第7話 止めるか、捨てるか
「ここからが、本番です」
そう言った瞬間、熱が顔を叩いた。
熱風。
煙。
視界の端で、崩れた梁がまだ燻っている。
「下がってください!」
リディアの声が響く。
さっきよりも強く、はっきりと。
周囲の騎士や使用人が、動き始める。
水桶が運ばれ、布が濡らされ、消火の準備が整えられていく。
統率は取れている。
――でも。
「遅い」
私は呟いた。
「え?」
リディアが振り返る。
「この火は、抑える段階ではありません」
私は炎を見据える。
動き。
燃え方。
広がり方。
記憶と照合する。
違う。
まったく違う。
「……セレスティア様?」
「このままでは、倉庫ごと崩れます」
短く告げる。
リディアの顔が強張る。
「そんな……」
「止めるのではなく、切り離すべきです」
「切り離す?」
「はい」
私は周囲を見渡す。
倉庫は石造り。
だが内部は木材が多い。
燃え広がれば、支えが持たない。
「隣の区画を壊します」
その言葉で、空気が凍った。
「なっ……!」
リディアが一歩前に出る。
「何を言っているのですか!?」
「延焼を防ぐためです」
「それは破壊です!」
「必要な破壊です」
即答する。
迷いはない。
なぜなら――。
その選択を、私は知っているから。
あの時。
誰も壊さなかった。
だから広がった。
だから間に合わなかった。
だから――。
「……だめです」
リディアが首を振る。
強く。
「そんな判断はできません」
「では、燃やしますか?」
「違います!」
彼女は叫ぶ。
「止めます!」
「どうやって?」
問いは静かだった。
けれど、鋭い。
「この規模を?」
彼女の言葉が詰まる。
見ている。
理解している。
この火が、想定より大きいことを。
でも。
認められない。
「……それでも」
リディアは、踏みとどまる。
「破壊は、最後の手段です」
「もう最後です」
私は言い切る。
「ここは、分岐点です」
その一言で、彼女の目が揺れる。
わかっている。
ここでの選択が、未来を変えることを。
「……セレスティア様」
彼女は低く言う。
「あなたは、何を見ているのですか」
「未来です」
短く答える。
「そして」
一歩、踏み込む。
「その未来を、避けるための手段を知っています」
沈黙。
炎の音だけが、響く。
ぱちぱちと。
崩れる音とともに。
「……信用できません」
リディアが言う。
正直に。
「当然です」
私は頷く。
「では」
私は視線を外さない。
「選んでください」
彼女に。
「信じるか、見ているか」
選択を、突きつける。
その瞬間。
背後で、男が小さく笑った。
「いいね」
呟く。
「ちゃんと選ばせる」
無視する。
今は関係ない。
リディアの目が、揺れている。
強く。
大きく。
正しさと、現実。
理想と、時間。
その間で。
そして。
「……壊します」
小さく、しかし確かに言った。
決断。
初めての。
「ただし」
顔を上げる。
「最小限で」
いい。
それでいい。
「ええ」
私は頷く。
「十分です」
彼女はすぐに振り返る。
「隣区画の壁を崩します! 準備を!」
指示が飛ぶ。
騎士たちが動く。
戸惑いながらも、従う。
正しい声だ。
迷いを消す声。
その間に。
「……やるじゃん」
男が隣に来る。
「思ったより早かったね」
「ええ」
短く返す。
「彼女は、優秀です」
「敵にしたくないタイプだね」
「すでに敵です」
言い切る。
彼は笑った。
その時。
壁に衝撃が走る。
鈍い音。
ひびが入る。
もう一度。
強く。
そして。
崩れる。
石と木が、音を立てて落ちる。
炎の流れが変わる。
空気が動く。
火が、一方向に寄る。
「……止まった」
誰かが呟く。
完全ではない。
でも。
広がりは、止まった。
リディアが、その場に立ち尽くす。
肩が、わずかに震えている。
「……これで」
小さく。
「よかったのでしょうか」
その問いに、私は答える。
「はい」
迷いなく。
「これが最善です」
彼女は、ゆっくりと頷く。
まだ完全には納得していない。
でも。
受け入れた。
それで十分だ。
炎は、制御下に入る。
騎士たちが消火を続ける。
被害は大きい。
でも。
致命的ではない。
未来より、明らかに軽い。
「……変わった」
私は小さく呟く。
「うん」
男が頷く。
「ちゃんと変わったね」
その声は、少しだけ真面目だった。
「でもさ」
続ける。
「これで終わりだと思う?」
私は答えない。
答えは、わかっている。
終わるはずがない。
未来は、一つではない。
そして。
変えれば、別の歪みが生まれる。
「……来ます」
私は言う。
「何が?」
「次の“ズレ”が」
その瞬間だった。
遠くで、鐘の音が鳴る。
夜に響く、重い音。
異常を告げる音ではない。
もっと。
大きなもの。
「……これは」
リディアが顔を上げる。
「王宮の警鐘……?」
嫌な予感がする。
強く。
はっきりと。
男が、小さく笑った。
「ほらね」
呟く。
「一つ変えたら、次が来る」
私は、目を細める。
未来は変わった。
確実に。
でも。
それで終わりではない。
むしろ。
ここからだ。
リディアが、私を見る。
不安と、決意の混じった目で。
「……セレスティア様」
「ええ」
私は頷く。
「次を、見に行きましょう」
選択は終わらない。
続く。
どこまでも。
未来が、尽きるまで。
