伊達夫妻が義弟を見て驚く頃、徳川家は笑顔が溢れていた
天正二十三年(1595年)十月三日
陸奥国 田村家屋敷
氏顕と六三郎が政宗に文を届けてから、およそ2週間政宗からの返事の文が田村家に届けられた
「殿!伊達家から文が届けられました!」
「誠か!どの様な事を義兄上と姉上は言っておる?」
氏顕は文を受け取り、読み出す
「どれ。「義弟よ、先ずはやや子を授かった事、おめでとう!じゃが、喜びが勝り過ぎて産婆の派遣を忘れた事は良くないのう!
柴田殿からの文でその事が書いてあったぞ!まあ、嬉しいからこそ忘れてしまうのは、仕方ない!と、まあ小言はここ迄にしよう!
それでは本題に入るが、お主の正室の清姫の為、産婆を派遣しよう!そして柴田殿が教えてくれたが、何でもお主、身体が逞しくなった様じゃな!
その姿を見たいと儂も愛も思ったので、儂と愛が産婆達を連れて、お主の屋敷に行くぞ!文が届いている頃には、残り半日くらいの距離に居ると思ってくれ!
念の為に言っておくが、儂達が来るからと言って清姫を働かせるでないぞ!それでは、楽しみにしておる」と書いてあるが、柴田様!拙者が書き忘れていた事を書いてくださった事、誠に忝うございます!」
皆さんおはようございます。現在、田村家屋敷で当主の次郎殿から感謝の言葉を受けております柴田六三郎です。
もしかしてと思って伊達政宗への文に「産婆派遣してくれ」と、書いておいて良かったと思っております。まあ、初めての子供ですから喜びが勝り過ぎて、大事な事を忘れてしまうのは仕方ないですが
流石に出産関係の事は、産婆達に任せるしか出来ませんですし、男達は神棚に向かって安産祈願するしか、出来る事がありません
なので、産婆を派遣してくれる事は、とてもありがたいのですが、まさか伊達政宗と正室の愛姫が2人揃って産婆達の引率をするとは思っておりませんでしたよ
こう言う予想外な行動を取るところは、大殿に近いよなあ。流石、史実で「10年早く産まれていたら、天下を取っていた」と言われた武将だよ
俺みたいな平々凡々な武将とは、考えも行動力も桁違いだな!まあ、それはおいといて
「次郎殿。出過ぎた真似をしてしまいましたが、此度は良き方向に進んだという事です。それでは、伊達殿と愛姫殿を出迎える準備に取り掛かりましょう」
「そうですな!取り掛かりましょう!」
氏顕と六三郎が中心となって、政宗達を出迎える準備に取り掛かりだして4時間後
「殿!柴田様!伊達様一行がご到着なされました!」
「誠か!すぐに大広間にお通しせよ!」
遂に伊達政宗一行か到着した。氏顕は、急いで正装に着替えて、政宗と愛姫を出迎える。2人が大広間に到着すると
「殿!そして奥方様!ようこそ田村家へ!上座へお座りくだされ!」
念の為の主従関係の形式を取って、出迎えた。そんな氏顕を見て政宗は上座に座ると
「田村次郎よ!出迎え、ご苦労!」と、氏顕の考えを読んで、同じく主従関係の形式を取った。しかし我慢出来なかった様で
「くっくっく。はっはっは!」と大笑いすると
「これ!義弟よ、側に居る柴田殿の入れ知恵か?しっかりとした形で挨拶しおって!じゃが、その心意気だけでも喜ばしいのに、柴田殿が文で教えてくれた様に
以前会った時とは大違いな程、逞しくなりおって!お主の亡き父君と兄君を思い出したではないか!愛を見てみよ!嬉し涙が止まらぬぞ!」
逞しくなった弟を見て、嬉し涙が止まらない愛姫を指差した。指差された愛姫は
「藤次郎様!言わないでください!もう藤次郎様が言ってしまいましたけど、次郎。よくぞ、そこまで逞しくなりました。それに清も、次郎との子を授かった事
本当に、ありがとうございます。身体に気をつけて、無事に子を産んでください。それから柴田殿!弟夫婦だけでなく、家臣達まで鍛えていただき、どれ程お礼を申し上げたら良いか、誠にありがとうございます」
氏顕と清姫には激励を、六三郎には感謝をそれぞれ述べていた。そして政宗から
「義弟よ!しばらくの間、世話になるぞ!儂と愛が連れて来た産婆は清姫に付けるが、家臣達は赤備えの方々と共に鍛えてくれ!柴田殿もよろしく頼む!」
「義兄上、、ははっ!」
「伊達殿、家臣の方々が動けなくなっても知りませぬぞ?」
氏顕にしばらく世話になる事、六三郎へ家臣を赤備え達と共に鍛えてくれと頼み込んで、初日は終了した
田村家が盛り上がっている頃、徳川家の浜松城では
天正二十三年(1595年)十月五日
遠江国 浜松城
「ああ!宗六郎様!掃除は私達が行ないますから、池田様の元に居て下さい!」
「母上が、自分が出来る事は自分でやりなさいと言っておりましたから、拙者にやらせてください!」
「そんな事を言っても駄目です!」
高代が産んだ宗六郎が浜松城の廊下を雑巾掛けしていたので、子守を頼まれていた松永家の通が宗六郎を嗜めていた
しかし、宗六郎が「母上が」と言った事で、あまり強く言えなくなった。それを見ていた池田恒興は勿論、大広間からその光景を見ていた家康でさえも
「はっはっは。父である六三郎殿に似て、幼い頃から良く働くのう!きっと高代殿の言葉を良く聞いていたのじゃろうな!のう、池田殿!」
「まったくです。高代殿も六三郎殿の側室なのに、自ら率先して掃除をやっておりましたから。拙者の倅達の幼い頃なぞ、遊び呆けていました」
「はっはっは。儂の孫達もじゃ!やはり、六三郎殿は勿論、柴田殿もとても働いておったからのう。血筋と言っても良いかもしれぬな」
笑顔になる程だった。家康の母の於大に至っては
「懐かしいですねえ。柴田家の領地が美濃国だった頃に六三郎殿も同じ事をやっておりました。本当に、本当に」
幼い頃の六三郎を思い出して、軽く泣いていた。そんな微笑ましい時間が流れていると
「殿!信濃国の勝之尉様からの文が届きました!」
勝之尉からの文が届けられる。それを聞いた家康は
「孫が産まれた事以外に何かあったのかのう?」
何かあったのかと不思議に思った。勝之尉からの文の内容は一体、どの様な内容か?




