六三郎達の出発と信長達の到着
慶長元年(1596年)五月十二日
下総国 某所
「さて、それでは各々方!出立しますが、結城殿や家臣の方々の親と言った高齢の方々は馬や輿や駕籠に乗せて移動してもらいます
我々は歩いての移動となりますので、時は多少かかるかもしれませぬが、じっくりと進みましょう!」
「「「ははっ!」」」
皆さんおはようございます。やっと、下総国を出発出来る事に安心しております柴田六三郎です
いやあ、本当なら前の日に出発する予定だったのですが、七郎殿からの文が送られてきまして、その内容が
「拙者に嫡男が早く産まれる様、子作りに励みます!勿論、娘でも嬉しいかぎりですが
そこで義父上!拙者に嫡男が産まれたら義父上の娘を嫁に、娘が産まれたら義父上の息子に嫁がせたいと思っております!
柴田様、義父上達の事、何卒よろしくお願いします!旅のご無事を祈っております」
と、これからの子作りに励む事と、将来的に結城殿の子供達と婚姻を結びたい旨を書いておりました
まあ、七郎殿は俺の4歳下らしいので、身体的に問題の無い女性を嫁にもらえば大丈夫でしょう!七郎殿の嫁探しは七郎殿の家臣か主家の北条家が頑張ってくださいね!
俺はやりませんから!
すいません、話が逸れましたね。それじゃあ、先ずは武蔵国を目指して行きましょう
六三郎は関東出張のフラグの可能性があるかもしれない朝勝からの文を受け取った翌日、下総国から南に進み出した
六三郎がそんな事を考えずに進み出した頃実家の柴田家はと言うと
慶長元年(1596年)五月十一日
播磨国 柴田家屋敷
「権六!市!遅くなって済まぬな!」
「いえ、大殿と徳川様が来るのですから、到着までに時がかかるのも仕方ないかと」
「とりあえず兄上、高代と京六郎が何事も無く帰って来たので安心しましたが、そちらの幼子達は、兄上が何処ぞで作った子供達なのですか?」
信長が家康と高代と京六郎は当然として、睦子達も連れて柴田家に来ていた。そんな中で市は、睦子と栄太郎と兵五郎と五郎八を見て
「兄貴の子供か?」とつっこんでいたが、信長は
「いや、そうではない。この幼子四人のうち、兵五郎と五郎八は伊達家当主、藤次郎の息子と娘じゃ!
そして睦子と栄太郎は、その藤次郎の母である義姫殿の側仕えをしておるのじゃ」
そう説明すると、大広間に呼ばれていた義光は
「右府様、そうなると兵五郎と五郎八は拙者と親類になるわけですな。いやはや、この播磨国で親類に会えるとは、夢にも思わなかったですぞ」
兵五郎お五郎八に会えた事を喜んでいた。その義光を信長は兵五郎と五郎八に
「兵五郎と五郎八よ、お主達の側に居る男の名は最上出羽守、お主達の祖母の兄にあたる、お主達から見たら大伯父になる男じゃぞ」
大まかに説明する。信長の説明を受けて2人は
「「伯父上、お会い出来て光栄です」」
挨拶しながら、頭を下げた。その光景に義光は
「うむ。儂も会えて嬉しいぞ!義も藤次郎も、しっかりと子育てをしておる様で、何よりじゃ!こうなると、儂も早く孫を見たいのう!」
目尻が下がって、早く孫を見たい気持ちが出ていた。そんな義光に信長は睦子と栄太郎の紹介を促す
「睦子と栄太郎、お主達も自己紹介せよ」
「はい!柴田睦子と申します」
「柴田栄太郎と申します」
睦子と栄太郎の自己紹介を聞いた市は
「し、柴田!?睦子、栄太郎!あなた達、今、名字を柴田と言いましたね?権六様、権六様のお父上の兄弟の孫や曾孫と言う事ですか?」
2人が柴田家の親類なのかと、勝家に質問したが、勝家は
「いや、儂は父上の兄弟姉妹に関しては、詳しく聞かされておらぬのじゃ。済まぬ」
「良く知らない」と答えるに留めていた。その勝家は睦子に
「睦子、済まぬがお主達の名字である柴田は、父方の名字か母方の名字か、教えてくれぬか?」
「名字の柴田は父方か母方か、どちらか教えてくれ」と質問すると
「母方です」と睦子は答える。それを聞いた勝家は
「母方か、、そうなると一人心当たりが」
まさかの睦子と栄太郎の母方の実家が、親類の可能性がある事を示唆する。そこから更に勝家は
「のう、睦子。お主の母方の曽祖父か曽祖父の父に「勝宗」と言う武士が居たとか、そう言った事は聞いておらぬか?」
具体的無い名前を出して、質問する。その質問に睦子は
「ああ!亡くなった源四郎伯父上から聞いた事があります!源四郎伯父上の祖父の名が「勝宗」だと!」
伯父の義宗が生きていた頃の記憶を思い出して、勝家に伝える。睦子の答えに勝家は
「何という事じゃ。曽祖父の弟が、睦子達の母方の実家の柴田家を立ち上げた可能性がとても高いではないか」
思わず、頭を抱えていた。それを聞いた信長は
「権六、その話、お主の覚えておる範囲で良いから詳しく聞かせよ」
「覚えている範囲内で教えろ」と勝家に命令する。信長の命令に勝家は
「ははっ。あれは確か、拙者が幼い頃に父上から教えていただいた話なのですが、父上が酒を呑んでいた際
「良いか六太郎、儂の祖父の弟、儂から見たら大叔父上なのじゃが、祖父が亡くなられた際、甥である父上に対して、
「六之助!儂が居ては、お主の立場が不安定なままじゃ!儂を担ぎ上げる者が出ない様、儂は尾張国から出ていく!
何処か遠くの国で柴田家を立ち上げるから、儂の事は気にせず、尾張国の柴田家を発展させよ!」と言って、尾張国を出てからというもの音沙汰も無かったそうです」
覚えている範囲で信長に話した。それを聞いた信長は
「う〜む。まさか権六の柴田家と親類の可能性があるとは、これは色々と聞きたいが睦子よ、お主の伯父に息子は居るか?
居るとしたら、何処の武家に仕えておるか知っておるか?」
睦子に質問する。すると睦子は
「確か、嫡男の源太郎殿が出羽国の中野家の分家に仕えていると聞きました」
そう答える。それを聞いたら、今度は義光が
「中野家じゃと!」
驚いて立ち上げる。その様子に信長は
「どうやら、出羽守も何かしら分かる事がある様じゃな。それならば話は早い
兵五郎と五郎八と睦子と栄太郎、ここから先は重要な話し合いを行なう。なのでお主達は席を外してくれ。高代と京六郎、四人を連れて行ってくれ」
「「は、はい」」
義光に、睦子と栄太郎の事を話す決断をした様だった。




