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一度すべてを失った私が、「選ばない」という選択で世界を壊すまで  作者: 優雨セレス


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第6話 先に選ぶのはどちらか

 「……やはり、動くのですね」


 リディアの声は、前話よりも静かだった。


 けれど、その静けさは迷いではない。

 決意の静けさだ。


 私は足を止めたまま、彼女を見る。


「ええ」


 短く答える。


「止まる理由がありませんので」


「あります」


 即答だった。


 彼女は一歩前に出る。


「あなたは拘束されている身です」


「形式上、です」


「形式は守られるべきものです」


「状況によります」


 言葉がぶつかる。


 だが、これは言い争いではない。

 確認だ。


 お互いの“正しさ”の。


「セレスティア様」


 リディアは、少しだけ息を整える。


「あなたは、何をしようとしているのですか」


 問いは真っ直ぐだった。


 誤魔化しは通じない。


 けれど。


 全部を話す必要もない。


「火を止めます」


 そのまま答える。


 リディアの眉が、ぴくりと動いた。


「……やはり」


「ええ」


 私は頷く。


「明日、倉庫で火災が起きます」


「それを、止めると」


「はい」


 沈黙。


 彼女は考えている。


 信じるか、否か。


 でも。


 問題はそこではない。


「なぜですか」


 やがて、彼女は問う。


「それが、本当に起きるとして」


 一歩、近づく。


「なぜ、あなたが止めるのですか」


 いい問いだ。


 とても。


 だから私は、少しだけ笑う。


「止めるべきだからです」


「それは理由になりません」


「では」


 私は視線を逸らさない。


「あなたは、止めますか」


 リディアの呼吸が、一瞬止まる。


 彼女は知っている。


 その問いが、逃げ場を奪うことを。


「……」


 答えは、すぐには出ない。


 当然だ。


 彼女は“感じている”だけ。

 確信は持っていない。


 それでも。


「……止めます」


 絞り出すように言う。


 いい。


 それでいい。


「ならば、同じです」


「違います」


 即座に否定が返る。


「私は、確認してから動きます」


「私は、確認する前に動きます」


 言い切る。


 リディアの目が、揺れる。


「それは、無責任です」


「いいえ」


 私は首を振る。


「時間がないだけです」


 その言葉に、彼女は黙る。


 “時間”。


 それが、この場で一番重い言葉だと、彼女も感じている。


「……それでも」


 彼女は、踏みとどまる。


「あなたのやり方は、危険です」


「あなたのやり方は、遅い」


 ぶつかる。


 正しさが。


 譲らない。


 どちらも。


 その時。


「ねえ」


 横から、軽い声が入る。


 男だ。


 ずっと黙って見ていたくせに、今さら口を出す。


「結論出てるよね、これ」


 リディアが、きっと彼を睨む。


「あなたは黙っていてください」


「無理」


 即答。


「だって面白いし」


 軽く肩をすくめる。


 そして、私とリディアを交互に見る。


「どっちが先に動くか、でしょ?」


 核心だった。


 私は小さく息を吐く。


 その通りだ。


「……そうですね」


 リディアも、同じ結論に至る。


 彼女は、私を見る。


 まっすぐに。


「ならば」


 一歩、引く。


「私は先に確認します」


 選択だ。


 彼女の。


「そして、火災が起きると判断した場合」


 視線を逸らさない。


「その時は、私が止めます」


 宣言。


 譲らない。


 でも。


 完全に拒絶もしない。


 いい。


 とてもいい。


「では」


 私は頷く。


「急ぎましょう」


「……え?」


 リディアが、一瞬戸惑う。


「確認するのでしょう?」


「そ、それは」


「時間がありません」


 歩き出す。


 止まらない。


「あなたの判断が遅れれば、それだけ被害が広がります」


 彼女の横を通り過ぎる。


 わずかに、肩が触れた。


 彼女は、動かない。


 いや。


 動けない。


 考えている。


 正しい順序と、現実の速度。


