六三郎達は恫喝したわけではない
六三郎が晴朝に筆と紙を用意する様に命じて、晴朝の小姓が両方を持って来て晴朝の前に置かれるが
「柴田殿、筆も紙も準備したのじゃが、これに何を書くのじゃ?」
当然、晴朝は書く内容が分からないので、六三郎に質問する。晴朝の質問に六三郎の答えは
「結城殿、この紙に書くのは結城殿と共に播磨国へ行く家臣の方々の名前です。つまり、此方の紙は慣れ親しんだ下総国を出る覚悟の書状です
家臣の方々は、先程の覚悟が嘘ではない事を示す為に、この紙に名前を書いていただき、これを結城殿が七郎殿へ渡し、その旨を伝えてから、拙者達は出立します
なので、結城殿が先陣を切るもよし、家臣の何方が先陣を切るもよし。言わば、この紙は下総国との絶縁状になります。その先陣を切るのは、何方ですか?」
「この紙は下総国から出ていく人間の名前を書く紙、下総国との絶縁状になる」だった。六三郎の説明を聞いた晴朝は
「成程、口だけではなくその身で覚悟を示せと、そう言う事じゃな。分かった、それならば儂が最初に名前を書くとしよう」
そう言って、名前を書く。書き終えると家臣達へ
「さて、次は誰が書くのじゃ?」
そう問いかける。すると
「拙者に書かせてくだされ!」
1人の家臣が立ち上がり、晴朝の正面に座ると晴朝は
「うむ。それでは書いてくれ」
そう言いながら席を譲り、家臣に筆を渡すと
「ではっ!」
家臣は一筆ずつ丁寧に名前を書き上げ、晴朝に紙を見せる。見た晴朝は
「うむ!○○の覚悟、しかと受け取らせてもらった!見事じゃ!」
家臣を褒め称えた。この家臣に続く様に
「次は拙者に書かせていただきたく!」
「その次は拙者に!」
「そのまた次は拙者に!」
他の家臣達も書く覚悟が決まり、名前を書き上げていった。これが続く事およそ4時間
途中で墨と紙を補充して、遂に210人全員が名前を書き終えると晴朝は
「皆の覚悟、誠に嬉しく思う!」
そう言いながら、家臣達に頭を下げると、家臣達も
「「「我々全員、殿に付いていきます!」」」
晴朝に頭を下げた。その後、晴朝は頭を上げて、家臣達の頭を上げさせると
「柴田殿、これで全員下総国を出ると決心したが、これをそのまま七郎に渡すのですかな?」
六三郎に「直ぐに書状を渡すのか?」と質問する。晴朝の質問に六三郎は
「いえ、家族が居る方は家族の移動準備をしてくだされ。出来るかぎり早く、全員の移動準備が完了しましたら
結城殿と共に我々、「柴田の赤備え」が七郎殿の元に行き、播磨国へ行く説明をやりましょう」
家臣達の家族の移動準備も兼ねて数日の猶予を取ると答えた。それを聞いた晴朝は
「それはありがたい。皆、今から急いで家族を説得して、移動準備を始めよ!皆の家族は、この隠居用の屋敷に連れて来て構わぬ」
「家臣全員に家族を屋敷に連れて来て良いから、説得と移動準備を急げ」と命令し、命令を受けた家臣は全員
「「「「ははっ!」」」」
「急げ!」
「遅ければ、その分出立も後回しになってしまうぞ!」
「早く家族を連れて来なければ!」
慌てて大広間を出て行った。それから3日後
慶長元年(1596年)五月八日
下総国 某所
「「「「殿!我々の家族の説得と移動準備、全て整いました!」」」」
皆さんこんにちは。下総国結城家先代当主の家臣の皆さんの家族、総勢およそ150人
家臣の皆さんと合わせると、およそ360人か結城殿と俺の前に集合していて、その早さに驚いております柴田六三郎です
こうして見ると、年老いた親を連れて来た人、親の位牌を持って来た人、奥さんと子供を連れて来た人等、
色々な状況ではありますが、これで件の七郎殿が残された家族を人質に取る。なんて事は無いでしょうから
「結城殿、それでは七郎殿の元へ行く準備に取り掛かりましょう。ちなみに、七郎殿の元には何日くらいで到着出来ますか?」
「そうですなあ、七郎に譲った結城城にはここからだと、一日かかるかどうか、でしょうな」
六三郎からの「朝勝の居城までの距離はどれくらいか?」の質問に対して
晴朝は「一日かかるかどうか」と答えた。それを聞いた六三郎は
(一日かかるかどうかなら、今が昼12時頃の筈だから、今から出発したら明日の朝か昼には到着出来るよな?
