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一度すべてを失った私が、「選ばない」という選択で世界を壊すまで  作者: 優雨セレス


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第8話 次に崩れるもの

 ――鐘の音は、止まらなかった。


 低く、重く、何度も夜を打つ。

 倉庫の火とは明らかに違う規模。


「……王宮の警鐘です」


 リディアが言う。


 さっきよりも落ち着いている。

 決断を一度越えたからだ。


「通常、あれは」


「ええ」


 私は頷く。


「“内部の異常”を知らせるものです」


 外敵ではない。

 戦でもない。


 中で何かが起きている。


 そして。


「……私の知る未来には、ありません」


 小さく呟く。


 はっきりと。


 これは、完全なズレだ。


「いいね」


 横で、男が楽しそうに言う。


「予想外が来た」


「あなたは楽しそうですね」


「楽しいよ」


 迷いなく答える。


「だって、ここからが本番でしょ?」


 その言葉に、私は否定しなかった。


 その通りだ。


 ここからは、記憶ではなく判断で動くしかない。


「……行きます」


 私は歩き出す。


 リディアがすぐに並ぶ。


「王宮へ?」


「ええ」


 短く答える。


「原因を確認します」


「危険です」


「承知しています」


 振り返らない。


「ですが、ここで止まる方が危険です」


 リディアは一瞬だけ黙る。


 そして、頷いた。


「……同行します」


「当然です」


 拒否する理由はない。


 むしろ、必要だ。


 彼女の“正しさ”は、この局面で武器になる。


 後ろで、男が軽く口笛を吹いた。


「三人で王宮か」


「嫌なら来なくて結構です」


「行くよ」


 即答だった。


「面白そうだし」


 やはり、信用はできない。


 でも。


 今は使う。


 廊下を抜け、外へ出る。


 夜風が、火の匂いを運ぶ。


 けれど、それとは別に――。


 空気が、妙に重い。


「……静かすぎます」


 リディアが呟く。


 その通りだ。


 警鐘が鳴っているのに、人の動きが少ない。


 騎士の数も、明らかに足りない。


「配置が変わっている」


 私は低く言う。


「え?」


「人員が、どこかに集中しています」


 つまり。


 原因は一箇所。


 そして。


「……中枢です」


 リディアの顔が、強張る。


 王宮の中枢。


 それは。


「王太子殿下……」


 彼女が、名前を口にする。


 私は何も言わなかった。


 その可能性は、最初からあった。


 ただ。


 このタイミングではない。


 少なくとも、私の知る限りでは。


「急ぎましょう」


 足を速める。


 石畳を踏む音が、夜に響く。


 王宮の門が見えてくる。


 騎士たちが、慌ただしく出入りしている。


「止まれ!」


 門番が叫ぶ。


「立ち入りは――」


「リディア・エルフェルンです」


 彼女が前に出る。


「内部の状況を確認します」


 その一言で、空気が変わる。


 彼女の立場。

 信頼。


 それが道を開く。


「……通れ!」


 門が開く。


 中に入る。


 空気がさらに重くなる。


 廊下は騒然としていた。


 侍女が走り、騎士が指示を飛ばす。


 混乱している。


 だが――。


 秩序が崩れているわけではない。


 むしろ。


「……制御されています」


 私は言う。


「え?」


「誰かが、まとめています」


 リディアが周囲を見る。


 すぐに気づく。


「……指揮系統が一本です」


「ええ」


 つまり。


 パニックではない。


 “意図された混乱”だ。


「面白くなってきた」


 男が、低く呟く。


 さっきよりも、声が静かだ。


 楽しさの種類が変わっている。


 私は、足を止めた。


 前方。


 長い廊下の先。


 人だかりができている。


「……あそこです」


 リディアが言う。


 私は頷く。


 近づく。


 騎士たちが道を開ける。


 リディアの存在が、効いている。


 そして。


 その中心に。


「……殿下」


 リディアの声が、わずかに揺れた。


 そこにいたのは。


 アルベルト・クラウス。


 床に、座り込んでいた。


 服は乱れ、額には汗。


 呼吸が荒い。


 そして――。


「……違う」


 私は、思わず呟いた。


 これは。


 私の知っている彼ではない。


