したおかげで大事に至らなかった。


「はい。エレノアと申します」


エレノアは控えめに頭を下げ、できるだけ目立たないように作業台に視線を落とした。

ガスパールは少し声を潜めて言った。


「礼を言いたくてな。あの時は助かった。……ところで、この馬具の油に何か変な匂いがしないか? 俺の愛馬の鞍に塗ったばかりなんだが」


エレノアは差し出された革の鞍に鼻を近づけた。

通常の革油の香りの奥に、微かな金属的な刺激臭が混じっている。


「……これは、鉄の錆と似た成分です。しかも香料で誤魔化してあります。

 長く使えば馬の皮膚を荒らし、騎乗中に不調を起こす可能性が」


ガスパールの顔が引き締まった。


「誰かが俺の馬を狙った……ということか?」


「まだ断定はできません。ただ、意図的なものが混入されているのは確かです」


その日の午後、ガスパールはエレノアを騎士団の訓練場近くの小さな談話室に呼んだ。

そこには他に二人の若手騎士もいた。

彼らは先日の夜会事件でエレノアの対応を見ていた者たちだった。


「君の鼻は本物らしいな。俺たち下級騎士は、上の派閥争いに巻き込まれることが多い。

 ……もしよければ、時折こうして相談に乗ってくれないか?」


エレノアは少し迷った。

目立ちたくない彼女にとって、騎士たちと親しくなるのはリスクだった。しかし、彼らの視線は純粋に助けを求めているように見えた。


「……わかりました。ただし、目立たない範囲でお願いします。

 私はただ、香りを嗅ぐだけの者です」


ガスパールは明るく笑った。


「わかった。俺たちも表立って君を構うつもりはない。影ながら、ってやつだ」


その夜、エレノアは自分の部屋で母の形見の香りを手首に落としながら考えた。


(少しずつ……味方は増えていくのかもしれない。

 ただ、貴族からは、まだまだ警戒されるだろう)


翌朝、首席調香師ハインリヒから呼び出された。

彼はいつもの重いムスクの香りを漂わせながら、冷たい目でエレノアを見下ろした。


「最近、騎士どもと親しくしているらしいな。新入り風情が、調子に乗るんじゃないぞ」


エレノアは静かに頭を下げた。

貴族からの警戒は、思った以上に早く、かつ強く訪れた。

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