文が届いたら母は動く
天正二十四年(1596年)一月五日
播磨国 柴田家屋敷
「越前守殿、六三郎殿は流石に遅すぎると思うのですが、確か右府様からの文だと、前年の師走頃に帰って来る予定だったはずでは」
「確かに気になる所ではありますが、大殿からも殿からもこれといった知らせも無いので、卯月くらいまでは様子見するので出羽守殿も、気楽に待っていてくだされ」
「は、はあ」
信長一行が安土城へ到着してからおよそ2週間。信長からの「年末には帰る」の文を信じて待っていた義光も勝家も
六三郎が未だに帰って来ない事に対して、「流石に遅すぎるのでは?」と疑問を持ち出していた
2人の様に疑問だけなら、まだ良かったかもしれなかった。何故かと言うと
「のう、市。そろそろいつもの姿に戻らぬか?流石に小袖に袴をはいて袖をたすき掛けにし鉢巻をしているのは、、、それに何故薙刀を持っておるのじゃ?」
「権六様!私は、六三郎をこれでもかと働かせている兄上に、せめて一撃でも入れないと、腹の虫がおさまりませぬ!
市が信長に対していつでも攻撃出来る様に臨戦体制だった事もあり、勝家は勿論、義光でさえも、内心ヒヤヒヤしていた
更に市は続ける
「大体、何故六三郎ばかりにお役目が偏るのですか!隠居した権六様ですら、寺子屋の運営をしているのに、他の家臣の方々は何をしておるのですか!
柴田家と同じくらいとは言いませぬ!ですが、半分どころか四分の一にも満たない働きの家ばかりではありませぬか!
権六様は当然として、最上殿も知っているでしょうが、柴田家の領地は播磨国を中心としたおよそ九十万石ですが
利兵衛や光三郎達の理財を担う者達が、六三郎が昔から実行していた滋養豊富な土作りを領内全域に広めた結果
米を筆頭に収穫された農作物は百姓達の食べる分を抜かしても百六十万石ですよ!!それを柴田家が安土城に持って行くのにも、どれだけの人数が必要か
兄上も勘九郎殿も分かっておりませぬ!幸いな事に黒田家の方々が手伝ってくださるから、何とかなっておりますが
流石にそろそろ、六三郎に戻って来てもらって当主らしく領地運営をさせないといけませぬ!
兄上からの「年末には帰って来る」との文を信頼したからこそ、私は待っていたのです!
ですが、六三郎が戻るよりも先に茶々の出産報告と、初の妊娠報告が届いたではありませぬか!
これでは六三郎ばかりが損をしている様です!それだけではありませぬ!
赤備えの頭領である源太郎の嫡男もやがて元服を迎えるのに、父親不在で良いわけがありませぬ!
権六様や利兵衛や喜太郎達が鍛えているとは言え、そろそろ柴田家の次の世代の事も考えなくてはいけないのに!兄上は!!」
柴田家の領地が大豊作過ぎて、黒田家まで手伝ってもらっている事、柴田家の次の世代の事、等の色々な事を市は考えながら、
最終的に六三郎を連れ回している信長に怒り心頭だった。市の言葉が正論だからこそ歴戦の武将である勝家も義光も
「ま、まあ市。六三郎に何かあったら知らせる文が届けられるはずじゃから」
「そ、そうですぞ奥方殿。右府様も一緒なのですから、良くない事は起きてないはずですぞ」
火に油を注がない様、市を宥める事しか出来なかった。そんな市がいつ爆発するか分からない時に
「大殿!安土城の内府様からの文が届きました!」
信忠からの文が勝家の元に届いた。その知らせに市は
「権六様、一言半句見落とさずに読み上げてくださいね?」
目の奥が笑ってない笑顔で、勝家に文を読んでくれと頼む。市のリクエストに勝家は
「わ、分かった。では、「権六へ、安土城の勘九郎じゃ。いきなりで何じゃが、この文は権六だけに読んでもらいたい
その理由はこれから先にあるが、実は文を書いた前年の師走に父上が戻って来られたのじゃが、六三郎はまだ陸奥国に居る
その理由は、伊達家当主伊達藤次郎の正室の弟の子作り指導の為じゃ。その弟は伊達家家臣の田村家の当主なのじゃが
二十代半ばで未だに子が出来ぬ事を伊達藤次郎の正室が心配して、父上に相談した結果、六三郎が残る事になった
と、まあこれが六三郎が未だに陸奥国に居る理由じゃ!それでは改めて本題に入ろうと思う!
此度、儂が権六に文を書いた理由なのじゃが、権六の次男の京六郎への短期間の役目を申しつける為じゃ
具体的に言うと、父上が伊達家の面々を陸奥国から連れて来て、洛中の神戸家で特産品を販売して伊達家の財政改善をするとの事じゃ
その神戸家で京六郎を働かせる!と、父上は仰っておる。儂が言うのもなんじゃが、
この事を叔母上が聞いたら、抑えられないと思ってあるが、父上がどうにかすると仰っておるから父上に任せるつもりじゃ
改めてじゃが権六、家臣の誰かしらと京六郎を安土城へ連れて来る様、よろしく頼む
それと、父上が連れて来た伊達家以外の面々に徳川様と徳川様の長女、そして徳川様の領地で世話になって会った高代と子供
更に江を迎えに来た虎次郎改め、元服して初陣も経験して立派に勝四郎も居る
なので、江を連れて来たり、最初に産まれた六三郎の子供達を連れて来ても良いが、京六郎は絶対に連れて来る様に!」との事じゃが、市?」
文を読み終えた後、恐る恐る市の顔を見ると
「六三郎が居ないと言うのは納得出来ませんが、高代と四人目の孫、更には虎次郎殿は元服して勝四郎殿になったのですね
それじゃあ、江を連れて私が京六郎と共に安土城へ行きましょう!権六様、良いですね?」
少しばかり冷静になっているのか、ちゃんとした笑顔になっていた。しかし勝家は
「いや、市。それは」
市を止めようとしたが
「よろしいですよね?」
「分かった。市に任せよう。だが、江を連れて行くにしても、勝四郎殿と共に播磨国へ一度戻って来てくれぬか?」
「分かりました。それでは出立の準備に取り掛かりますので」
市の迫力に負けて行かせる事にした。
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