 こんな姿になるのは、もっと後だ。


 もっと。


 取り返しがつかなくなってからだ。


「殿下!」


 リディアが駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


 彼は、顔を上げた。


 目が合う。


 その瞬間。


 背筋が凍る。


 ――知っている目だ。


「……セレスティア」


 彼が、名前を呼ぶ。


 かすれた声で。


「お前……」


 ゆっくりと、立ち上がる。


 ふらつきながら。


「なぜ……ここにいる」


 その問いは、普通ではない。


 彼は、知っている。


 私がここに来ることを。


 いや。


 “来るはずがない”ことを。


「……どうして」


 彼の声が、震える。


「また、同じ顔をしているんだ」


 空気が止まる。


 リディアが、動きを止める。


 騎士たちも、ざわめきを失う。


 男だけが、静かに笑っていた。


「……ほらね」


 小さく呟く。


「四人目」


 私は、息を止める。


 アルベルトが、こちらを見る。


 まっすぐに。


 そして。


「……お前も、覚えているのか」


 そう言った。


 ――完全に、変わった。


 未来が。


 関係が。


 前提が。


 すべて。


 私は、ゆっくりと答える。


「ええ」


 静かに。


 でも、はっきりと。


「覚えています」


 その瞬間。


 世界が、ひとつずれた。


 誰かが、小さく息を呑む。


 そして。


 アルベルトの顔が、崩れる。


「……なら」


 彼は、かすれた声で言う。


「なぜ、あの時――」


 言葉が途切れる。


 続かない。


 いや。


 続けられない。


 私は、目を逸らさない。


 ここが、分岐だ。


 またひとつ。


「……続きは」


 私は言う。


「後にしましょう」


 今は、違う。


 ここで掘り下げるべきではない。


 それよりも。


「何が起きたのか、説明してください」


 主導権を、取る。


 アルベルトが、息を整える。


 そして。


 ゆっくりと、口を開いた。


「……夢を、見た」


 静かな声。


「同じ夢を」


 視線が、揺れる。


 恐怖と。


 理解と。


 後悔と。


 全部が混じっている。


「……燃えていた」


 小さく。


「全部」


 それは。


 私が見たものと、同じだ。


 でも。


 違う。


 彼が“ここで”それを見ること自体が、違う。


「……なるほど」


 私は、小さく息を吐いた。


 理解する。


 これは。


 感染だ。


 観測が、増えている。


 そして。


 未来が、拡散している。


 男が、低く笑う。


「いいね」


 今度は、はっきりと楽しそうに。


「もう止まらない」


 その言葉が、やけに重く響いた。


 私は、アルベルトを見る。


 リディアを見る。


 そして、男を見る。


 ――四人。


 未来を知る者。


 あるいは、感じる者。


 ここまで来たら。


 もう、戻れない。


「……困りましたね」


 いつもの言葉を、口にする。


 でも。


 今回は、少しだけ意味が違う。


 本当に。


 困っている。


 そして同時に。


 ほんの少しだけ。


 期待している自分がいる。


「……どうする」


 アルベルトが、問う。


 初めて。


 私に。


 判断を委ねるように。


 私は、少しだけ考えて。


 そして。


「簡単です」


 静かに答えた。


「全員で、選び直します」


 それが、最適解だ。


 今のところは。


 男が、笑う。


 リディアが、息を呑む。


 アルベルトが、目を見開く。


 そして。


 私は、続ける。


「ただし」


 少しだけ、声を落とす。


「その前に――」


 視線を、廊下の奥へ向ける。


 気配がある。


 明確に。


 今までとは違う。


「五人目です」


 その瞬間。


 空気が、凍った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


未来を知る者が、三人から四人へ。

そして――まだ増えます。


もうこれは「回避する物語」ではなく、

「誰が未来を握るか」の戦いに変わり始めています。


少しでもこの先が気になったら、

ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次話は「五人目の正体」です。

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