それなら、赤備えの皆で結城殿を輿に乗せて、案内役の人に無理を承知で走らせるかいやダメだ!
結城家の家臣の皆さんは、赤備えの皆と違って体力的には普通の人だ!
仕方ない、家臣の皆さんが案内してくれないと場所が分からないから、控えめに行こう)
内心、赤備え達が輿に晴朝を乗せて走らせようとしたが、結城城の場所が分からない事を理由に、赤備え達を走らせる事を諦めて晴朝に
「結城殿、七郎殿の居城への案内役の家臣の方と共に、出立しましょう。我々は準備を終えております」
「今から移動しよう」と伝えると、晴朝も
「そうですな。今から出立すれば、明日の朝か昼には到着出来るでしょうから、出立しましょう」
了承したので、案内役の家臣と共に結城城を目指して出発した。そして翌日
慶長元年(1596年)五月九日
下総国 結城城近く
「殿、柴田様。結城城の近くまで来ましたが、拙者が門番に話をして入城の許可を得て来ますので、しばしお待ちくだされ」
皆さんおはようございます。現在、推定朝10時くらい、結城家の居城の結城城の近くで入城の許可待ちをしております柴田六三郎です
1ヶ月前位に佐竹家の水戸城を見ているのに、凄い久しぶりに城を見た気持ちになっております
ですが、そんな俺以上に赤備えの皆は
「あの結城城、落とすとしたらどの手が良いかのう?」
「力攻めでは苦労するのは間違いないか」
「水の手を断てたら一気に落とせそうじゃな」
等、何故か結城城で攻城戦のシミュレーションをしております
おい、頼むから戦に持ち込まないでくれ!俺はさっさと帰りたいんだからな!
六三郎が赤備え達の行動を心配していると入城許可を貰いに行っていた家臣が戻って来て
「入城許可が得られましたので、行きましょう!」
入城許可がおりた事を伝えたので、六三郎達は結城城に入った。六三郎達が通り過ぎて姿が見えなくなると門番を務める足軽2人は
「お、お、おい。い、い、行ったか?行ったよな?」
「い、い、行ったぞ」
声が震えながら、六三郎達の姿が見えなくなった事を確認すると
「な、何じゃ、後ろの面々の凄まじい威圧感は!」
「恐らく、あの面々が日の本随一の軍勢と言われている「柴田の赤備え」だと思う。
じゃが、あの威圧感はそんじょそこらの武士では腰を抜かすかもしれぬ。最悪の場合小便を漏らすかもしれぬぞ」
「そんな面々と共に居て、何故大殿は平気なのじゃ?」
「それは儂達以上に戦場を経験しているからではないか?」
「確かに、そう考えたら納得じゃな。しかし、それだと殿は大丈夫かのう、戦の経験も少ない方であるから」
「まあ、そこは大殿がどうにかする筈じゃろう。儂達は、門番のお役目に集中しようではないか」
「そうじゃな」
赤備え達の威圧感にビビって動けない様だった。それだけでなく、朝勝が赤備えにビビって漏らすのではないのかと、フラグ発言をしていた
そんな足軽2人の言葉は当然、六三郎達には聞こえていない。そんな六三郎達は
「殿がお呼びですので大広間へお越しください」
朝勝との対面の為、大広間へ呼び出されていた。朝勝のリアクションはどの様なものになるのか?




