第9話 五人目の観測者
「五人目です」
その一言で、空気が変わった。
さっきまでの混乱が、すべて“前振り”だったかのように。
誰も動かない。
いや、動けない。
「……誰のことですか」
リディアが低く問う。
その声には、すでに警戒が混じっていた。
私は答えない。
代わりに、廊下の奥を見る。
足音が、ひとつ。
静かに、確実に近づいてくる。
騎士の足音ではない。
もっと軽い。
けれど。
気配が、重い。
「……ああ」
隣で、男が小さく笑った。
「これは予想外だ」
珍しく、本心に近い声だった。
その時点で、理解する。
この“五人目”は。
彼の想定にもなかった。
足音が止まる。
そして。
「……遅れてしまいました」
声がした。
落ち着いた、柔らかい声。
見慣れた顔が、そこに立っていた。
「ミレイユ……?」
思わず、名前が漏れる。
侍女の制服。
控えめな佇まい。
この場に、もっとも似合わない存在。
――のはずだった。
「セレスティア様」
彼女は、いつものように一礼する。
けれど。
その動作が、ほんの少しだけ“正確すぎる”。
「お怪我はありませんか」
穏やかな問い。
でも。
違う。
何かが。
「……ええ」
私はゆっくりと答える。
「問題ありません」
視線を逸らさない。
彼女を見る。
まっすぐに。
ミレイユは、にこりと微笑んだ。
その笑顔は。
完璧だった。
だからこそ。
「……あなた」
リディアが、一歩前に出る。
「どうやってここに」
当然の疑問。
ここは王宮の中枢。
侍女が自由に出入りできる場所ではない。
「呼ばれましたので」
ミレイユは、あっさりと答える。
「呼ばれた?」
「ええ」
小さく頷く。
「“ここに来るべきだ”と」
静かな言葉。
けれど。
その意味は、重い。
リディアが眉をひそめる。
「誰に」
問い。
だが。
「……さあ」
ミレイユは、首を傾げる。
「思い出せません」
嘘ではない。
それが、わかる。
わかってしまう。
「でも」
彼女は、こちらを見る。
私を。
「来なければいけない気がしました」
その一言で、確信する。
――感じている。
リディアと同じ。
いや。
もっと強く。
「……なるほど」
男が、小さく呟く。
「タイプが違うな」
興味深そうに、ミレイユを見る。
「この子、完全に“引っ張られてる”」
その言葉に、私は頷いた。
自覚のない観測者。
未来を知っているわけではない。
でも。
未来に“導かれている”。
「ミレイユ」
私は、名前を呼ぶ。
彼女が、すぐに反応する。
「はい」
「何か、見ましたか」
少しだけ、間を置く。
「夢でも、違和感でも」
彼女は、考える。
ほんの一瞬。
そして。
「……火を」
小さく言う。
「見ました」
空気が、張り詰める。
「どんな火ですか」
私は問う。
重要だ。
ここでの差が。
未来のズレを決める。
「わかりません」
彼女は首を振る。
「でも」
目を閉じる。
「怖かったです」
それで十分だった。
リディアが、息を呑む。
アルベルトが、目を伏せる。
同じだ。
みんな。
同じものを、見ている。
でも。
見え方が違う。
「……これで五人」
男が、指を折る。
「増えたね」
軽く言う。
でも、その声にはわずかな緊張が混じっていた。
彼も、完全には読めていない。
それが、わかる。
「……セレスティア様」
リディアが、低く言う。
「これは」
「ええ」
私は頷く。
「拡散しています」
未来が。
認識が。
観測が。
「このままでは」
アルベルトが、呟く。
「全員が……」
「いえ」
私は遮る。
「そうはなりません」
断言する。
迷いなく。
「なぜ」
彼が問う。
その声には、焦りがあった。
「限界があるからです」
私は、ゆっくりと答える。
「誰もが同じように観測できるわけではない」
「……」
「適性があります」
視線を、ミレイユに向ける。
「彼女は、“引き寄せられる側”」
次に、リディアを見る。
「あなたは、“感じ取る側”」
アルベルトへ。
「あなたは、“断片を知る側”」
そして。
男へ。
「あなたは、“先を見る側”」
最後に。
自分へ。
「私は、“覚えている側”」
静寂。
誰も、言葉を挟まない。
整理された。
関係が。
構造が。
そして。
「だから」
私は言う。
「全員が同じ未来を見ることはありません」
安心ではない。
むしろ。
不安だ。
ズレるからこそ、衝突する。
「……面白い」
男が、低く呟く。
「完全に役割分担されてる」
「そうです」
私は頷く。
「だからこそ」
一歩、前に出る。
「統一する必要があります」
「統一?」
リディアが問う。
「ええ」
私は、全員を見る。
「バラバラの未来では、意味がない」
そして。
静かに告げる。
「一つの未来を、選びます」
空気が、震える。
その言葉の重さに。
「……誰が」
アルベルトが、問う。
掠れた声で。
「決めるのだ」
いい問いだ。
当然の疑問だ。
だから。
私は、答える。
「決めるのではありません」
短く。
はっきりと。
「奪い合います」
沈黙。
完全な沈黙。
誰も動かない。
誰も、呼吸しない。
その中で。
男だけが、笑った。
「いいね」
低く。
深く。
「それ、すごくいい」
リディアが、私を見る。
迷いと、覚悟の混じった目で。
アルベルトが、拳を握る。
ミレイユが、不安そうにこちらを見つめる。
全員が。
違う。
でも。
同じ場所にいる。
私は、静かに息を吐いた。
そして。
「ここから先は」
ゆっくりと告げる。
「全員が敵です」
その言葉で。
世界が、完全に変わった。
協力ではない。
対立でもない。
――競争だ。
誰が、未来を掴むか。
そのための。
「……なるほどね」
男が、肩をすくめる。
「やっとルールが見えた」
そして。
にやりと笑う。
「じゃあ、始めようか」
その瞬間。
遠くで、もう一度鐘が鳴った。
さっきよりも、強く。
重く。
そして。
何かが、確実に動き出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「未来を変える話」から、
「未来を奪い合う話」に変わりました。
ここが、この物語の本当のスタートラインです。
それぞれの立場が揃い、全員が“敵”になった今、
誰がどんな未来を選ぶのかが次の焦点になります。
もし続きを気にしていただけたら、
ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
次話は「最初に動くのは誰か」です。