 その差に。


「ほら」


 男が後ろから言う。


「もう始まってるよ」


 その一言で、リディアの目が変わる。


 決断の目に。


「……待ってください!」


 彼女が、追いかけてくる。


 足音が揃う。


 三人になる。


 奇妙な並びだ。


 敵と敵と、観客。


 でも。


 今は、それでいい。


「場所はわかりますか」


 リディアが問う。


「ええ」


 私は頷く。


「あなたは?」


「当然です」


 少しだけ、誇らしげに。


 その顔を見て、ほんのわずかに安心する。


 彼女は、まだ“正しい”。


 だからこそ。


 ここで、止める価値がある。


 廊下を抜ける。


 階段を下りる。


 夜の空気が、少しずつ変わる。


 倉庫は近い。


 その時だった。


 かすかに。


 本当にかすかに。


 焦げた匂いがした。


 足が止まる。


 リディアも、同時に止まった。


「……」


 視線が交わる。


 言葉は、いらない。


 わかる。


 これは。


 もう、始まっている。


「……早い」


 リディアが、呟く。


「ええ」


 私は頷く。


「ズレています」


 未来よりも。


 早く。


 男が、くすりと笑う。


「いいね」


 小さく。


「ちゃんと変わってる」


 その言葉に、私はわずかに目を細めた。


 違う。


 これは、変えたのではない。


 “変わってしまった”。


 その差は、大きい。


「急ぎます」


 私は走り出す。


 リディアも、すぐに続く。


 後ろで、男が楽しそうに追いかけてくる。


 曲がり角を抜ける。


 倉庫の扉が見える。


 そして。


 煙が、はっきりと見えた。


 黒い。


 濃い。


 予想よりも、明らかに強い。


「……!」


 リディアが息を呑む。


 その表情で、わかる。


 彼女は、今、信じた。


 未来を。


「開けてください!」


 彼女が叫ぶ。


 扉の前の見張りが、驚いて振り返る。


「な、何事ですか」


「中で火災が発生しています!」


「ば、馬鹿な」


「確認してください!」


 強い声。


 迷いが消えている。


 いい。


 とてもいい。


 見張りが扉を開ける。


 熱気が、一気に溢れた。


 炎が、すでに広がっている。


「消火を!」


 リディアが指示を出す。


 的確だ。


 でも。


 遅い。


「……セレスティア様?」


 彼女が振り返る。


 私が、動いていないことに気づいて。


「どうしたのですか」


 私は、炎を見る。


 未来の記憶と、照らし合わせる。


 違う。


 明らかに。


「……違います」


「何がですか」


「規模が」


 私は一歩、前に出る。


「大きすぎます」


 その瞬間。


 天井が、きしんだ。


 嫌な音。


 未来にはなかった音。


「――下がって!」


 叫ぶ。


 直後。


 梁が崩れた。


 轟音。


 火の粉。


 悲鳴。


 視界が赤に染まる。


 私は、歯を食いしばる。


 これは。


 止めるべき火災ではない。


 ――もう、別物だ。


 横で、男が低く呟く。


「ねえ」


 珍しく、楽しそうではない声で。


「これ、君の知ってる未来?」


 私は、答えない。


 答えられない。


 ただ、ひとつだけ確かなことがある。


 未来は、もう。


 完全に、外れた。


 リディアが、私を見る。


 炎の中で。


 初めて。


 恐怖の混じった目で。


「……セレスティア様」


 私は、静かに答える。


「ええ」


 そして。


 はっきりと告げる。


「ここからが、本番です」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


「小さく変えるはずだった未来」が、

想像以上の形で崩れ始めました。


そしてついに、リディアが“信じた側”に入りましたが――

それでも状況は、二人の想定を超えてきています。


ここからは、予測ではなく“対応”のフェーズに入ります。


もし少しでも続きが気になったら、

ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次話は「止めるか、捨てるか」の選択です。

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