「ここからが、本番です」
そう言った瞬間、熱が顔を叩いた。
熱風。
煙。
視界の端で、崩れた梁がまだ燻っている。
「下がってください!」
リディアの声が響く。
さっきよりも強く、はっきりと。
周囲の騎士や使用人が、動き始める。
水桶が運ばれ、布が濡らされ、消火の準備が整えられていく。
統率は取れている。
――でも。
「遅い」
私は呟いた。
「え?」
リディアが振り返る。
「この火は、抑える段階ではありません」
私は炎を見据える。
動き。
燃え方。
広がり方。
記憶と照合する。
違う。
まったく違う。
「……セレスティア様?」
「このままでは、倉庫ごと崩れます」
短く告げる。
リディアの顔が強張る。
「そんな……」
「止めるのではなく、切り離すべきです」
「切り離す?」
「はい」
私は周囲を見渡す。
倉庫は石造り。
だが内部は木材が多い。
燃え広がれば、支えが持たない。
「隣の区画を壊します」
その言葉で、空気が凍った。
「なっ……!」
リディアが一歩前に出る。
「何を言っているのですか!?」
「延焼を防ぐためです」
「それは破壊です!」
「必要な破壊です」
即答する。
迷いはない。
なぜなら――。
その選択を、私は知っているから。
あの時。
誰も壊さなかった。
だから広がった。
だから間に合わなかった。
だから――。
「……だめです」
リディアが首を振る。
強く。
「そんな判断はできません」
「では、燃やしますか?」
「違います!」
彼女は叫ぶ。
「止めます!」
「どうやって?」
問いは静かだった。
けれど、鋭い。
「この規模を?」
彼女の言葉が詰まる。
見ている。
理解している。
この火が、想定より大きいことを。
でも。
認められない。
「……それでも」
リディアは、踏みとどまる。
「破壊は、最後の手段です」
「もう最後です」
私は言い切る。
「ここは、分岐点です」
その一言で、彼女の目が揺れる。
わかっている。
ここでの選択が、未来を変えることを。
「……セレスティア様」
彼女は低く言う。
「あなたは、何を見ているのですか」
「未来です」
短く答える。
「そして」
一歩、踏み込む。
「その未来を、避けるための手段を知っています」
沈黙。
炎の音だけが、響く。
ぱちぱちと。
崩れる音とともに。
「……信用できません」
リディアが言う。
正直に。
「当然です」
私は頷く。
「では」
私は視線を外さない。
「選んでください」
彼女に。
「信じるか、見ているか」
選択を、突きつける。
その瞬間。
背後で、男が小さく笑った。
「いいね」
呟く。
「ちゃんと選ばせる」
無視する。
今は関係ない。
リディアの目が、揺れている。
強く。
大きく。
正しさと、現実。
理想と、時間。
その間で。
そして。
「……壊します」
小さく、しかし確かに言った。
決断。
初めての。
「ただし」
顔を上げる。
「最小限で」
いい。
それでいい。
「ええ」
私は頷く。
「十分です」
彼女はすぐに振り返る。
「隣区画の壁を崩します! 準備を!」
指示が飛ぶ。
騎士たちが動く。
戸惑いながらも、従う。
正しい声だ。
迷いを消す声。
その間に。
「……やるじゃん」
男が隣に来る。
「思ったより早かったね」
「ええ」
短く返す。
「彼女は、優秀です」
「敵にしたくないタイプだね」
「すでに敵です」
言い切る。
彼は笑った。
その時。
壁に衝撃が走る。
鈍い音。
ひびが入る。
もう一度。
強く。
そして。
崩れる。
石と木が、音を立てて落ちる。
炎の流れが変わる。
空気が動く。
火が、一方向に寄る。
「……止まった」
誰かが呟く。
完全ではない。
でも。
広がりは、止まった。
リディアが、その場に立ち尽くす。
肩が、わずかに震えている。
「……これで」
小さく。
「よかったのでしょうか」
その問いに、私は答える。
「はい」
迷いなく。
「これが最善です」
彼女は、ゆっくりと頷く。
まだ完全には納得していない。
でも。
受け入れた。
それで十分だ。
炎は、制御下に入る。
騎士たちが消火を続ける。
被害は大きい。
でも。
致命的ではない。
未来より、明らかに軽い。
「……変わった」
私は小さく呟く。
「うん」
男が頷く。
「ちゃんと変わったね」
その声は、少しだけ真面目だった。
「でもさ」
続ける。
「これで終わりだと思う?」
私は答えない。
答えは、わかっている。
終わるはずがない。
未来は、一つではない。
そして。
変えれば、別の歪みが生まれる。
「……来ます」
私は言う。
「何が?」
「次の“ズレ”が」
その瞬間だった。
遠くで、鐘の音が鳴る。
夜に響く、重い音。
異常を告げる音ではない。
もっと。
大きなもの。
「……これは」
リディアが顔を上げる。
「王宮の警鐘……?」
嫌な予感がする。
強く。
はっきりと。
男が、小さく笑った。
「ほらね」
呟く。
「一つ変えたら、次が来る」
私は、目を細める。
未来は変わった。
確実に。
でも。
それで終わりではない。
むしろ。
ここからだ。
リディアが、私を見る。
不安と、決意の混じった目で。
「……セレスティア様」
「ええ」
私は頷く。
「次を、見に行きましょう」
選択は終わらない。
続く。
どこまでも。
未来が、尽きるまで。




