六三郎一行、あの老将に捕まる
慶長元年(1596年)五月五日
下総国 某所
「柴田播磨守殿、お初にお目にかかる。拙者、結城七郎晴朝と申す年寄りにござる。若いながらに日の本全土と言って良い程、轟いております武名は、この年寄りも耳にしております」
皆さんこんにちは。常陸国を出発してから1ヶ月、下総国に入ったら現在、目の前で俺に挨拶しております結城七郎晴朝さんに挨拶を受けております柴田六三郎です
いや、あの、此方の結城殿は確か史実では家康の次男なのに、秀吉の養子と言う名目の人質になった秀康を更なる養子縁組した方ですよね
でも、この世界線では秀康は家康の次男のままで、名前も勝康になっているし、信濃国を治めているし
結城殿は松田の謀叛を鎮圧する戦に出陣していたか分からないから、俺とは何の接点も無い筈だが、とりあえず話を聞いてみるか
「結城殿、拙者は家臣に助けられているので、拙者の武名ではなく、皆の武名と思っております。それに、戦は他家の協力もあって初めて成り立つのですから」
「はっはっは。中々、腰が低いですな!二つ名で「柴田の鬼若子」と呼ばれておるとは思えないですぞ!」
うん、俺のイメージが完全に戦バカの戦闘狂の失礼な奴になっているな。まあ、身長が2メートルとか、金棒振り回しているとかのイメージよりはマシか
それよりも
「結城殿、我々と与太話をする為だけに呼び止めたのであれば、播磨国へ帰る為、先を急ぎたいのですが」
俺達は早く帰りたいんだ!世間話に付き合っている暇は無い!そう伝えましたら
「いやはや、これは失礼した。それでは本題に入らせてもらうとしましょう
柴田殿は三年前に北条家の内乱の鎮圧の為に出陣しておりましたから、何となくでも覚えているかと思いますが
あの戦に、拙者の結城家と家督を譲った養子の七郎の実家である下野国の宇都宮家は参戦していなかったのです
そのせいで一応は主家である北条家から、領地割譲せよとの沙汰を受けたのじゃが、どうやら宇都宮家はそれを不服としておる様でな」
晴朝がそこまで話すと六三郎は
(待て待て待て!松田の次は、その宇都宮が謀反を企てているとかの可能性が高いみたいな話し方じゃないか!
また関東の戦とか冗談じゃねーぞ!俺は帰りたいんだよ!関東の事は関東の人間でどうにかしてくれ!)
内心、関東の2回目の戦は勘弁してくれと願っていた。そんな六三郎の内心を察したのか晴朝は
「柴田殿は戦に関しては聡い方ですから、宇都宮家をどうやって止めるのかと考えていると思いますが
それに関してはこの結城家の領地を丸ごと宇都宮家に渡しますので、ご安心くだされ」
「宇都宮家には結城家の領地を渡して落ち着いてもらうから、心配しなくて良いよ」と六三郎に伝える
晴朝の言葉に六三郎は
(マジで?それなら、確かに領地を取られた怒りは無くなると思うけど、じゃあ結城家はどうなるんだ?)
内心、喜びつつも疑問を持っていたので
「それは、思い切った決断をしましたな。それで結城殿、改めてですが拙者達を呼び止めた理由を教えてくださいますか?」
晴朝から本当の目的を聞き出そうとした。六三郎の質問に晴朝は
「それでは本題に入らせてもらいますが、柴田殿や家臣の皆様を呼び止めた理由として
拙者の子供達並びに嫁と家臣達を共に播磨国へ連れて行って、柴田家で召し抱えてもらいたいのです」
「自分の子供と嫁と家臣達を連れて行ってくれ」と六三郎に伝える。
それを聞いた六三郎は
「結城殿、先程宇都宮家から養子を迎えたと仰っておりましたが、その方とは違う子供なのですか?」
「養子を迎えた後の子供か?」と晴朝に聞き返すと、晴朝は
「流石、色々な没落した家の再興をしている柴田殿ですな。その通りです。宇都宮家から七郎を迎えたのが十年前でしたが
家督を譲って隠居していた際、酒を呑んで人肌恋しくなって、そのまま致してしまい還暦を超えてから実子が三人も生まれました
そのうち二人は息子なのです。ここ迄言えば、拙者が柴田殿に頼んでおる理由が、お分かりになると思いますが」
真剣な顔で、子供達を連れて行って欲しい理由を伝えると、六三郎は
「「家督相続の為の戦が起こる事を避けたい」と、結城殿は仰っておるのですな?」
子供達を連れて行って欲しい真相を指摘する。指摘された晴朝は
「その通りです。宇都宮家は鎌倉の時代から四百年近い歴史ある武家ですから、子供達に対して変な事はしないと思いますが
それは拙者が生きている間だけの可能性が高いですし、死んだ後の事は分かりませぬので、
それならば織田家中でも随一の影響力のある柴田殿に子供達をお頼みした方が安全だと判断したのです」
「自分が死んだ後が心配だから」と言う理由で、六三郎に子供達を頼みたいと言葉にした
晴朝の言葉に六三郎は
(あの〜、まるで史実の秀吉が死ぬ前に家康へ「秀頼の事、頼む」と懇願したとされるリクエストと同じだと思うのですが?
でも、待てよ?確か、この結城殿は史実で秀康が越前国を中心とした大領を手にした時も生きていたし
一緒に越前国へ行ったとされていた様な?だとしたら、別に下総国に拘りが強すぎるわけではないはず!)
晴朝の言葉と史実を擦り合わせて、色々と考えだした。重要な考え事をしている時の六三郎は、例のクセが出るので今回も
「家臣の皆様、柴田殿は何やら独特な姿勢で固まっておる様じゃが、何をしておるのでしょうか?」
初見の晴朝が赤備え達に質問していた。晴朝の質問に源太郎が
「結城様、殿は戦でも内政でも、重要な事を考える際、あの様な姿勢になるのです
きっと此度は、結城様の御希望を上手く形にする為に色々と考えておられるので、殿が御決断なされるまで、しばらくお待ちくだされ」
「凄い策を考えている時のクセだから、しばらく待ってくれ」と大まかに説明する
源太郎の説明に晴朝は
「そ、そうなのですか。分かりました。待つとしましょう」
待つ事にした。そして、六三郎が考えだしてから、およそ10分
「結城殿!拙者の提案を聞いてくだされ」
どうやら、晴朝のリクエストをどうするのかの答えが出た様だが、六三郎の考えた内容とは、一体?




